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「課長!!」
「待て!ハナ。俺がいく。」
走り出そうとするハナを制して社長が前へ出る。
「社長っ!」
「心配ない。片桐、ハナを頼む。」
社長は、トンッと、片桐の方へハナの背中を押すと、男たちの中に割って入った。
「本庄さん。こちらに。」
片桐に促されて、しぶしぶハナは待機していた車に乗り込んだ。
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10分と経たない内に、社長と下平課長が車に戻ってくる。
「課長!」
社長は無傷だが、課長は口の端から血が滲んでいる。
「大丈夫だ。本庄君にまでこんな姿をみせてしまって面目ない。」
「課長…一体何があったんですか?!」
課長の口にハンカチを当てながらハナが尋ねると、課長は目に涙を浮かべた。
「不安だったんだ。社長が来てから、一旦は本庄君以外クビになっただろう?だから、借金してまでギャンブルして…バカだった…」
「課長…」
(お父っちゃん…そう、下平課長は前世のハナの実の父親だった。)
「申し訳なかった、下平さん。解雇は絶対にしない。望むなら定年を延長してもいい。」
「そんな社長っ、申し訳ございません!!今日、助けていただかなけれはどうなっていたことか…どんなことをしても必ず借金はお返ししますからっ…!」
土下座する課長に、一色社長は苦虫を噛み潰したような表情になっている。
「下平さん、これから家まで送ります。家族の方が不審に思わないように、僕から説明しましょう。」
「社長…申し訳ありません…」
うなだれて泣き続ける課長の背中を、ハナはずっとさすっていた。
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「俺は、前世と同じことをしてしまっていたんだな…」
課長を車で送った後、一色社長がため息をつく。
「高利貸しだった菊川家が、お前の父親を唆して店を潰した。そして、日本橋の呉服屋のお嬢だったお前を吉原に沈めたんだ。」
「…。」
「殺したいほど憎んでいたんだろう、俺を。なぜ殺さなかったんだ。」
(仇だと分かった時、最初は清様を殺そうとした。でも、出来なかった。)
「なぜ、あの時…なぜ…お前は俺の前で自害したんだ。」
「…。」
(寝所に短刀まで仕込んだのに、私は清様を刺せなかった。それは何故かって?…簡単なことだ。清様に惚れていたからだ。自分は仇をどうしようもなく愛してしまった。そんな己が恥ずかしくて、消えてしまいたくて、気づいたら自分の喉を貫いていた。)
「…私のお陰で、郭通いはさぞ嫌気が差したことでしょう。その後、菊川家は随分繁栄なさったそうですね。」
一瞬、社長が驚いたように目を見開いた。
「あれは弟だ。お前が目の前で死んだ後、俺もすぐ後を追ったんだよ。」
「え?!」
「吉原トップの花魁と大豪商の跡取りの心中は、それはそれは当時のビックニュースでしたよ。二人をモデルにした芝居や本は大ヒット。そのうち本当に心中を真似る者まで出て、幕府から禁止令が出たほどです。」
しばらく黙っていた片桐が口を開いた。
「そんな、心中…だなんて…」
(仇に惚れて自爆した私も実に愚かだが、清様も相当な…)
「ハナ…」
泣き崩れるハナを社長が強く抱きとめる。
「俺も愛してたんだ…ハナ…愛してる。」
「清様…」
(遊び相手の女郎のために命を落とすなんて、清様もなんて…)
しばらくの沈黙の後、社長の形の良い指がハナの顎を優しくすくい上げる。
「おっと、そこまで!キスはダメですよ社長!!」
一瞬、雰囲気に呑まれていたハナも、ハッとする。
「おい、空気を読め片桐、俺達は両思いなんだよ。」
「前世は前世!まさかハナさんは今世でもう社長のことが好きなんですか?」
「え?!いいえ…まだ…」
(確かに、今世ではまだ社長と知り合ったばかりだし…)
「じゃあこの涙は何なんだ?」
「これは、ただ驚いて…」
ハナは、思わず目の前の社長の胸ポケットのハンカチをとって涙を拭いた。
「ほら、まだ好きじゃない。それじゃ、ハナさん、今日行けなかった芸人さんのライブ、来週僕と行きませんか?仙台のチケット、取ってあるんです!」
「え?…い、行きます。」
「ハナ!」
「やったぁ!ハナさん!その日、社長は日帰りで海外出張でしたね。残念です。」
「おい、お前は俺の秘書だぞ。同行するに決まってるだろ。」
「バッチリ有給取ってますんで。秘書代理にしっかり引き継ぎしますのでご安心下さい。」
「ごめんさい、社長…」
(推し芸人のライブ…今世の命…)
「ハナ…」
ガクッと項垂れて切なそうな社長の表情に、片桐は肩を震わせて笑いをこらえている。
(今世は楽しく、笑って過ごしたい…)
「もう、こんな時間ですね。」
時計は0時を過ぎたところだった。
「社長、また明日からよろしくお願いします。」
(また、社長を好きになるかもしれないし、ならないかもしれない…)
「覚悟しておけよ。」
(こちらを真っすぐに捉える一色社長の視線が、あまりにも純粋にみえて、何だか可笑しい…)
「ふふっ」
「何笑ってる?」
そう言いながら、つられて笑う社長の笑顔に胸が温かくなっていくのが、ハナは嬉しかった。
(おわり)
お読みいただき、ありがとうございました〜!




