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今や私は国一番の災厄だ

作者: みっち

魔女が死んだ。彼女はいつも笑みを絶やさず、優しく、そして美しかった。様々な災厄からこの国を守っていた。魔女というよりは女神や聖女と形容される人間であった。


しかし彼女を真に理解している者はいただろうか。彼女は傲慢にも最期のその瞬間までその地位を手放したがらなかった。


私と彼女は同じ孤児院の出身であった。この国は近隣諸国に比べ発展しているが格差もひどかった。王族とそれに連なる貴族が私欲をむさぼり、生まれながらに貧しい者はもうどうすることもできなかった。私は赤子の頃に捨てられたらしいが、王都のはずれにある孤児院の者が拾ってくれたと聞いている。その孤児院は元教師だという老婆が営んでおり、10人ちょっとが暮らしていた。


私がちょうど7つになる頃だった。彼女がやって来たのだ。年頃は私と同じぐらいに見えたが、大層美しい娘だった。こんなにも美しい娘がなぜ孤児院にいるのかその時はわからなかったが、後から聞けば王族の血を引く有力貴族の不貞の子であり、夫にないがしろにされた女によって家を追い出されたらしい。不遇な幼少期を過ごしたようだが、見目と同じく心も大層清らかで美しかった。私は彼女とすぐに打ち解けた。


3年ほど経ったころであろうか。知らぬ男が彼女を迎えに来た。曰く彼女を魔女にするのだという。


この国には魔女という役職がある。もちろん特権階級の人間は多少なりとも魔力が使えるが、そうではない。魔力を使い国の災厄を払い、常に平和と繁栄をもたらすことを要求される役職、国でただ一人しか就くことができない栄誉職、それが魔女なのだ。彼女の血は魔力を扱うに充分であった。


魔女が短命なことは知っていた。亡くなる年齢は人によって違うが、30年生きられた魔女は少ないとされている。精神的な重圧のためだろう。だから早々に魔女候補を見つけ、教育を施すのだ。


彼女が行ってしまう最後の晩、私たちは泣きながら語り合った。別れがつらかったこともあるが、短命は周知の事実であり、私達はとても怖かった。手紙をたくさん書くと約束した。面会も1年は禁止のようだったがその次の年からは認められるため、たくさん会いに行くと約束した。彼女の心労を少しでも取り除ければと思ったのだ。


彼女が去ったあとすぐに私も王都にある屋敷で下働きを始めた。自立したかったのである。初めてもらったお給金で綺麗な紙を買い、約束通り手紙を書いた。その後もたくさん書いたが忙しいのかあまり返事はなかった。それでもごく稀に元気にやっているのだと分かる手紙が返ってきた。みんな優しくしてくれる、食事がおいしい、綺麗なものを着せてくれる、そんなことが書いてあった。1年たった頃、ようやく面会に行けた。彼女はお姫様のような姿で、会えて嬉しいと私に微笑んだ。私は安心したと同時に自分のみすぼらしい恰好を恥じた。


その後も許される限り会いに行き、他愛のない話をした。彼女はまだ魔女見習いの身であり、重圧は感じていないようだった。それからまた1年、2年と時が過ぎたとき、彼女はこんなことを言い出したのである。


この間たまたま聞いてしまったのだけど、今の魔女、前任の魔女を殺して今の地位にいるそうよ。


魔女は片時も欠けることは許されない。死んだ瞬間、次の魔女が誕生していなければならない。魔女がいないことは国の崩壊につながるとされている。だからこそ魔女はその重圧に見合う待遇が許される。彼女は見習いの身であるが、魔女になったら一層大事にされるのだろう。だが彼女はそんな地位を強欲に手に入れるような人間ではない。然るべき時をもって魔女になるのだと思っていた。


15になる時だった。彼女は見習いから一歩踏み出し魔女の仕事の一部をするようになった。見習いは複数人いるようだが、魔女の仕事を受けられるのは次期魔女としての立場を確立した者だけである。そしてその立場が保証されてから明らかに待遇が変わった。それは面会のほんのわずかな時間でも強く感じることができた。ただ、面会中の彼女は少し元気をなくしているようであった。おそらく魔女という役職の重さ知ってしまったからだろう。それでもその待遇であれば我慢できるのではないか、と愚かにも私は思ってしまったのである。私はそれからあまり面会に足を運ばなくなった。手紙のやり取りも少なくなった。その頃には次の魔女となる人物は大層美しいらしいと町にその噂が広まっていた。


17になる手前ぐらいであっただろうか。なぜだか彼女に会わないといけない気がして、面会を申し入れた。彼女は相変わらず柔らかな笑みを浮かべ会えてとても嬉しいと言うと、一呼吸置き、早く魔女の立場が欲しいのだと続けた。そして願わくば長生きしたいのだと。私は驚いた。そんなにも魔女の立場はよい待遇なのだろうかと思ったのだ。彼女は私に一通の手紙を渡してきた。それは昔私が初めて自分で買った紙と色違いのものであった。返事はなかったが彼女には手紙が届いていたのだ。その場で開けて読んでいいか聞いたところ、彼女は首を振った。本当は渡すつもりはなかった、だから今は読まないで、ただ持っていてほしい、と続けた。


不思議なことを言っていた彼女だったが、今覚えば彼女は何かを決心したような強い眼をしていたのだと思う。手紙を受け取った一月後、彼女は正式に魔女になった。


魔女は短命だ。短命だが、もしかして彼女が前任の魔女を手にかけたのではないかと頭をよぎった。唯一心を許した友だった。なぜ話してくれなかったのか、もしそうであれば私は彼女をなんとか正さねばならないと強く思った。その時、手紙の存在を思い出した。


-----------

こんな手紙を読ませてごめんなさい。きっと私は正式に魔女になってるのでしょうね。


私の前任の魔女はとても優しい人でした。私が見習いの時からとてもよくしてくれました。


見習いから一歩先の仕事の話が来たのは15歳になった時でした。そこまで重いものではなく、最近少し日照りが続いてしまっていたので雨を降らせてみよう、そんな内容のものが私の魔女としての初めての仕事でした。魔女は魔力がたくさんないといけませんが、私はそこまで魔力が強くありません。不安に思ってましたが、前任の魔女は大丈夫だよと今にも泣きそうな顔で微笑んでくれました。少し不思議に思ったのを今でも覚えています。


初仕事の前に魔女になるための一歩として儀を受けました。儀が終わった晩、悪夢を見ました。足にたくさんの女性の死体が纏わりついて離れないのです。私は泣き叫びながら起きてしまいました。でも悪夢は終わっていなかった。夢で見た死体が現実にも纏わりついていたのです。前任の魔女はわかっていたのでしょうね。いつの間にか私の部屋に来ていました。そしてソレは歴代の魔女達の怨念だと教えてくれました。国の災厄を一身に受け止め、自身の身を削って平和と繁栄をもたらすことを強要されてきた怨念だと。魔女はその怨念の魔力を使わねばならないのだと。私は恐ろしくなりました。正式な魔女になる前にいくつか儀を行わなければなりません。一つの儀が終わるたび怨念が増えていくのです。きっと正式な魔女になるための儀を受けた後は、私の見る世界は別ものになっているのでしょう。


前任の魔女は言ってました。前の魔女が大好きであったと。解放してあげたかったのだと。できることなら長生きをしたいのだと。今の立場をあなたに押し付けてはならないのだと。私も同じ気持ちになりました。


なので魔女になることを決めたのです。


あなたと過ごした孤児院の時間が、今思えば一番幸せでした。この手紙を書いたとき渡すべきかとても悩んだのです。でも私が唯一心を許したあなただから持っていてほしかった。一生読まないでほしいと思いながらも、やはり渡してしまうのでしょう。自己満足で本当にごめんなさい。


こんな生活ですが悪いことばかりではありません。恵まれた待遇です。周りの人も優しい。私は私にできることを精一杯。また会えるといいね。


あなたの幸せを願って。

-----------


読み終えた私は冷静だった。彼女を開放したところでこの悪夢は終わらない。見習い魔女が同じ境遇を辿るだけだ。でも儀を受けない限り魔女になることはない。



それから1年と経たないうちに、相次いで見習い魔女失踪事件が起こった。そしてそんな事件のさなか魔女が死んだ。町は女神や聖女と形容されたかの魔女の死から立ち直れていないようだった。魔女という役職は滅びた。


最期に話した彼女は泣きながらもやっぱり柔らかい笑みを浮かべていた。傲慢にも最期のその瞬間までその地位を手放したがらなかった。


今この国で私は災厄なのだろう。この先の行く末はまだわからない。

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