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とある男の話

 一回の依頼にしてはずいぶんと大きな額を提示され引き受けた仕事は、子どもを捨てることだった。子どもの服装は汚く、運ぶための馬車もおんぼろだった。しかし、子ども自身に目を向ければ、決してひもじい日々を過ごしていたわけではないということがわかった。


 忌み子として捨てられるのか、あるいは都合が悪くなって捨てられたのか、そこに関して大きく踏み込んでしまえば、踏み込んだ距離の分だけ後悔する。


 お金が必要だった。だから引き受ける。それだけだった。


 自分は慎重を期せば入れる。しかし、子どもではまず間違いなく生き残れない場所に捨てた。


 その森にどうやら異変が起きているらしいと聞いたのは捨ててから二か月後のことだった。


 とある酒場で一杯ひっかけていた時だった。

 曰く、魔物が頻繁に森の外に出ていく。おかげで近隣の村から討伐要請や防衛体制の強化として冒険者を期間限定で雇い入れていて仕事に苦労しないと男たちが笑いながら話していた。


 翌日、冒険者ギルドに行ってみると、ライム森の調査と称して冒険者を集めている旨が掲示板のど真ん中に張り出されていた。依頼者は冒険者ギルドとなっているので、金のいざこざに関してはないものとみていいだろう。払われる金も移動費用がギルドもちで一日につき銀一枚。森の魔物を討伐して換金すれば十分に引き受ける価値がある依頼だ。


 何か運命のようなものを感じた男は、ギルドの受付にその依頼を受ける旨を伝えた。一週間後に出立するとの情報を聞き、それまでに受けておく依頼の選別を始めた。



◇  ◇  ◇

 一週間後、集まったのは自分よりもランクの低い冒険者たちだった。

 彼は随分と生え揃った髭をさすり、一つ決意した。


 もしも森の中に特別な異常があった場合、すぐに逃げ出せる準備はしておこう。


 ギルドが用意した馬車に乗り込む。

 一台につき御者を除いて八人が乗り込んだ。それが四つ。併せて三十二人の冒険者が出発した。



◇  ◇  ◇

 ライム森に向かう道を少し外れて野宿をする。周辺の村にはこれだけの人数を泊める施設が備わっていない。また、一気に食料を食い尽くしてしまうのも問題である。よって、通り道の村に寄りながら、少しずつ食料を買い集める、自分たちの持ってきた糧食を含めて道中、そして目的地で食べる。目的地によっては食べられる木の実や植物があったり、食べられる動物がいたりと自給自足を行うことも多々ある。


 各馬車より最低一名の見張りを選出するように指示された。彼は運悪く見張りの一人に選ばれた。開いた手のひらを恨みがましく見つめていた。


◇  ◇  ◇

 ほとんどの冒険者は毛布にくるまり、健やかな寝息を立てている。


 男は村で交換した薪をつぎ足し、最低限の火の大きさを保つ。


 揺らめく炎をじっと見つめていると、一人の少女が近寄ってきた。誰だろうか。


 ああそうだ、冒険者だ。


 今回の冒険者の中でも一際目立つ少女だった。見た目だけで判断すると、間違いなく成人に達していない。若い、という表現よりも幼いという表現のほうが適切である、


「お兄さん、眠れないからここにいてもいい?」


「もちろん」


 どんな事情があろうとも冒険者であることは間違いない。見た目に騙されず、本質をしっかりと見極めなければならない。見たことのない少女だが、侮ることなかれ。


「じゃんけんで負けたんでしょ?」


「そうだよ」


「運、悪いんだ」


「お嬢ちゃんは勝ったんだろ。明日に備えてとっとと寝たらどうだ?」


「こんな大人数と一緒に寝たことがないの。だから落ち着かなくて」


「冒険者がこんなに駆り出されるなんて珍しいからな。無理はない」


「お兄さんは冒険者になって何年目?」


 少女が肌を摺り寄せてきた。


 上からのぞき込む形になり、服の下の小さなふくらみが見える。


 少女に気づかれないように目をそらし、火かき棒で炭化した残骸を徐に漁りだす。


「そうだな。かれこれ十五年になるか」


「随分長いんだ。今のランクは?」


「Cランクだ。それなりだろ」


「すごーい」


 それからも少女が囃し立て、褒めそやし、男が情報をしゃべるという構図が続いた。


 自分でも喋りすぎだと思ったが、なぜか酒でも入ったかのように口が滑らかになっていく。それに、少女に話すことに全く忌避感を覚えない。


「そういえばこの前、ライム森に子どもを捨てに行ったんだ」


 深くかかわらないと誓い、女房の薬代を稼ぐために引き受けた仕事の依頼。正直に言うと胸糞が悪く、かといって安易に人に話すことはためらわれる依頼。


「あの子どもは生きてるだろうか。死んでるだろうな」


「生きてるわけないでしょ」


「はは、だな」


 こんな数少ない言葉でも、今まで胸につかえていたものが多少なりとも取り除かれ、心が幾分か軽くなる。男は少女に礼を言った。


 少女は立ち上がる。お尻についた草を払った。


「いい人ね。世の中あなたみたいな人ばっかりだったらもっと平和になるんでしょうね」


 少女が年季の入った遠い目をしている、気がした。


「そんなこと言われたの、生まれて初めてだよ」


 男は少女の後姿をわずかに見送ると、再び物言わぬ火の番人と化す。


 男はついぞ気づかなかった。自分が朝に確認した状況と今の状況が明らかにかみ合っていないことを。


 自分よりも低ランクの冒険者しかいない。つまり、顔見知りの冒険者しかいないはずなのだ。なのに、少女のことは知らなかった。


 赤い瞳の少女は不気味に口角を上げ、どこかへと消えていった。

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