『自称ヒロインに悪役令嬢だと罵られています。婚約者は譲りますのでもう私にかかわらないでください!』2
「レノ?」
入学して数週間がたったころだった。
授業が終わり、門まで歩いているところで声をかけられた。
振り返ると絶世の美青年が息を切らしながら立っていた。
「・・・どちら様でしょうか?」
汗までがキラキラ光って神々しく見える。
胸元にあるタイピンを見る限り3年生だ。
今までほかの学年との交流もないし、こんな美しい人をみたら忘れるわけがない。
麗人が呼吸を整えている間に、私はポケットからハンカチを取り出して彼の額に浮かぶ汗を拭いた。
汗も美しさを演出するものになっているけれど、それはそれ、これはこれだ。
「ありがとう」とお礼を言われ、私が首を傾げると麗人がフッと微笑んだ。
「アイリスとは違う美しさだね。それに優しさも備わっている」
キラキラした瞳で見つめられて、私は固まってしまった。かつてこれほど私をこんな風に見た人はいただろうか。
「私はアイリスの唯一の教え子、アンドレア・フォン・デ・サンビタリア。ずっと君に会いたかった」
そう言って私のハンカチを持つ手をとり、手の甲に口づけた。
私は声にならない叫び声を上げた。
この国の王太子、アンドレア殿下だったからだ。
3年になって公務が忙しくなかなか学園に来ることがないと聞いていた。
そんな方から声をかけてもらえるなどみじんも思ってはいなかったので反応が遅れてしまった。
「初めまして、レオノール・ファン・ラスニックと申します。殿下のことは姉から・・・」
「うん、ところでこの後時間ある?」
急いでいるのか私の口上を遮るかのように質問される。
「えっ?はい。帰るだけですが」
「そうか!良かった!帰りは送るから」
そういわれて半ば強引にアンドレア殿下の馬車に乗せられた。
「あの・・・殿下」
当たり前のように私の横に腰かけたアンドレア殿下に私は勇気を振り絞って声をかけた。
すると嬉しそうに微笑む。
「ドリーで良いよ。ああ、でも君のお姉さんにはレアと呼ばれていたな。レアでも良いよ。それだと君と被るかな」
そういえば、さっき『レノ』と呼ばれていた。
姉が私をそう呼んでいたことを思い出す。
結婚してからは全く会えていない。元気だろうか。
「そんな、恐れ多いので」
「毎日君の話を聞いていたからだと思うのだけれど、君の事、他人は思えないんだ」
いやいや、私にとっては全くもって他人だけれど・・・。
と言えるわけもなく、私はごまかすように笑った。
「そうだな・・・やっぱりアイリスのように『レア』と呼んで?身の引き締まる気持ちになるから」
「身の引き締まる?」
「うん、アイリスってめちゃくちゃ厳しいでしょ?辛くてよく逃げ出したんだけれど・・・まるで悪魔のような形相で『レアさま!!出てこないとお尻百打叩きですわよ!!』とキレてた」
お姉様の声色が似ていて私は噴き出して笑ってしまった。
こんなに絵画から抜け出したような美しい人なのに、中身はとても愛嬌のある人だ。
「承知いたしました。『レア様』、お姉様の代わりに私がレア様を正しい道に導きますわ」
冗談めいて言うとレア様が嬉しそうに笑った。
馬車の中では、なぜ強引に私を乗せたのか教えてくれた。
これから向かう先は王宮であり、王妃であるヴィクトリア様がアイリスの妹である私と話がしたいとのことだった。
「大丈夫、母は謝りたいそうなんだ。それと今後について話したいそうだ」
私が混乱している間に、王宮についてしまった。
レア様のエスコートで部屋に入ると、エキゾチックな美女、ヴィクトリア様が待っていた。
ヴィクトリア様が言うには、私とクリスチャンとの婚約は本意ではないとのことだった。
ポルスター公爵は私と息子の婚約の話をヴィクトリア様には話していなかったらしい。
「ごめんなさいね、私がアイリスを身近に置きたいと思ってしまったことから間違いが始まったのだわ。別にポルスター公爵家とラスニック侯爵家の関係を強める理由なんてないの。貴方が望むなら婚約を白紙にするように働きかけるわ」
それは願ってもない話だった。
私は極上の笑顔でうなずいた。