魔法使い。初対面。
明日には明日の風が吹きます。……明日があるとは限りませんが。
なんでしょう。確かに看病してたのが彼女ではないってことには、納得するんですが、その開き直りはどうなんですか。というか私は何の恩もない人に二度も殺されかかったんですか。どうにも釈然としない気分を覚えたその時、まさに、『噂をすれば影』とばかりにノックの音が響きました。
「入るわよー?全く。勇者の奴は何を考えているのかしら。起きるまで見張ってろってのは、起きたら連絡をしろってことでしょうが」
ぶつぶつと、呟きながら部屋に入ってきたその人が噂の魔法使いであることはすぐに分かりました。我こそが魔法使いなり!と言わんばかりの装備に身を包んでいましたから。けれど。
魔法使い用の杖。魔法使いのローブ。にこやかな微笑み。それら全ての『親切な魔法使い』的な要素を、完膚なきまでに打ち消す違和感。あり得ない量の筋肉と、人間のよりもオークに近い気すらする体格。それと相反する、女言葉と、真っ赤な口紅。
それを形容する言葉が、三文字のアレしか思い付かない程の、アレな、アレが入って来ました。
「あのーちょっと、変なこと、というより失礼なこと聞いてもいいですか?」
「ええ、良いわよ?」
「貴方は男の人ですか?それとも……女の人ですか?」
「性別っていうのはね、ワタシのいた世界では五十八種類に分かれていたの。ワタシがそのどこに当てはまるのかっていうのは多分説明しても分からないんじゃないかしら?ていうかワタシの性別やワタシへの対応はあなたが決めていいのよ?」
コイツハイッタイナニヲイッテイルノダロウ。
あまりのことに思考が片言になりました。変な質問をしたからといって変な回答を望んでいたわけではありません。え?この世にも奇妙な生命体の性別の同定を私がしなければならないんですか?コカトリス鑑定士の資格なんて私は持ち合わせていませんよ?弟は持っていますが。……彼は何になる気なのでしょうか?
「自分で決めろって言われてましても」
「じゃあ、ヒントをあげる。ワタシはね、あんたみたいなカワイイ子に目がないのよ。そうね…食べちゃいたいくらい」
そう言って魔法使いさんは舌なめずりをしながら私に流し目を送ってきました。
怖気が立ちました。『ゾッ』としたという奴です。私の『今日の恐怖ランキング』の一位は、先程の寝起きドッキリと飛んできた聖剣が同率ランクインでしたが、ここにきて、新しい種類の恐怖が足されました。私を驚かせると彼らにお金が入ってくる。みたいな仕様にでもなってるんですかね?まあ、その企画は弟が既にやってるんですが。あの時も本当に怖かった。魔王城にいる全員が、敵なんですよ?今回が二回目だとしても、慣れることなんてありません。ひたすらトラウマが刺激されるだけです。
というか、私はこの人に看病されたんですか?付きっきりで?何時間も?色々心配になってきました。主に貞操とかそのあたりの問題が。私は慌てて話を変えます。
「もう一つ、あなたは魔術師ですよね?しかもかなり高位の」
よく見ると魔法使いさんの着ているローブは宮廷魔道師しか着ることを許されない特注品です。杖にも魔法を補助する機構はなく、ひたすらに威力強化の術式が込められています。一歩間違えば爆死する杖を使う知的生命体が弟の他にもいるとは思いませんでした。
魔界では引きこもりに近かった私ですが、宮廷魔術師がヤバイという話は何回も聞きました。実際に宮廷魔術師を相手にした魔族たちに実際に会ったこともあります。彼らは口をそろえて「奴等は化物。怪我したくなけりゃあ近付くな」と言っていました。まあ、そんなことを言う彼らの殆どが魔界でも力を持てあましていたバトルジャンキーだったので、自業自得だろう。などと思っていたのですが……そう言えばどうやって負けたかは聞いていませんでした。まさか宮廷魔術師というのは全員身体的にも化物なのでしょうか?
「何言ってるのよ?こんなんが何匹も居るわけないでしょ?馬鹿なの?」
勇者さん、答えてくださったのはありがたいんですが、所々罵倒を挟むのはやめてください。弟の顔がちらつきます。
「コイツは所謂、異世界人よ。チキューって所から来たらしいわ」
そう言えばさっきもそんなことをおっしゃってたような?地球?
一歩間違えたら自爆って……弟君、なんでそんなに危ない杖使ってるんですか?
「は?なんでそんなこと……ああ、魔王か。全く、口が軽いのはどうすれば直るのかね……とりあえずあいつは半殺しにするとして、まあ、作者のよしみで答えてやる。おれがあの杖を使う理由は、単純に、強いからだ。安全装置がないぶん、出せる威力の限界が桁違いだし、魔力効率もいい。俺からするとなんで使わないかの方が疑問だね。一歩間違えたら?一歩も間違えなきゃ良いだけの話だろ?」