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海路護衛4

 こちらへ振り下ろされる触腕を、切り落とし、魔物の腕をかなり減らす事ができた。


「ブシュゥウウウ……」


 だが、それは決定打とならない。恐らくだが、こういう軟体の魔物は数時間で欠損した腕を生やし直す事ができるし、今まで与えたダメージは人間でいえば爪や髪を切った程度だろう。致命打には到底なり得ない。


 かといって、攻めることができるかと言えば、それは出来なかった。両手剣を持っている以上、海面に落ちるわけにはいかないのだ。


 金属の中でも軽量の神銀とは言え、さすがに水よりも比重はあるし、採取用ナイフや神銀製以外の装備には重さのある金属を採用している。沈んだら最後、上ってこれないだろう。


「ちっ……」


 それが頭をチラつき、積極的な攻めに出にくい。軟体の魔物からの攻撃をいなしつつ、隙があれば攻撃を合わせているが――正直なところ、解決の糸口が見えない状況だ。


「ブシャァアアアッ!!」

「っ!?」


 魔物本体の噴出口から黒い体液が放射される。俺はそれを外套で弾き、周囲を確認する。毒性や強酸性の体液では無いようだが、べたついており、顔面に掛かれば視界を奪われる可能性の高い攻撃だ。


「白閃、両手剣をこちらに!」


 俺が攻めあぐねているのを察したようで、ヴァレリィが鳥型の魔物からの攻撃の隙を突いて声を掛けてきた。


「っ!」


 何をする気だ。とは聞かなかった。そんな事を説明されても理解まで時間がかかるし、今の状況でヴァレリィが無意味な事をするはずがないという信頼があった。


疾風付与エンチャントウィンド


 魔法が発動すると同時に、両手剣が羽のように軽くなったのを感じる。


「仕留めてください! これで斬撃が『飛びます』!!」


 彼はそれだけ言うと、杖を構えなおしてキサラの援護へ向かう。説明はそれだけだった。


 俺はヴァレリィの言葉を信じて、両手剣を強く握ると海面に顔を出している魔物に向かって振り抜いた。


 手応えは無い。空を切っているのだから当然である。だが、視界の先にある光景は全く別の物を映していた。


「ギシャアアアアアアアア!!!」


 潮を吹くような叫び声と、大気そのものが切り裂かれるような音と共に、魔物の肉体が大きくえぐれ、傷口から青みがかった透明な液体が吹き出す。


 ……そういう事か。


 俺は両手剣を全力で握りしめ、青い燐光を迸らせる。


「ブシュルルルル!!」


 軟体の魔物は再び俺たちの船を破壊しようと覆いかぶさってくる。触腕ではなく体積に物を言わせた力押しだ。


 しかし、俺はそれよりも早く再び両手剣を振り抜く。


 風が渦巻き、突風のような音と共に、斬撃が飛び、先程できた傷とは別の個所が大きくえぐれ、そして反対側の景色が見える。


 そしてしぶきを上げてゆっくりと、山のように大きい巨体は崩れていく。その姿は緩慢なように見えるが、それは魔物自体の大きさゆえの錯覚だった。



――



――疾風付与

 風属性の魔法は応用がかなり効く。それは他の系統と相性がいいという事でもある。


 魔法の基本となる他の五属性も当然だが、支援属性の魔法や回復属性の魔法とも相性が良く、組み合わせることができるという訳だ。


 今回使用したのは属性付与という支援魔法で、火属性なら傷口が燃える。氷属性なら切り口が凍り付くというような効果を付与する魔法だった。


 元々の属性付与が他系統と親和性が高く、風属性自体の特性、更には神銀の魔力伝導効率も合わさることで、超威力の斬撃を飛ばす事が可能となった。


 ……と、ヴァレリィからは説明された。もう少し詳しく話してくれたような気もするのだが、残念ながらあまりにも早口でまくし立てるものだから、聞き取れないし理解も難しかった。


「とうさま、おつかれ」

「ああ」


 シエルが一杯の水を持ってきてくれて、俺はそれに口をつける。海というのは不便なもので、海水は塩気が多すぎて口にすると余計喉が渇くのだそう。


「すみませんでした。僕が軽率に――」


 ヴァレリィが船長に向かって頭を下げている。どうやら原理は分からないが、彼の理論では先日魔法を使ったことが魔物を呼び寄せてしまったことにつながったらしい。


「ふぇっふ、何を言ってるのか分からんな、お前さんごときに魔物を呼び寄せる力は無いよ」

「しかし……あの水棲タイプの魔物は魔力の動きを観測する器官を持っていました。僕の魔法でそうなったとしたら――」


 まくしたてるヴァレリィに、船長は葉巻の煙を大きく吐き出して言葉を制す。


「あの時見つかってたら、襲撃はその時になったはずだ。お前さんの思い上がりも甚だしい」


 言葉は刺々しいが、船長の機嫌はそこまで悪くないように感じた。


「そもそも海上は頻繁に魔力の対流が起きる。水を少々湧かせたところで大勢に変化はない」

「し、しかし、ではなぜ魔法が船上では使えないのですか? 影響が無いのなら風魔法で船を動かす事も、大量の水を持ち運ぶ必要もないじゃないですか」

「それはな――」


 魔法を使える人間は限られる。少ないわけではないが、先天性の素養がそもそも必要であり、その上で修練を行った人間は限られる。


 そうなると人間を確保する必要があり、その人間は船を支配してしまう。そうでなくとも、その使い手を失えば船の上で干上がるのを待つ羽目になる。


 水や帆をしっかりと積んでおけば、最悪いくつか流されても生き残る確率は高い。そういった理由で船は魔法を使用しない文化ができている。とのことだった。


「――なるほど、リスクの低減という事ですね」

「ふぇっふぇ、そういうこった。だから、別にお前たちが魔法を使おうと気にしないのさ」


 そう言って、船長はヴァレリィの肩を叩く。


「そういう訳で、ちょーっとやってほしい事があるんだけどよ、魔法使いの兄ちゃん」


 船長が隙間の空いた歯を見せて笑い。ヴァレリィは困惑したような表情を見せ、俺はいやな予感がした。



――



「おう兄ちゃん! 魔法ってのは便利だな! また乗る時は頼むぜ!」

「ええもちろんです。人々の生活を便利にするのが魔法の本分なので」


 ヴァレリィと船員は上機嫌に話し合っている。予定の航海日数は五日だったところを、三日で渡り切ったのだ。当然その分の保存食や水を使う必要はなく、還元として俺たちは金貨五枚を受け取っていた。


「うっぷ……しばらく私、船には乗りたくないっす……」

「とうさま、地面揺れてない……?」


 船から降りたところで、レンとシエルは完全に参っている。船酔いではあるのだが、さすがに今回は俺もきつかった。


「なんなんですか、あのスピード……」

「ヴァレリィの魔法が優秀だったって事だな」


 船長からの頼みは、風属性の魔法で帆船を動かしてほしいという事だった。ヴァレリィはその頼みに全力で応え、その結果ものすごい速度と揺れでベルメイまでの航路を進むこととなり、ヴァレリィ本人と船乗り以外の全員がダウンすることになったのだった。


「うう……船に乗ると本当にろくなことないですよね、ワタシ達」

「ああ……まああいつらよりはマシだな」


 そう言って俺は船着き場のベンチで横になっている三人の冒険者を見る。


「生きてるって、いいよな……」

「なあ、銅等級って一端の冒険者だよな……?」

「ちょ、ちょっと気分悪いんでその話後にしてもらっていいっすか……」


 慣れない作業で疲れた上であの揺れを経験したのだ。しばらくそっとしておいてやろう。


「で、これからアバル帝国に行くんでしたっけ? すぐに出るんです?」

「いや……明日は休養しよう。エルキ共和国領内とはいえ、消耗した状態で旅はしたくない」


 俺たちはぐったりしたまま、唯一魔法を活躍させられて上機嫌になっている彼が会話を終えるのをを待つことにした。

とりあえずここまででいったん休載したいと思います。やる気なくなったとかじゃなくて、ほかにやりたいことができたので、それに向けて努力している状態です。成果が出るのは来年……位を目処にしたいですね。


ではまた

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