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(ほぼ、社長秘書・片桐視点)


「本庄さん、頼まれた資料お持ちしましたよ~。」


「片桐さん。ありがとうございます。」


(本庄ハナ…社長に振られた腹いせにいきなり現金を要求すなんて、最低な女だと思っていた。)


「どういたしまして。名前を呼んでくれるなんて嬉しいなぁ。」


そう言って、また彼女の隣のデスクに寄りかかる。


「気が散るので、あちらにお座り下さい。」


(でも、ホテルでの一件は全部彼女の演技だったと悟った。)


「は~い。」


迷惑そうな彼女の手元に視線を落とす。


(僕は気付いてしまった…彼女の手首の3つのほくろに。3つの内、2つは星の形という何とも特徴的なそれは、忘れようがない。彼女の前世は伝説の花魁『桜木』だ。そして、彼女は、僕が…初めてを捧げた相手だった。)


「片桐さぁん。紅茶にお砂糖は入れますかぁ?」


庶務用課の篠崎まいに限らず、僕に好意的な態度を取る女子社員は少なくない。


「砂糖は結構です。ありがとう、まいさん。」


けれど、僕は基本的に女性が苦手だ。営業スマイルは得意だけど…

前世からの名残かな。何せ、商家の旦那だったからね。


紅茶の湯気の向こうにいる本庄ハナをうっとりと眺める。彼女は、女性嫌いな僕を救ってくれた唯一無二の女神だった。


僕は前世で、江戸の商家の店主だった。店主といっても一色社長の『菊川屋』のような大豪商ではない。けれど、それなりの老舗だったから色々と気苦労は絶えなかったものだ。

しかし、仕事よりも一番の悩みの種は気が強すぎる「妻」だった。それは、僕が婿養子だったことに由来する。もともと店に奉公に出ていた身だったが、どういう訳が大旦那様に気に入られて、あれよあれよという間に婿に入ることが決まってしまった。けれど、これまで言わば主従の関係にあった店の「お嬢様」にとって、僕は「家来」のようなものに他ならなかった。

そうでなくても生来、気性の荒い「お嬢様」の前で、僕は萎縮してしまい、恥ずかしい話だが…夫として彼女を抱くことができなかった。あの頃は毎日、夜が来るのが地獄のように感じられた。

大旦那様は、そんな僕を見かねて花街に連れ出した。しかも、当時吉原一と言われた「桜木花魁」と引き合わせてくれたのだ。後で聞いた話だと、桜木はその人気故、会う手筈が整うまでに一年もかかったそうだ。大旦那様がはたいた大金の額は…恐ろしくて聞けなかった。


この世のものとは思えない美しさの「桜木」は、こんな僕にも優しく微笑みかけてくれた。そして、文字通り手取り足取り教えてくれた。男女の営みがこれほどまでに心地よく、奥深く、そして素晴らしいことを…!! 

かくして性に目覚めた僕は、妻との閨でも見事、主導権を取れるまでに成長し、無事に店の跡継ぎももうけることができた。

「桜木花魁」は、感謝してもしきれない前世の大恩人で…恐れ多いけれど、今思うと初恋の女性だったんだと思う。


(あぁ…あの高嶺の花…雲の上の天女のような(ひと)が、時を超えて僕の目の前にいるなんて…! 後ろ姿でもいいからずっと見つめていたい…!!)



終業3分前…言いようのない悪寒がしたハナが、背中をブルリと震わせて振り替える。


「片桐さん、まだいたんですか?」


「ええ、ここでも仕事はできますからね。いやぁ、本庄さんを見ているだけで勉強になるなぁ~。」


「…ソウデスカ。でも、この課は定時には部屋を閉めますから、片桐さんもそろそろ片付ける準備を…って、あれ? 下平課長は?」


いつも気配のない下平課長だか、今日は本当に姿が見えなくなっていた。


「さっき帰りましたよ。この頃多いんですよねぇ。フライング退勤。」


篠崎まいが、不満そうに言った。


「そう…」


ハナが首を傾げる。

(課長は、いつも帰る時ものんびりしていて、こちらから仕事を切り上げるよう催促することが多かったのに…)


「ふふ、先を越されましたね、本庄さん。」


片桐はおもむろに席を立ってハナに近づく。


「どうです? この後、食事でも――――」


「いいえ。失礼しまーす。」


ハナは、耳元で囁く美青年に身じろぎもせず、素早く庶務課の思い扉を開く。


「あっ、本庄さん!」


「ではまた明日(・・)


「っ…!」


ハナの一言に、片桐はポッと頬を染める。


(「また明日」…そう言われたら、もちろん明日も庶務用務課に行くに決まってるじゃないか…! 天女改め小悪魔か…!! やっぱり、彼女は僕の気持ちに気付いていながら、一色社長とのパイプ役として自分を利用している…でもそれすらも嬉しいと思えるのだから重症だ。

それにしても、前世では懇ろな仲だったはずの二人、「菊川清右衛門」と「桜木花魁」なのに…なぜ彼女は一色社長を避けるのか…)


「今世では、僕にもチャンスがある。」


(その事実に、たまらなく、どうしようもなく興奮する…)


片桐は黒い笑みを浮かべて社長室へと戻った。

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