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(ほぼ、モデル・サクラ目線)


(この地味OLは、一体何なのだろう…。)


これまで、同姓から自分に向けられる眼差しは、人によってその強弱はあれど、「羨望」か「嫉妬」おおよそどちらかに分類できた。

一見、好意的にみえる者でも、有名人の『サクラ』と親しいというステータスが欲しいだけで、そういった意味でサクラは、華やかな取り巻きは大勢いても、本当の意味での友達はいなかった。

けれど、会って間もない本庄という女は、モデル契約をとるために媚るどころか、自分を有名人の『サクラ』というフィルターで全く見ていない。サクラには、それが新鮮でとても心地がよかった。


(何だろう…この懐かしい感じ…)


「叔父は…まだ、私のことを素直で優しい子供だと思っているんです。透明感のあるパールのキラキラしたリップとか、過剰に白い肌を強調したファンデーションとか…実は、あまり好みではありません。」


サクラは、気づけば本音が漏れていた。


「周囲に作られたイメージに応え続けるのは、難儀なことでしょう。」


「ええ…その通りです。本庄さん」


(爽やかなスポーツウーマンで、アナウンサーのように知的な清純派…それが、『サクラ』のイメージだった。けれど、本当の自分は、もっと男勝りで負けん気が強い。

柔らかな色合いの洋服や化粧を纏ってただ優しげに微笑むのは、実は最近、結構苦痛になってきている。

だから、周囲の反対を押しきって、少々背伸びした夜の大人の女性の役で女優デビューを決めた。けれど、その役柄を引き受けた理由はもう一つある。)


「私には、ずっと憧れている女性がいるんです。」


(それは、前世で吉原にいた時の姉女郎『桜木花魁』だった。身も心もこの世の者とは思えないほど美しい、天女のような(ひと)だった。)


「それはどなたですか?」


世の中の全てを達観したような、泰然としたこの態度…。姿形は全く違えど、本庄という女性は桜木姐さんにとてもよく似ている。


「この世にはいません。」


「それは、失礼いたしました。」


本庄さんは、亡くなった人だと勘違いしたらしい。

少しの沈黙の間、サクラが何気なくハナの手元に視線を落とすと、手首に三つのほくろが見えた。

それは、前世の『桜木花魁』にもあった、特徴的なほくろだった。三つの内、二つが星のような形になっている。


「…さ…桜木姐さん!?」


(まさか…でも、こんな偶然あるだろうか。)

息を呑み、食い入るようにサクラが見つめると、ハナは、長い前髪に隠れた細い目を見開き、やがて諦めたように微笑んだ。


「久しぶりじゃのう、千勢(ちせ)


「姐さん!!」


衝動的にサクラは席を立ち、勢いよくハナに抱きつく。


「姐さん…! 会いとうおした!」


「…っと! 千勢ったら、艶やかな大人の女性になりたいんじゃなかったのかい?」


子供のように泣きじゃくるサクラの背中を、ハナは優しく撫でた。


「っく…やっぱり姐さんは、全て見抜いておいでじゃなぁ…」


それから、二人は、しばらく過去世の思い出話に花を咲かせた。そして、決意したようにサクラはハナの手を強く握った。


「姐さん、モデルの件、もちろん、引き受けさせてもらいます!」


「…いいのかい? 過去世は過去世だ。無理はしないでおくれ。」


「水臭いですよ、姐さん。それに、過去世で受けた恩は計り知れませんが、私自身がやってみたいんです。『ウェヌスタ』のモデルを。」


「千勢…」


(姐さんは病弱だったウチを、自腹で医者にみせてくれたり、精がつくようにと、鰻の出前まで取ってくれたりした。そして、琴、三味線、俳句に生け花のお稽古ごとに加えて、いつか役に立つかもしれないと、そろばんや算術まで教えてくれた。結果的に、幸いにも地方の商家に身請けが決まったから、それは仕事の帳簿つけに大いに役立った。

苦界を抜けて、嫁ぎ先の家でも大切にしてもらえたのは、一重に桜木姐さんのお陰だった。)


「ありがとう、千勢」


「姐さんの役に立てるなら、モデルをやっていた甲斐があります。他にお手伝いできることはないですか?」


「…すまないが、実は、もう一つ頼みたいことが…」


伝説の『桜木花魁』にしては、歯切れ悪く切り出された依頼に、サクラも驚いて目を丸くした。



「待たせてしまったかな? サクラさん」


スリーピースの上等なスーツに、長い足の軽やかな身のこなしで、階段を駆け上がってくる男は、一色グループの御曹司。経済誌に載っていた写真では見たことがあったが、実物が放つキラキラオーラは半端ない。


「…いいえ」


今時、薔薇の花束を手渡して、優雅に女性をエスコートする男がいるだろうか。しかし、それが自然に感じるほど、一色湊人が醸し出す一流の大人の男性の色気は、常人離れしていた。

(危なかった…姐さんから、彼が前世の『清様』と聞いていなければ、一目惚れしていたかもしれない。)


案内された会員制のレストランは、意外にも飾らない雰囲気の店だった。

(良かった…変に緊張しないで済みそう。もっとも、これも彼の計算の内なのだろう。)


席に着くなり、一色湊人は、真剣な瞳で、じっと、こちらを見据えた。その視線に、なぜかサクラは直感で思った。

この(ひと)は、かつての恋人『桜木花魁』を探しているのではないかと。

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