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とある男の話2

 男は馬車で移動中、心中で何度も首をかしげていた。

 見張りの番に就いてからのことをほとんど覚えていない。


 もしや火の守りを忘れていた?


 しかし、他人から聞けば、確かに当番には就いたというのだ。更には自分と誰かの楽しげなしゃべり声も聞こえたという声もちらほらと聞こえた。誰かとしゃべっていた、というわけだが、肝心の『誰』の部分を聞いてみると、不思議なことに誰も知らないという。


 まるで妖精に化かされた気分だ。子ども向けの物語にはバガスという妖精がいろんな人を騙し、不幸にして笑う話がある。最後にはその妖精の話を聞くものはいなくなり、妖精は誰からも見えなくなって消えてしまうというオチだ。


 気味が悪い出来事だったが、そればかりにかまけている時間はない。男は昨夜の出来事を心の隅に押しやり、迫りくる現実に目を向けることにした。

 同時に何かあればすぐに逃げ出そう、と決意を固めた。



◇  ◇  ◇

 冒険者一行はライム森に到着した。


 ここまでの道中に魔物が出てくることはなく、目立ったトラブルもない。ライム森の異変さえ突き止めることができれば順調といっていい旅程になるだろう。

 探索は四人一チームで行うこととなった。男はこの中でいえば一番ランクが高く、ゆえにすぐに声をかけられてチームが形成される。

 森に入る前にコンパスで方角を確認する。帰るべき方向を調べ終えると、四人は誰よりも早く侵入していった。


 方角を逐一確認しながら森の奥へと足を踏み入れる。


 不思議なことに、森の入り口から今この瞬間まで、まったく魔物と出くわさない。魔物がこちらとの交戦を避けて逃げるから出くわさない、というなら理屈が通る。けれど、先程から()()()姿()()()()()()()()()()()()()だ。


 これは間違いなく異常だ。それも、度合いにすると『()()()』という表現になるだろう。


 男は今すぐ帰りたい思いに駆られた。


 後ろを振り返る。男一人と女二人。自分を慕って声をかけてくれた者だ。逃げ出すことなどできなかった。


 それに、ここまで来て魔物がいないという報告だけで終わるには物足りない。最低賃金だけで働くのであればこの依頼を受ける意味がない。男は自分の決意を翻して歩を進めた。


 それから幾分歩いたところで、前から魔物がやってくる。


 サーベルタイガー。角の代わりに鋭利な刃を額に宿した魔物だ。個体によって刃の硬度が違い、強いほどに硬度が増す。最上級の個体の刃ともなると金十枚という破格の値段で取引される。魔物のランクとしてはD。この森の魔物の中でも強い部類に入る。


「来るぞ!」


 男が叫んだ。若い男が横に並び、後方には女二人が小さな杖とナイフを持っている。

 サーベルタイガーは彼らを視界に入れ――そのまま横に逸れて走り去っていく。

 構えていた一行はサーベルタイガーの動向を確認しながら、拍子抜けだと言わんばかりに構えを解いた。


「俺たちに怖気づいて逃げたな」


「あーあ、つまんない。少しくらい戦わないとほんとに銀一で終わっちゃう」


「せっかくここまできたんだからなんか狩っていかないと」


 この異常さがわからないなんて。パーティメンバーの愚痴に内心で毒づく。


 サーベルタイガーは好戦的な魔物だ。頭が弱い分ランクは低いが、まともに交戦すればただでは済まない。弱点を知っていなければやられてしまうことだってある。


 サーベルタイガーが『交戦を避け』『逃げ出した』のだ。


 ここは広葉樹が広がる場所で、日差しも十分に降り注いで明るい。つまり、葉や枝がそこまで密集していないということだ。張り出した根も少なく歩きやすい。とはいえ入口近くの木の高さと比べると明らかに高い木が多い。それらを総合してみると、ここは森の中層に入ったか入っていないか、というところだ。


 ここはサーベルタイガーの住む分布とは違う。もっと奥の方にいるはずの魔物だ。


「帰ろう」


 何度となく翻した決意を今また翻す。見栄よりも安全のほうに天秤が傾いた。


 この奥に何かがある。そしてそれは、今回の調査の目的である可能性が極めて高い。だが、自分の手に負えない可能性も高い。引き返して森の異常を伝えるべきだ。


「どうしてですか!」


 女の一人が叫んだ。呼応するようにあとの二人も


「今の見たでしょう? 俺たちにびびって逃げ出す魔物ばっかりですって」


「ここまできたんだから、魔物を狩って稼がないと」


 無駄な結束が誕生している。


 若さゆえ、といえば聞こえはいいが、これは単に彼らの判断が普段から甘く、それでも生きていられるほどの何か――ランクの低い魔物としか戦ったことがない、幸運など――があるということだ。

 この森の異常について自分の考察を話すことでパーティに歯止めをかけようと試みるが、調子に乗った冒険者(ばかども)を止めるには至らなかった。


 このまま見捨てるのも寝覚めが悪い。

 男は自分以外には聞こえないように小さくため息をつくと、弾むような足取りで進む三人の後をとぼとぼとついていった。

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