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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幼なじみは領主様!?〜約束に縛られて独り身に。でも、幸せになれました〜

作者:

 ――――――――その子と出会って、ただの町娘だった私の運命は大きく変わった。


「いらっしゃいませー!」


 私の実家は領主の城がある町の小さな食堂。城仕えの人から商売人まで、いろんな人がやってくる。

 年頃も過ぎた年齢の私。友人たちはどんどん嫁いでいるけど、私は独り身のまま。実家の食堂を手伝っていた。

 戦場よりも慌ただしい昼の時間帯が終わり、私は椅子に座って一息つく。

 そんな私に店主であり料理人である父が声をかけた。


「おい、休んでいる場合じゃないぞ。そろそろ来るんじゃないか?」

「あー……」


 私は店の入り口に視線をむけた。忙しい時間が終わった頃にやってくる……


「いいか?」


 カラン、という軽いベル音とともにドアが開く。


 ムスッとした顔で店に入る青年。背が高く、筋肉質な体。固そうな短い金髪に、鋭く光る緑の目。隙がなく、着古した服と腰に剣を差した姿は旅の傭兵という雰囲気。

 職業は知らないけど、いつの間にか常連になっていた。


「いらっしゃい! 空いてる席に座んな!」


 父が機嫌よく声をかける。私は仕方なく立ち上がり青年が座ったテーブルへ行った。


「ご注文は?」

「……あるもので」


 これもいつものやり取り。この時間になると材料を使い切り、作れないメニューも多い。

 そのため、いつからかお任せで注文するようになっていた。父はあり合わせで料理が作れるし、残り物が減ると喜び、この青年がお気に入りになっている。


 けど、私は……


「日替わり定食いっちょあがり」


 父が作った料理をテーブルまで運ぶ。


「おまたせしました」

「……あぁ」


 私はこの無口な青年が苦手だった。無愛想で、話しかけても返事は一言か二言。何か言いたそうに私を見るけど、目が合うと顔をそらされる。


 それだけなら、別にいい。


 私はこの青年を見ると、なぜか心がざわついた。特に、青年の濃い緑の目を見ると思い出す。

 私の人生を変えてしまった、あの子のことを――――――――



 出会いは子どもの頃。私だけが知っている秘密の花園。

 甘い蜂蜜のような金髪に、濃い緑の瞳。丸くて小さな顔に、陽の光を知らない白い肌。淡い水色のドレスがよく似合う、花の妖精のような可憐な女の子。


 その外見に気後れしながも、好奇心が勝った私は思い切って声をかけた。すると彼女は意外と気さくで、すぐに仲良くなり、秘密の花園で遊ぶように。


 他愛も無いおしゃべりをする時もあれば、彼女がとっておきの手品を見せてくれることも。

 なにもないところから宝石を出したり、コインを他の場所に移動させたり。その妙技に感嘆のため息しか出ない。


『本当に魔法みたい。すごいのね、リーは』

『驚きすぎ。これは手品で、ちょっとしたコツがあるだけだから。そうだ、ルーシーにだけ特別にコツを教えてあげる』


 そう言って笑った彼女の顔に私の胸は高鳴った。

 いつも人形のように綺麗に表情を作る彼女。それが、悪戯をする子どものような感情がこもった笑みを私にむけた。

 その姿は楔のように今も私の心に深く刻まれている。


 永遠に続くかと思った甘い日々。でも、別れは突然で。


 領主様が急死した日。私はリーから別れを告げられた。


 家の都合で引っ越さないといけない。でも、いつか会いに来るから、その日までこのハンカチを預かって欲しい、と。

 そのハンカチは繊細な刺繍が施された、子どもでも高級品と分かる一品。

 私は会える日まで大事に預かると約束した。


 それから成長した私は、異性から告白されても、縁談の話がきても、いつも彼女のことが浮かんだ。

 何度か付き合うこともあったけど、うまくいかずに最後は破談。このままではいけないと思うけど……


 考えこんでいると父の声がした。


「そういえば、兄ちゃん。うちの娘に良い相手とかいないかね? この年になっても、なかなか嫁ぎ先が決まらなくてよ。このままだと行き遅れちまう」

「ちょっ!? 勝手に話さないでよ! それに私が嫁にいったら、誰が店を手伝うの!?」

「そこなんだよなぁ。領主様が代わってから年々、税金があがって人を雇う余裕さえないからな」

「そういうこと。それに私は昔、約束をした友達を待っているんだから」


 私はポケットに入れているハンカチをスカートの上から握りしめる。


「預かっているモノを返すまでは、嫁ぐなんて考えられないの」


 彼女と会って、ハンカチを返したら……もしかしたら、次に進めるかもしれない。そんな淡い気持ちが願いとなって心を占める。


 そこで、黙っていた青年が声を出した。


「そんな約束に、いつまでも縛られるな」

「……え?」

「それで、おまえが不幸になったら相手も困るだろ」

「けど……」

「いつまでも現われない相手より近くを見ろ」


 私は反論したい言葉をグッと呑み込んだ。


(そんなの言われなくても分かってる。でも、実際はうまくいかなくて。こんな状態で嫁いでも、相手も私も不幸にしかなれない気がする……)


 すべての料理をテーブルに置いた私は逃げるように背を向けた。


「……おい」


 青年の声に私は渋々、振り返る。


「なんでしょう?」

「しばらく、来られなくなる」

「え?」


 椅子に座ったまま真っ直ぐ見上げる青年。キリッとした眉に、形が良い鼻。薄い唇にシュッとした顎。男らしいけど端正な顔立ち。

 その整った顔に、なぜかドキリとしてしまった。彼女以外に感じたことがない胸の高鳴り。


「それで、その……」


 青年の声で私は現実に戻った。けど、そこから言葉はない。


 落ちる沈黙。冷めていく料理。でも、なにか重要なことを言いたそうな重い雰囲気。

 この空気に耐えられなくなった私はつい口を開いた。


「なにか、私に用事ですか?」

「実は……」

「レオン、探しましたよ」


 町の食堂には不釣り合いの小綺麗な服装の青年が店に入ってきた。親しい間柄のような様子で、レオンと呼ばれた青年が感情を隠すことなく顔を曇らせる。


「少し息抜きをしていただけだ。すぐに戻る」

「では、外で待っています」

「……わかった」


 結局、私に何を言いたかったのか不明のまま。急いで食事を終えたレオンは無言で店を後にした。



 そして、いざレオンが現われなくなると……



「うーん」


 昼時の慌ただしく忙しい時間が終わって椅子に座る。それから、つい店の入り口に目が。まるで、レオンが来るのを待っているみたい。


「違う! 違う!」


 私は大きく頭を振った。そこに開く店のドア。


「い、いらっしゃいませ!」


 現実に戻った私は客を迎えるため慌てて立ち上がった。


「まだ、やっていますか?」


 柔らかく風に揺れる金髪。穏やかな緑の瞳。綺麗な顔立ちに、優雅な微笑み。どこか人間離れした美貌。

 その姿に子どもの頃の記憶が蘇る。自然とあの子の名前が口から(こぼ)れた。


「……リー?」


 そこで私はハッとした。よく見れば……いや、見なくても目の前にいるのは青年。つまり、男。

 しかも、上等な服を着て、剣を腰に差している。もしかして、城仕えの騎士とか!?

 初対面の人への失言に慌てる私に対して、青年が首をかしげる。


「オレの名前はリーアムで、リーと呼ばれることもあるけど。君はもしかして……あの時の?」


 思わぬ言葉に私は声が出ない。まさか、という思いの中にある期待と不安。


「子どもの頃に遊んだ?」


 子どもの頃!? 本当に!?


「本当に、リーなの!?」


 私は無意識に叫んでいた。


 他の客がいない店内。私は自分を落ち着かせるため、椅子に座って大きく息を吐いた。


「ご、ごめんなさい。あの、リーが男の人だと思っていなくて」

「勘違いするのも無理はないよ。あの頃は病弱で、動き回らないように女の子の姿で、おとなしく過ごすように言われていたから」


 私の反対側に座って、すまなそうに微笑むリーことリーアム。どう見ても青年なのに、美貌が……眩しすぎて直視できない。


「全然、気付かなかった……」

「それだけ家が厳しかったから」


 リーが着ている服は平民と明らかに違う。そういえば、子どもの頃にリーが着ていた服も派手ではなかったけど、上等で品があった。

 なぜ、気付かなかったのか……


「昼食がまだなんだけど、いいかな?」

「は、はい! あ、でも口に合うか、どうか……メニューも、そんなにないですし」

「メニュー表には、こんなに書いてあるのに?」

「それは、ほとんど売り切れていて。いま残っているのは、鶏もも肉の丸焼きとナマズのソテーと野菜炒めぐらいで」

「……チッ」


 それは、とてもとても小さな声だった。でも、不満と苛立ちが込められた……


(リーが!? 舌打ち!?)


 確認するようにリーの顔を覗くと、何事もなかったように微笑まれた。


「じゃあ、鶏もも肉の丸焼きをお願いしようかな」

「はい。少々、お待ちください」


(やっぱり、私の聞き間違いかな)


 私は注文を伝えるためにキッチンへ下がった。

 それから料理を前にしたリーは微妙な顔に。それから数口だけ食べると「じゃあ、また来るから」と代金を置いて店を出た。

 リーの行動に父が激怒したことは言うまでもない。



 それからリーは毎日、来るようになった。でも、食事はほとんどしない。飲み物と軽いつまみだけ。

 あとは私と話しをする。私と別れてから異国の地で、どんな生活をしていたのか。見たことも聞いたこともない景色に、食べ物に、出来事。どれも刺激的で楽しい。


 ――――――――けど。


 私が子どもの頃の話をすると、リーは早々に切り上げて別の話題へ切り替える。そのため、ハンカチの話もできない。それに……


「ルシル?」

「ご、ごめんなさい。えっと、盗賊退治の話だっけ?」

「そうそう。それで、助けた人がその国の偉い人でね」


 私を呼ぶ名前が違う。子どもの頃のリーは私のことを親しみをこめてルーシーと呼んでくれていた。

 年頃の男女があだ名で呼び合うと、変な噂をたてられるから? それとも……


 考え込む私にリーが笑いかける。


「助けてくれた礼にって、珍しいモノをもらったんだ。それをぜひ、ルシルにも見せたくて」

「私に?」

「そう。それで、仕事が終わったら私の家に来てくれないかな? とても貴重なモノだから、誰にも秘密で」

「え……でも、仕事が終わってからだと、夜遅くなるから……次の休みの日じゃダメ?」


 リーが眉間にシワを寄せる。怒りが混じったような不機嫌な顔。美形なせいか、怖いほどの迫力。思わず体が小さくなる。


 そんな私の様子を感じ取ったのか、リーが軽く笑った。


「急だけど明日、仕事の都合で、この街を離れないといけなくなったんだ。だから、見せられるのが今夜しかなくて」

「そ、そうなの……でも、夜に外を出歩くのは、ちょっと」

「オレが迎えに行くよ。だから、仕事が終わったら店の前で待っていて」

「けど……」


 リーが私の手首を握る。手荒れもなく、柔らかいけど、力強い。緑の瞳が私を逃さないように真っ直ぐ見つめる。


「どうしても、ルシルに見せたいんだ」


 剣幕にも等しい迫力に押され、思わず頷く。


「……わかった」

「約束だよ」


 念を押すように呟いた声は私を縛るようで。握られた手首には赤い痕が残った。



 仕事が終わり、店の戸締まりをした私はこっそりと外に出た。両親には片付けをしておくから、と店の上にある家に先に帰ってもらった。


 さっきまで客の声で賑わっていたのに、今は嘘のような静けさ。空には月もなく星明かりだけ。ほんのりと生暖かい、不気味な風が頬を撫でる。


「……リーは、まだ来てないか」


 私は言われた通り店の前で待った。周囲の窓の明かりがポツポツと消え、闇が増えてく。


「まだ、かな」


 不安にかられていると馬車が走る音が近づいてきた。


「こんな時間に?」


 ガラガラと激しい音。暗闇に揺れるランタンの灯り。天蓋のない荷馬車が石畳みを駆ける。

 私は馬車を避けるように、道の端に体を寄せた。


「どうしたんだろ……キャッ!?」


 馬車が私の前を過ぎ去る直前。伸びてきた手が私を掴んだ。私の短い悲鳴とともに、力まかせに馬車へ引きずりあげられる。


「ちょっ!? なにをするの!?」

「おとなしくしな。殺さなければ、なにをしてもいいって言われてるんだ」


 そう言った男が深く被ったフードの下で卑しく笑った。舐めずるような視線に寒気が走る。

 今は助けを求めて叫んでも馬車の音でかき消されるだろう。


 絶体絶命。なにもできない。


 恐怖で体がすくむ私を(もてあそ)ぶように男が迫る。


「領主邸に届けろって依頼だが、その前にちょっとぐらい遊んでもいいよな?」

「ちょ、ヤメ! いやっ!」


 ガタガタと揺れる馬車で男が器用に手綱を操りながら私を押さえつける。

 全力で抵抗するけど、力では敵わない。


「暴れると、痛いだけだぞ」

「ヤメテ!」


 私は死にもの狂いで腕を振り、足を蹴り上げた。


「グハッ!」


 男が短い悲鳴をあげて前屈みになり、馬車の速度が落ちる。


「今のうちに!」

「こ、コラ! 待て!」


 私は馬車から飛び降りて、狭い路地に入った。この道なら馬車で追ってこれない。


「この、待ちやがれ!」


 男の怒鳴り声と荒々しい足音。


「逃げないと!」


 知人の家があれば助けを求めたかったけど、この近くにはない。あったとしても、寝ていて出てこない可能性もある。


「誰か……誰か……」


 祈るように灯りと人影を探す。でも、目の前は暗闇と細い道だけ。徐々に距離を詰めてくる男の気配。


「待ちやがれ! 絶対、許さないからな!」


 怒声から必死に逃げる私。その時、人影が現れた。しかも、前からこちらへ走ってくる。


「よかっ……人がっ……」


 その姿に私は息を呑んだ。暗闇でも分かる短い金髪。マントを羽織り、腰に剣を差した無口な青年、レオンだ。


「どう、して……ここ、に!?」


 疑問はあるけど、今はそれどころではない。

 私は助けを求めて息も切れ切れに手を伸ばした。無骨な手が私の手を掴み、そのまま引き寄せる。厚い胸板が私を包んだ。


「へっ!?」


 いや、助けを求めたのは私だけど! でも、抱きしめられるなんて!?


 予想外の展開に私の思考が停止する。顔をあげると、安堵したように優しく私を見つめる緑の瞳。


「無事でよかった、ルーシー」


 薄い唇から出た言葉。愛おしそうに呼んだ名前は、リー以外は知らない私の呼び名で。


「どういう、こと?」


 私は完全にパニックになった。

 リーしか知らないはずの呼び名。なぜ、それを知っているのか。

 呆然とする私にレオンの低い声が降る。


「少しだけ待っていてくれ」


 私を包んでいた温もりが消え、マントが波打つ。


「なんだ、てめぇ……ぐぁ!?」


 私を追ってきた男の断末魔。一拍おいてバタリと倒れる音。暗闇にぼんやりと輝く剣。


「っ!?」


 私は悲鳴をあげそうになった口を押さえた。

 普通なら、助かった、と安堵する場面だろう。でも、極度の緊張の中、目の前で人が斬り殺された衝撃は私にとって新たな恐怖を上書きした。


 硬直している私の前でレオンが動く。ゆっくりと振り返り、鋭い眼光が私を見据えた。その姿が、とても冷酷で無慈悲に映り……


 私は自然と踵を返していた。


「ま、待て!」


 レオンの焦る声から逃げるように走る。石畳に足を取られ、転がりかけながらも、ひたすら進む。

 しばらくすると、細い路地の先に微かな灯りが見えた。ふわふわと揺れるランタンの先にリーの姿が。


「リー!」

「ルシル!」


 私に気がついたリーが駆け寄る。


「もう、大丈夫だよ。怖かっただろ」


 気づかう声に安心ではなく疑念が強く浮かんだ。


(……大丈夫? 怖かった? 私、なにがあったか言ってないのに。そういえば、私が店の前で待っていることを知っていたのはリーだけ。そして、あの男は明らかに私を狙っていた)


 頭が冷え、見えていなかったモノが見えてくる。私は息を整えながらリーに訊ねた。


「なにが起きたか、知っているの? それに、どうしてここにいるの? 私を迎えに店まで来てくれる約束は?」

「チッ。気づかなければ、もう少し夢を見られたのにな」


 ランタンの灯りに照らされた美しい顔が醜く笑う。距離を取ろうとした私の手をリーが掴んだ。


「いたっ!? 離して!」

「静かにしろ。おとなしくしていれば殺しはしない」

「殺しっ!? どうして!? 痛っ!」


 掴まれた手を捻って後ろにまわされる。


「余計な手間を取らせやがって。あいつの女じゃなければ、おまえなど相手にしないし、あのクソ不味い飯を食べることもなかったのに」

「マズイってウチの料理のこと!?」


 毎朝、父が市場で食材を厳選して仕入れ、丹精込めて作っている料理の数々。肉体労働の人のために味は少し濃いめだけど、不味くはない!

 怒りに任せて睨むと、鼻で笑いながら見下された。


「当然。あんな下賤な食事などオレの口に合うわけないだろ。家畜のエサにもならん」

「エサって、失礼にもほどがあるわよ! 謝りなさい!」

「高貴な生まれの私が頭をさげるなど、ありえん」

「生まれが高貴でも中身は最低じゃない!」


 私の一言にリーの顔が真っ赤になる。


「黙れ! オレにそんな口をきいて、後で後悔しても知らないからな!」

「ちょっ、どこに行くのよ!?」


 リーが私の体を押して歩かせる。


「黙って進め!」

「っ!?」


 腕を締め上げられ、痛みで声が漏れる。抵抗もできず、言われるがまま足を踏み出した時、声が響いた。


「待て!」


 細い路地から出てきたレオンが叫ぶ。


「貴様の目的はコレ(・・)だろ!」


 レオンが突きだした手には一枚の紙切れ。


「先代領主の正式な遺言書だ!」


 リーが私をしっかりと掴み、レオンに吠えた。


「あれだけ探したのに、貴様が見つけただと!? どこにあった!?」

「主寝室の裏にある隠し部屋の隠し本棚の中だ。私は先代領主から、その場所を聞いていた」

「クソッ! まあ、いい。この女と交換だ。断れば……」


 リーが懐から短剣を出して私の首に突きつける。まったく話が見えない私は叫んでいた。


「どうして、私と交換なの!? その紙は、なんなの!?」


 私を人質にとられて手が出せないのか、レオンが悔しそうに説明を始める。


「これは先代領主の遺言書で、跡継ぎについて書かれている。今までは、この遺言書が見つからず、現領主は仮という立場でこの領地を治めていた」

「その遺言書さえあれば、オレは正式な領主だ」

「えっ!? リーは領主様なの!?」


 驚く私をリーがあざ笑う。


「そうだ。本来ならば、オレはおまえのような下賤な者が顔を会わすこともない雲の上の存在。今は先代領主の妻であった母が仮の領主をしているが、その遺言書があれば私は先代領主の子として、正式な跡継ぎになる」

「どうして、そんな重大なことに私が関係するの!? レオンは何者なの!?」


 これまでの話だと、私はまったく関係ない。そこに、レオンが眉尻をさげて微笑んだ。


「すまない、ルーシー。君を巻き込むつもりはなかった。秘密の花園で遊んだ記憶のまま、時を止めていたかった」


 リーしか知らない、私の呼び名と、秘密の花園という単語。


「まさか……あなたが、リー……なの?」


 あの可憐な女の子が!? どこがどうなったら、こんなゴツい青年に!? しかも、そのことを今、言う!?

 呆然とする私にレオンが言葉を続ける。


「友人がいなかった私にとって、あの時間は癒やしで、ルーシーは支えだった」

「え……あ、あの……」

「私の手品を魔法みたいと喜んでくれて、本当に嬉しかった」


 濃い緑の瞳。穏やかな眼差し。それは、あの頃と同じで。そういえば、レオンのスペルは最初の部分だけなら、リーと読むことも出来る。


「本当に、リーなの? 本物のリー?」

「そうだ。ちょっとしたコツの話をしたのも、覚えているか?」

「お、覚えているわ!」


 あることに気がついた私は大きく頷いた。大丈夫、ちゃんと覚えてるし、気付いてるから。

 そこに、偽物のリーことリーアンが私たちを割くように怒鳴った。


「いい加減にしろ! さっさと、その遺言書を渡せ!」


 短剣が私の首に迫る。しかし、レオンは焦ることなくリーアンに視線を移した。遺言書を見せつけるように右手を動かす。


「ならば、三、二、一、で、おまえはルーシーを、私は遺言書を投げて交換しよう」


 レオンの提案にリーアンが同意する。


「わかった。だが、少しでも変な素振りをすれば、こいつの命はないからな」


 私は思わず息を呑んだ。レオンが投げやすいように遺言書を筒状に丸め、紐で縛る。


「「三」」


 二人の声が重なる。


「「二」」


 リーアンの手が少しだけ緩む。


「「一」」


 レオンが大きく腕を振り上げ、私はその場に座り混んだ。


「なっ!?」


 私の動きにリーアンが短剣を動かす。それを止めるようにレオンが叫んだ。


「受け取れ!」


 レオンが筒状にした遺言書を投げる。黒い夜空に白い遺言書がクルクルと飛んでいく。しかも、大暴投と言っていいほど。


「クソッ!」


 リーアンが遺言書を追いかける。


「大丈夫か?」


 頭を抱えて座り込んでいた私は顔をあげた。片膝をついたレオンが心配そうに私を覗き込む。


「わ、私は大丈夫。それより、遺言書が!」

「そっちは問題ない」


 パシッ。


 誰かが何かを掴んだ音が響く。慌ててそちらを向くと、小綺麗な青年が筒状の遺言書を持っていた。それは以前、店で食事をしていたレオンを呼びに来た青年で。


「それを寄こせ!」


 リーアンが勢いよく青年に飛びかかる。同時に、暗闇から複数の剣が現われ、リーアンを囲んだ。いつの間にか、兵士たちが並んでいる。


「な、なんだ!? オレを次期領主と知っての愚行か!」

「面白い冗談を。あなたが次期領主など、ありえません」


 無表情で断言した小綺麗な青年にリーアンが怒りをぶつける。


「なぜ、そんなことが言える!? そもそも、おまえは誰だ!?」

「名乗りが遅くなり、失礼しました。私は代々この地の領主に仕える騎士、ディラック家の長男、ヴァージルです」

「ならば、私の部下であろう! さっさと遺言書をよこせ!」


 迫るリーアンに剣を持つ兵士たちが距離を詰める。


「あなたが本当に先代領主の子であるなら、まだ可能性はありましたけどねぇ」


 ヴァージルの哀れみがこもった声にリーアンが動きを止めた。


「ど、どういうことだ?」

「この遺言書に書いてありました。妾妻の子である貴方は領主の血を引いていない可能性が高い、と。そもそも、隣国との戦争で領主が不在だった時にできた子など、不義以外にありえません」

「私が不義の子だと言うのか!?」


 取り乱すリーアンにヴァージルが説明を続ける。


「先代領主はその証拠を集めている途中で突然死しました。まるで、誰かが口を封じたように」

「そんなの憶測にすぎない!」

「そうです。証拠がなければ憶測です。ですので、あなたが不義の子である証拠を集めました。巧妙に隠されていましたので、証拠を集めるのは難儀しましたが、すべて揃えて王に訴えました」


 リーアンが振り返り、立ち上がったレオンを睨む。


「家のことで王家を巻き込んだのか!? 恥を知れ!」

「たしかに家のことで王家の手を煩わせるなど、恥ずべき行い。だが、そんなことを言っていられないほどの領地経営だろ。税は年々重くなり、領民の暮らしは良くなるどころか悪化するばかり。これ以上、見て見ぬふりは出来ない」


 私は立ち上がりながらレオンに訊ねた。


「あの、レオンは何者なの?」

「私はレオン・オルコット。先代領主の正妻の子にして、この領地の正当な後継者だ」


 堂々をした立ち姿。洗練された立ち振る舞い。そういえば、煩雑な店の中でもレオンはカトラリーの使い方が綺麗で目を惹いていた。


「本当の領主、様?」

「あぁ。リーアンの母に命を狙われ、他の領地で身を隠していたが」

「じゃあ、女の子の格好をしていたのは……」


 レオンの顔が暗闇でも分かるほど赤くなり周囲を気にする。


「そ、その話はまた後だ」


 小声で私に囁くと、兵士に命令をした。


「リーアンを連れていけ」

「はい」


 この人数では抵抗しても無駄だと悟ったのか、リーアンがおとなしく連行される。盛大な不満顔のまま。

 そこに私を襲った男を捕縛した兵士が現れた。


「こいつはどうしましょう?」

「オレは金で雇われただけだ! なにも知らねえ!」


 男の訴えに、レオンが視線だけで殺せるほどの極悪面になる。


「斬り殺されなかっただけ、ありがたいと思え! 徹底的に尋問して、すべてを吐かせろ」

「ハッ!」


 レオンの迫力に兵士が震えながら、さっさと男を連れて下がった。


「生きて……いたのね」

「必要な証人だからな。ルーシーに手を出した時点で万死に値するが、我慢して気絶させるだけに留めた」


 もしかして、男を気絶させたときにレオンが怖く見えたのは怒っていたから?

 確認する前にレオンが小綺麗な青年を呼ぶ。


「ヴァージル、彼女を家まで送り届けてくれ」

「え?」


 驚く私にレオンが謝った。


「申し訳ないが、私はまだ仕事がある。後日、説明をするために店へ顔を出すから」

「あ、はい……」


 兵士たちの視線。ピリッとした空気。とても、これ以上は追求できない。


 こうして私は家がある店まで馬車で送られた。



 悪夢のような夜から数日後。


「聞いたか? 領主が代わったってよ」

「あぁ。今までは先代の領主の妾妻が統治していたが、贅沢三昧で私腹を肥やしていたらしいな」

「それだけじゃなくて、先代の領主を毒殺したとか」

「金のためにか? 女は怖えな」


 常連客たちの雑談が自然と耳に入る。それは、振り払いたくても払えず。


「次の領主はどんなヤツなんだ?」

「領主と一緒に毒殺された正妻の子らしいぞ。なんでも、近隣の領地に身を隠して反撃する機会を(うかが)っていたとか」

「苦労人か。今より悪くならないなら、誰でもいいな」

「そりゃそうだ」


 私は喧騒をすり抜けて、いつものように料理を運んだ。レオンの話題が出る度に足が止まりそうになるけど、今は仕事に集中。


 忙しい昼の時間を乗り越え、やっと訪れた小休憩。椅子に座ってぼんやりと天井を眺める。


「はぁ……」


「なんだ、おめぇ。最近はため息ばっかりだな。ついに恋煩(こいわずら)いか?」

「ほっといて」


 軽口を言う父を睨むとキッチンに逃げられた。最近、一言多くて困る。


 カラン。


 ドアが開く音に私は慌てて立ち上がって声を出した。


「いらっしゃ……え?」


 花が! 大量の花が歩いて!?


 なにを言っているか分からないだろう。私も分からない。ただ、大量の花々がドアをくぐり押し入ってきた。


「ちょっと、花を置いてもいいか?」


 花の後ろからレオンの声が聞こえる。私は慌てて窓際のテーブルを指さした。


「隣にあるテーブルに置いて」

「ありがとう」


 顔が見えないほどの花束をレオンがゆっくりとテーブルに下ろす。ここで、ようやくレオンの全身が現れた。

 海のような碧色の布に、黄金色の紐で飾られた正装。シワ一つなく、パリッとした姿は似合いすぎて、カッコ良すぎ。

 顔が赤くなるのを感じた私は、誤魔化すように視線を花束に向けた。


「こ、これは?」


 レオンが短い金髪をかきながら答える。


「いや、その……この前、迷惑をかけたから、その詫びに」

「あ……」


 そういえば、説明のために来ると言っていたっけ。でも、そのためにこんな大量の花を……キッチンから覗き見している父も唖然としている。


「噂で耳にしているかもしれないが、正式に領主となった」


 良いことなのに、素直に喜べない。やっと再会できたのに、レオンが一気に遠い存在に。


「そ、そう。おめで、とう……」


 私はそう言うだけで精一杯だった。


 素直に祝福できず俯いた私にレオンが説明を続ける。


「リーアンが先代領主の血を引いていないことの証明と、先代領主と正妻である母が毒殺された証拠を集めるのに時間がかかってしまって。でも、やっと決着がついた」

「そう……」

「今まで秘密裏に動いていたが、途中で気づいたリーアンが私の過去を調べたらしく……ルーシーを人質にして、私を封じようとしたんだ。巻き込んでしまって、本当に申し訳なかった」


 レオンが勢いよく頭をさげた。いや、領主様が民に頭をさげたらダメでしょ!?


「顔をあげて! 気にしてないから!」


 しかし、私の訴えは聞き入れられず。


「あんな怖い思いをさせてしまって、どう謝罪すればいいか……」

「大丈夫だから! 怪我もほとんどないし!」


 どれだけ釈明してもレオンが動く様子はない。困った私はポケットに手をいれた。


「ほら、これ! 預かっていたハンカチ。返すから顔をあげて」


 頭をさげているレオンに見えるようにハンカチを差し出す。すると、レオンが感動したように呟いた。


「……本当に、持っていてくれたのか」

「約束だから」


 やっと顔をあげたレオンがそっとハンカチを受け取る。


「ルーシーは私に嬉しいことばかりしてくれる」

「べ、別に約束を守っただけだから」

「それだけではない。手品のコツの話も覚えていてくれた」

「話を覚えていなくても、あんな分かりやすい合図なら、すぐに気づくわ」


『手品はね、どれだけ注意を集められるか、が重要なんだ。注目を集めている側とは反対の手で、こっそりタネを準備する』


 昔、リーが教えてくれたコツ。


「遺言書を持つ右手に注目させて、空いた左手で私に、三、二、一、で屈めってジェスチャーするんだから。あのジェスチャーがリーアンに気づかれないか、そっちの方が不安だったわ」

「それは大丈夫。リーアンからは見えない位置だったから。それより、ルーシーが理解してくれるか、そっちのほうが心配たったよ。リーアンが投げた遺言書を追いかけなかった時は、そのまま体当たりをして取り押さえる予定だったから。ルーシーが近くで立っていたら、それが出来なかった。結局はリーアンが遺言書を追いかけて終わったが」


 お互いに顔を見合わせた後、どちらともなく吹き出して笑った。子どもの頃と同じ、柔らかく温かい空気。懐かしくて安らぐ。

 私はずっと気になっていたことを訊ねた。


「何度も店に来たのに、どうしてリーだって教えてくれなかったの?」

「あ、い、いや。それは、その……」


 レオンが口元を手で押さえ、顔を背ける。


「言えない理由があったの?」

「そうではないんだ……その、女のドレスを着ていたことが、とても恥ずかしかったんだ。男とバレたら妾妻に殺される危険があったから、命を守るために必要だったとはいえ……」

「でも、とっても似合っていたわよ」


 私の一言にレオンが両手で顔を覆って俯いた。


「そこなんだ。今は、こんなゴツい体に成長しているだろ? もし、あの可愛い顔が好きだったって、今の自分に幻滅されたら……私は生きていけない」


 大げさな。と喉まで出かけた言葉を呑み込む。

 テーブルに置かれた花々は秘密の花園に咲いていた花と同じ種類。レオンも私と同じように、ずっと覚えていてくれたのだろう。


 私は顔を隠しているレオンの手に自分の手を添えた。

 とても大きくて、筋張った男の人の手。皮膚が厚くて、カサついて、たくさん苦労してきた証。その中でも、私を忘れずにいてくれた。


 レオンとなら、うまくやっていける気がする。


「私のことを大事に思ってくれている。その変わらない気持ちが嬉しい。可愛らしかったリーも、今のカッコいいレオンも、私は好きよ」


 レオンが顔を隠していた手を外す。


「本当、に?」

「うん」


 大きく頷くと、レオンが全身で私を抱きしめた。


「私も! 私もずっとルーシーのことが好きだった。いや! 今も好きだ!」

「ちょ、強すぎ。少し緩めて」


 私は慌ててレオンの背中を叩いた。


「す、すまない」


 レオンが腕の力を緩める。顔をあげれば、とろけるように微笑む緑の瞳。

 武骨な手が優しく私の髪を撫で、愛おしむように私の頬に触れる。離れていた時間を埋めるように見つめあう。


 どんなに姿が変わっても、心は変わらない。初めて会った、あの日から。私の心は、あなたに捕われていた。

 無言のまま、ゆっくりと落ちてくる薄い唇。私は目を閉じて迎えいれ……




 カンカンカンカンカン!!!!




 烈火のごとくフライパンを叩く音。


「まだ、早い! まだ、早いぞ!」


 私とレオンが顔をあげると、半泣き状態でフライパンを叩き鳴らす父がいた。





 ――――――――半年後、秘密の花園で一組の結婚式が行われるが、それはまた別のお話。




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