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そして当日。
初の穴なし参加に喜んだメイドさんに飾り立てられた。
お母さんもお父さんも始めはすごく驚いたけど、やっと私が社交する気になったと喜んでくれた。
「で、パートナーはだれ?」
「そういえば、聞いてないわ」
当日になって大変なことに気づいた。
「まさか当日すっぽかされるなんてないだろうね」
「大丈夫よお父さん。彼は約束を破ったりしないわ」
なんて言ったけど本当に来てくれるかな。
柱の影からこそこそ様子を見るけど、会場内にはまだいなそうだ。
穴に入りたい。
だけど、見つかりにくいところにいちゃダメだし。柱の影も十分見つけにくいだろうし。
肩をやさしく叩かれた。
振り向くと彼がいた。
「こんばんは。あの、似合いますか」
「ああ………とても」
少しどもったけれど、やっぱりなにかおかしいだろうか。
「よく見つけられたわね」
「なんとなくここにいそうだなと思って」
「魔法?」
「使ってないよ。さあ、一曲目が始まる。お嬢さん、私に付き合ってくださいますか」
跪いてダンスを乞う姿はまるでおとぎ話の王子様みたいだ。
「は、はい」
手を繋がれホールに連れられる。
とても緊張してきた。 踊れないわけじゃない。
公爵令嬢としてするべきことはしてる。
だけど、こんな大勢がいるところで踊るの始めて。
彼の足を踏んでしまったらどうしよう。他の踊ってる人にぶつかってしまったらどうしよう。
緊張を読み取ったのか、彼は一度手を強く握ってくれた。それだけでなぜか落ち着いた。
さあ、行こう。
彼となら大丈夫。
ここはホール、ダンスの戦場。
音楽が始まる。
最初の曲はそこまで難しいものじゃない。
何度かなれないハイヒールで転びそうになったが彼が立て直してくれた。
たくさん回転して、ふと周りを見ると色とりどりのドレスが広がって花畑にいるようだった。
「綺麗だ」
「ありがとう」
曲は終盤に向かって徐々に早くなっていった。だけど、まだついていけるわ。
そして最後の音と共にポーズを決めダンスは終わる。
と思った。
二曲目が流れ出してなんと彼がそのまま踊り出したのだ。
「よかったら、このまま二曲目を。嫌なら振り払ってかまわない」
振り払う理由もない。
むしろ、彼が踊ってくれる理由はなんだ。
二曲目を踊るのは、男がパートナーを誘うのと同じ意味があるのに。
ほら、遠くのほうですごいにらんでる女の子がいるわ。
なんか、怖い。
踊り始めてしまったものは仕方ない。
一曲目よりも加速したその曲もなんとか踊りはきった。
でも、流石に三曲目は体力的に踊れない。
そんな疲れ果てた私に話しかけてくる人がいた。
「やあ、はじめまして。美しいお嬢さん。君、社交の場にくるのは始めてだよね」
はじめまして?
いやいや、はじめましてどころかついこの間まで婚約者だったのだが。
第一王子は私の顔を覚えていないのか。
穴の中にいても肖像画はもっているはずだ。
この王子だ。おそらく『もぐら令嬢』の噂で肖像画を見る気もなくしたのだろう。
「僕が君のように麗しい人を忘れるわけがないのだ」
にしてもなんということを。
王子のせいで目立ってしまっているじゃないか。
銀髪の彼は私を守ろうと背中に隠すよう動いたけど、その腕を押さえて首を横に振った。
これは私の問題。
かたをつけなくてはならないのも私だ。
恥ずかしいという気持ちはいつしか吹っ飛んでいた。
かつて、といっても先日。似た状況で恥ずかしいと思った。だけど、もう違う。
「お久しぶりです」
「久しぶりですって?ご冗談を。僕はお嬢さんとあったことなどございません。どうか、僕と一曲…」
「なんですか。先日は無礼なことをおっしゃったのに、もう手のひら返しですか。あなたのような方と踊る気などミジンコほどもございません」
「な、なんだと!美人だからと上から目線で」
「美人ではありませんし、見た目で言い寄る人間なんて好ましくありません」
穴にこもっていたときはあんなにそっけなかったくせに。
目が熱いのは気のせいか、なんなのか。
「金輪際、話しかけて来ないでください。私たちは破綻したのです。さようなら、元婚約者様」
後ろで息を呑む気配がしたが、無視してきた。
そのままバルコニーへ向かって歩いてきた。
夜風に当たりたかった。一人になりたかった。
あんなやつに涙など見せてたまるか。
「うわぁーーん」
すごくすごく久しぶりに声をあげて子供のように泣いた。目元を隠すこともなく、人目を憚ることなく、銀髪の彼を置いてきたこともすっかり忘れて泣いた。
悔しかったのだ。
恥ずかしがりだった自分が。
そのせいで婚約破棄されたことが。
あんな人のために一年も我慢したことが。
見た目だけであんなに手のひらをすぐに返して言い寄ってこられたことが。
何もかも悔しかった。
何かを差し出される気配がした。
目を開けると、目の前に布があった。
「……ハンカチ?」
目の前に銀髪の彼がいた。
待って。
恥ずかしい。
「泣いでるとご、みだ?なんで、ここにいるの?」
涙声も恥ずかしい。
とりあえずハンカチを受け取って涙を拭く。
そして、気づいた。
ダンスのとき手を繋いでそのまま離してなかったじゃないかと。
「ごめんなざい」
「気にしてなどないさ」
そっと後頭部に手を当てて胸に寄せられた。
なんか、高そうな生地なんだけど。
これ涙で汚したらどうしよう。
なんて考えたらよけい泣けてくるし、安心感で涙腺決壊したし。
「好いた人に手を引かれて、嬉しくないわけがないだろう」
元婚約者に言い返す勇気がでたのは、もしかしてもしかしなくてもこの手を握っていたからだ。
……???
「好いた人?」
ゆっくり顔をあげて彼を見た。
すると彼はダンスの前のように膝をついて腰を落とした。
「私はクローレン皇国が第一皇子、ルイース・クロディアント。あなたのことが好きです。その聡明さに心惹かれています」
ルイース。
古代語で月を意味するその名にふさわしく、その背後を満月が照らしていた。
「じゃ、じゃあもしかしてあれって…」
「どれ?」
「あの、男性からパートナーに誘ったり、ダンスで二曲目踊ったり」
「全部求婚していたつもりだ」
気づいてはいたけど、たまたまかなーって。
自意識過剰かなーって、気づかない振り頑張ったんだけど無駄だったのね。
「あなたが私を嫌いでなく、隣国である帝国へ嫁いでもいいというならば名前を教えて貰いたい」
宝石のような瞳だった。
この瞳にまっすぐ見つめられ嫌いと言う人などいるのだろうか。
私も彼に惹かれている。
論文を読む姿は知性的に感じたし、大きな手は勇気をくれた。
今いるこの国に王子は一人のみ。
とすればあの婚約破棄された王子が未来の王。この国に残ったとして、いいことなどあるはずもない。
なら、好きな人についていかなくてどうする。
「私は公爵家の長女、フローラ・アズライトです。たった数日だけど、その間に私もあなたが好きになりました。連れていってください」
こうしてフローラは皇国へ嫁入りすることになった。
後にフローラとルイースの発表した論文は、技術の遅れていたクローレン帝国に発展に加速をかけた。
そして彼らは帝国史に名前を刻む偉大な人物として代々語り継がれることになった。
二つ名として『栄国の花嫁』と呼ばれた花嫁はこう叫んだ。
「穴があったら入りたい!!」
ここまでお読みくださりありがとうございます^^
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