転移した聖女は、真の伴侶と共に帰還する
…ああ、私、アルマ・グラッドストンは今、何故か断頭台に上げられております。
「偽りの聖女、アルマ! 今が断罪の時だ!」
そう叫ぶのは、この国・ノースウインド国の王太子で私の婚約者、ライナス・オーウェル様。
ライナス様は今、国教・マイヤ教と敵対する、隣国の国教・ナール教の聖女であるマリアンヌを抱きしめておいでです。そして、
「私は堕落したマイヤ教を、本日をもってこの国から廃止し、ここにいる真の聖女・マリアンヌを妻に迎え、聖地・エルヘルムをナール教に返還するのだ!」
訳が分かりません。教皇様方がこぞって異を唱えているではありませんか。横暴も良いところです。
…が、現国王の病を始め、国中に蔓延する瘴気と流行り病を祓えずにいる、力の及ばない私も悪いのでしょう。
マイヤ教典に記された一節…。
『真の聖女と選ばれし国王が結ばれる時、二人に刻まれた聖痕が、この地にはびこる黒雲を払うであろう』
私とライナス様には、聖痕など刻まれておりません。
私はいよいよ、死を覚悟し………。
?
光………? え? ええ!? 体が浮き上がって…。
これは、一体………!? あ、あぁ―――!!
◇ ◇ ◇
「―――こ、ここは?」
暗い森の中…、でしょうか。よく見えません。
ですが、向こうの方が明るいですね。
………どうやら、野営中の兵士達のようです。
助かりました。彼等に色々と尋ねて………。
「!?」
い、痛いです! 急に誰かが私の腕を掴んで、何処へ連れて行こうというのでしょう!
「は、離して!」
「シッ!」
私の腕を掴んだ誰かが、声を出すことを禁じました。野営場所から声の届かない場所まで連れてこられると、
「………何を考えているんだ! こんな場所で女性が一人、しかも兵士達に声をかけようなどと…。身なりからして、売春婦ではないのだろう!?」
怒られました。
力強いその腕の持主は、その剛力とは裏腹に、優しそうな美しい顔立ちの殿方でした。
…というか、不思議な言葉を話されていますが、言葉が通じるというのは、やはり多少なりとも私が聖女の能力を持ち合わせていたからでしょうか。良かったです。
「…申し訳ありません」
とりあえず謝罪致しましょう。この方はきっと、親切に私を助けて下さったのです。
腕はまだ痛いですが…。痛い………?
…あら? 何でしょう、この腕の御印………。
!? これは…、聖痕!? ど、どういうことでしょう!?
「…とにかく、早く帰った方が良い。送ろう。住まいはどちらだ?」
オロオロする私に気づかず、この方はそう促して下さるのですが、これは、説明しないといけませんね。
「あ、あの、実は………」
◇ ◇ ◇
「―――ふむ、そのような不思議な事が…」
彼・アルフレッド様は、そう言って考え込んでしまいました。
すると、アルフレッド様に近づく人影が…。
「よお、アル………!? おい! お前…、女だと!? やるじゃねぇか!」
大柄の、弓を持ったその男性は、アルフレッド様の肩をバンバンと叩いたと思ったら、
「邪魔して悪かったな。それじゃあごゆっくり…」
「ま、待て待て! 違うんだ!」
アルフレッド様は、男性を引き止められました。
事情を説明するため、私達はアルフレッド様の天幕に入ります。
◇ ◇ ◇
「―――ふぅん、こことは違う世界から来た、ってか…。でも、そこで殺されかけたんなら、こっちに来て助かった、ってことか?」
大柄の男性・ロビン様は仰いましたが、私は首を振り、
「…いえ、戻らねば。私はマイヤ教の聖女として、役目を全うせねばなりません」
話を聞きながら、アルフレッド様が、
「………何だか、我々と似ているな」
そう呟かれるので、私は、え? と思い、
「…どういう事ですか?」
―――聞けば、この方達はイングランドという国の兵士で、この世界での聖地・エルサレムを巡って、敵対するイスラム教の軍隊と戦う、キリスト教十字軍というのだそうです。
「…しかし、聖女とか魔法とか、そっちはおとぎ話みてぇな世界だな。本当なのか?」
ロビン様に疑われました。しかし、
「おとぎ話、ですか? おかしいですね。私、この世界でも魔力を感じているのですが…。元の世界に戻る糸口は、恐らくそこにあると思うのです」
え!? とお二人が驚かれますが、私は、
「あちらの方角、でしょうか…」
魔力を感じる方角を指すと、ロビン様が、
「…北か。ノッティンガムなら、俺達の目的地だ。丁度いい。一緒に行くか」
「良いのですか?」
アルフレッド様が笑顔で頷かれます。私はお礼を述べ、ローブをお借りして顔を隠しながら、同行させて頂くことになりました。
◇ ◇ ◇
―――アルフレッド様はとてもお優しく、兵士達と少し距離を置きつつ、私を気遣いながら旅をして下さいました。
「獅子王リチャード様が御存命であれば………。せっかくアッコンを奪還したのに…」
イングランドの国王・リチャード1世様は、アッコンという土地を奪還した後、同じ十字軍であったフランスという国と対立状態になり、フランス・シャリュ城で無念の死を遂げたのだそうです。ロビン様が、
「…実はアルはな、リチャード様の弟君なんだ。腹違いのな」
私が驚くと、アルフレッド様は、
「妾腹の子なんだ、私は。名乗るつもりもない。…だが、この聖戦で民は税を搾り取られ、苦しんでいる。力は及ばないが、少しでも早く戦を終わらせたいと思い、参戦したのだが…」
…アルフレッド様は良い方です。私と婚約をしていたあの王太子とは、だいぶ違いますね。
「だげどなぁ、リチャード王の弟・ジョン殿下は…。あれが次の国王だろ? どうなっちまうんだろうなぁ、イングランドは…」
ロビン様が仰います。…どうやら、もう一人の腹違いのお兄様は、残念な方らしいです。
とりあえず一度イングランドに戻って、まずはフランスと戦わねばならない、と仰っていました。
…私は、戦って欲しくなどないのですが。
◇ ◇ ◇
旅の途中、川の水で身体を洗がせて頂き、その間アルフレッド様は見張りをして下さいました。
「終わりましたよ」
服を着て、声をかけさせて頂くと、アルフレッド様は返事をして下さいましたが、腕を気にされています。
「…? どうかなさったんですか? 傷などあれば、私の魔法で…」
「いや………、実は、アルマ。あなたと出会った時から私の腕に、このような紋様が…」
私は、はっ、と驚きました。
アルフレッド様の腕にも、私と同じ聖痕が刻まれているではありませんか!
「……………」
ですが、アルフレッド様はこの世界の御方。
こちらの都合で、私のいた世界に連れて行く訳にはいきません。
「どうした? アルマ」
「い、いえ! 何でも…」
そう言って、アルフレッド様にも水浴みに行って頂きましたが…。
とりあえずロビン様に相談してみましょう。
◇ ◇ ◇
「本人に言えばいいじゃねぇか。一緒に来て下さい、ってよ」
ロビン様はそう仰いますが、私は首を振り、
「そういう訳には参りません。アルフレッド様は、こちらの世界に無くてはならない御方です」
ロビン様は頭を掻きながら、
「…ん、まぁ、どのみち決めるのはアイツだからな。…あぁ、そろそろノッティンガムに着くが、どうだ? 元の世界に帰れそうか?」
え? と私は驚きました。
「そうなのですか? …もう少し先に魔力の源を感じますが…」
私が方向を指差すと、ロビン様は、
「………もしかして、スカイ島、か? 確かあそこには、妖精の輪の伝承があったな」
「妖精の輪、ですか?」
私が聞くと、ロビン様は笑って、
「イギリスはな、妖精の伝説がたくさんあるんだ。昔、婆さんの婆さんとかが子供の頃、妖精を見たって話は多いんだぜ」
そう聞いて私は、
「…そうですね。旅の途中で、精霊の残滓を所々に感じました。きっと、昔はたくさんいらしたと思います」
ロビン様は、へぇ、と感心しておられました。
「…何でいなくなっちまったのかなぁ」
…口には出せませんが、恐らく戦のせいでしょう。
殺意や恐怖、狂気を伴った人の血を吸って穢れた大地では、精霊が存在するのはきっと難しい…。
この世界は、私がいた世界よりも血塗られているのかもしれません。
「とりあえず、俺は一旦ノッティンガムに戻る。用事を済ませたら追いかけてやるから、先に二人でスカイ島に向かえ」
え? と私は驚きました。するとロビン様はニヤニヤと笑いながら、
「悪いな、ほんの少ししか二人っきりにしてやれなくて。まだアルだけじゃ、心配なんだ。アイツは戦の経験が足りねぇからな」
きっと私は真っ赤になっていたでしょう。ロビン様は、私の気持ちを察し過ぎています。
恥ずかしい………。
◇ ◇ ◇
私達は、ロビン様と一旦お別れし、アルフレッド様と二人、スカイ島という場所に向かいます。
「ロビンは、ノッティンガムに恋人がいるらしい。兵士達をノッティンガムに配置し、守りを固めてから再び同行してくれる。ありがたいが…」
一緒に馬に乗りながら、アルフレッド様は御顔を赤く染めていらっしゃいます。
「?」
私が不思議に思っていると、アルフレッド様は、
「…いや、少しの間でも、アルマと二人きり、というのが、実は嬉しいのだ…。すまない、アルマにとっては、迷惑な話だろう」
………何ということでしょう。まさかアルフレッド様が、私と同じことを考えていて下さったなんて…。私は思わず首を振り、
「…私も、私も嬉しいです」
いけない、涙が…。ああ、アルフレッド様が困ってらっしゃる…。申し訳ないわ。
でも、何て幸せなひとときなんでしょう。
せめて、スカイ島に到着するまでは、…今だけは、このまま………。
―――ですが、フランス軍を警戒しながらの旅です。幸せな気分に浸ってばかりいられません。
…2日もすると、ロビン様が追いついて下さいました。
「よお、進展はあったか?」
「な…!」
ロビン様が面白がっておいでです。
期待されているようなことは、何もありませんでしたよ。アルフレッド様は紳士ですもの。
…そして、スカイ島へ。到着です。
◇ ◇ ◇
「―――ここ、か?」
波打ち際の浜辺に、強い魔力を感じます。
恐らく今夜、月が満ちた時にノースウインド国への扉が、妖精の輪の中に開かれるでしょう。
…もうすぐ、日が落ちますね。月が昇れば、アルフレッド様とお別れです。
分かっていたことです、アルマ。アルフレッド様は、この地に必要な方…。私は、私の聖女としての役目を全うせねば…。
月が昇り、輪がきらめいて通路が出来ました。アルフレッド様、…お別れです。
…が、ロビン様が急に、何かに気づかれました。
「…ん?」
…え? 馬がこちらに走って来ます…。アルフレッド様と同じ、イングランドの紋章ですが…。
! 矢を、放って…!?
「! やっぱりか! アル! ジョン王の側近が、お前の存在を知って消そうとしているって、仲間のリトル・ジョンが情報を持ってきたんだ!」
ロビン様が弓を構え、応戦しています!
「ロビン様!」
…ここが魔力の高まる場所で良かった。
私に出来ることと言えば、武具に加護を施すくらいです。ロビン様の弓と矢に、祈りを込めました。
「ありがとな! 嬢ちゃん! …おい、アル! お前、嬢ちゃんと一緒に行け!」
え!? とアルフレッド様が驚かれています。
「し、しかし! ロビン、君だけを置いていく訳には…! 私も戦う!」
「馬鹿野郎! 今お前は、命を捨てるか、生かすか、その分かれ目なんだぞ! しっかり見定めろ! …嬢ちゃん! お前さんはどうしたいんだ!?」
わ、私…!? 私は………。
「………お決めになるのは、アルフレッド様です。…ですが」
私は、アルフレッド様を真っ直ぐに見据え、
「私は………、アルフレッド様と一緒に、生きていきたい!」
ああ、アルフレッド様…!
アルフレッド様は、私の手を取って下さり、妖精の輪の中に足を踏み入れて下さいました!
「…ロビン、すまない!」
「良いって! 早く行け!」
私達が、ありがとう、と叫ぶと、妖精の輪が閉じました―――。
「…全く、世話の焼ける二人だったな。幸せになってくれよ。聖女様の加護のお陰で、負ける気がしねぇぜ!」
◇ ◇ ◇
「な………! アルマ! 一瞬、消えたと思ったら!」
あら? ライナス様…。
これは…、もしかして、私があちらの世界に行っていた数日は、こちらではほんの数分だったのでしょうか?
「ア、アルマ様! そちらの方は………」
教皇様が、恐る恐る聞いて下さっています。私は皆様の前に、自分の腕を見せ、
「ご覧下さい、聖痕です! …そして、異世界の王子・アルフレッド様の腕にも!」
アルフレッド様の小手を外し、皆様に見せて差し上げました。
おお…、と驚きの声が上がります。
ゴクリ、と私は息を呑みました。アルフレッド様に向き合い、
「…後でご説明致します」
そうしてアルフレッド様の唇に、口づけを致しました。
すると、私達に刻まれた聖痕から光が、サァッ、と国中に拡がり、瘴気が晴れました。
―――教典の通りでした。お城から誰かが走ってきます。
「き、教皇様! 国王様が………」
従者が広場に駆けてきて、国王様の御回復を告げられました。
「そ、そんな………」
ライナス様は、ナール教の聖女と共に捕らえられていきました。
―――数日後。
私とアルフレッド様の結婚式が、盛大に行われました。
国王様は引退され、アルフレッド様が戴冠式をお受けになりました。
………私、あの世界で、アルフレッド様とお会い出来て、本当に良かった。
ロビン様なら、きっと無事。そんな気がします。
………今、私は、幸せです。
◇ ◇ ◇
―――歴史上、アルフレッドの名は残っていない。
ロビンは、イギリス兵を撃退した後ノッティンガムに戻ったが、ジョン王に追われ、シャーウッドの森に恋人・マリアンと仲間達と共に逃れた。
ロビン・ロングストライド。
またの名を、ロビン・フッド。
彼はその後、英国の伝説となった―――。
歴史物にはつきものですが、
『諸説あり』
名言ですね。
このお話のMVPは、やっぱりロビン・フッド。そこにシビれてあこがれちゃうよね。
お読み頂き、ありがとうございました(^^)
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