下克上
「ん……随分寝てたみたいだな」
瞼を開いているのかも分からないような闇の中で、俺はすっきりとした目覚めを迎えた。
「頭痛なし、発熱なし、健康!」
まだ若干目眩があるので貧血は残っている様だが許容範囲だ。
一通り自分の状態を確認して身を起こし、個人パネルを呼び出す。
「うっ……まぶしい」
真っ暗闇に慣れた瞳にパネルの光が強烈で、何度か目をシパシパさせて眩しさに慣らす。
「ステータス上がってるな。まぁ、あんだけやってりゃ当然か」
名前:シャハル
レベル:18
ジョブ:侍 LV12
称号:下克上
HP:1800/1800
MP:360/360
ST:600/600
物攻:180+0
物防:90+3
魔攻:0
魔防:60
敏捷:54
器用:36
特殊効果:レベル差10以上経験値1.1倍(称号)
状態異常:貧血(軽度)
「新称号は下克上か。レベル差10以上のモンスター討伐で経験値1.1倍……っしゃ!」
獲得条件をクリアすると様々な称号を獲得出来る。
中でもレア称号は獲得が困難な代わり、称号に特殊効果が付与されている。
「獲得条件は、討伐推奨レベルが自身のレベルの2.5倍以上のモンスター単独討伐……鬼畜だな。高レベルになるほど獲得困難になる系か」
適当に確認を終わらせてパネルから目を離し、背もたれに寄りかかる。
「木刀が折れて武器ステ加算消えてるけど、それは予想通り。さて……今回はたまたま生きて帰れたが、反省は必要だな」
まず、不容易に謎の洞窟に踏み入ったこと。
大量のブラッドバットに囲まれ、その場で戦ったこと。
他にも反省点は山ほどあるが、大きいのはこの2つ。
「探索するにしても、物資調達に1回町に戻るべきだった。討伐報酬で武器も買えただろうし、そうすればあそこまで苦戦することはなかったもんな」
そして何より、回復アイテム系も揃えてからだったら、死ぬ寸前にもならなかった。
「ブラッドバット遭遇時点で広い外に移動してれば、迷って奥に進んでしまうこともなかったし、もっと効率的に駆逐できたはず」
深くため息をつき、今度はケイブサーペント戦の分析に入る。
「でも、最奥の戦いは良かった。パリィはミスったけどその後の対応は間違ってなかったな」
しかし、問題はその後である。
「キースに面倒かけちまったな……。ポイズンポーションも返さねーと……」
そこまでつぶやき、ふと顔を上げる。
「そういや、ここどこだ……?」
パネルの明かりを頼りに立ち上がって、ドアを探す。
幸運にも、積み重なった資料を蹴り崩す前に見つけることができた。
ドアを開けると松明に照らされた門が見えたので、そちらに向かう。
「キース、いるか?」
「ん? キースならもう帰ってるぞ。何か用か?」
「いや、助けられたから改めて礼をと……」
「あぁ! 怪我人ってのはお前さんだったか。話は聞いてるぜ。まずギルドに報告行きな。キースには明日会えばいい」
「わかった」
顔が見えなかったので、2人居るうちの背格好が似ている方に声をかけたが人違いだった。
ひとまず指示通りギルドに向かう。
☆
ギルドは夜中だというのに煌々と明かりが灯されていたが冒険者は誰も居らず、居たのは見覚えのある受付嬢一人だけだった。
昨日、俺の冒険者登録をしてくれた人だ。
「シャハルさん! よかった、お目覚めになったんですね。兵士詰所から連絡が来た時は気絶しそうになりましたよ」
「もうピンピンしてるから大丈夫だ。夜明けから討伐出れられるくらいには元気だぞ」
「あまり冒険しないでくださいね?……死にますよ」
「う……ハイ」
美人に心配されて調子に乗り、カッコつけてみたが、凄みのある笑顔で脅されてしまった。
空気を変えるため、気になっていたことを聞いてみる。
「ギルドって、こんな夜明け前もやってるのか? 誰も居ないけど」
「そうですね。何年も前ですが夜中に魔物の大発生があって、それからは最低一人がいつでも動けるように待機するようになったんです」
一人でも居れば、そこからギルド情報網で他の職員に情報が伝わるとかだろうか。
連絡網とかは機密事項に関わっていそうなので、新たに浮かんだ疑問は心の内に留める。
「なるほど。ああ、そうだ。討伐報酬確認してもらっていいか?」
「かしこまりました。ギルドカードをご提示ください」
受付嬢の前でパネルを出すことのないように、予めアイテムから取り出しておいたカードを渡す。
「え〜と……ゴブリン63体、スライム72体、ブラッドバット…124……体、ケイブサーペント……と、討、伐ぅぅぅ!?」
カードを機械にかざして記録内容を見ていた受付嬢の顔がだんだん驚愕に変わり、最後は絶叫を上げた。
「お〜、そんなに倒してたか。俺頑張ったなぁ」
「頑張ったなぁ……じゃ、ない! え、何で登録したてでこんなに倒せるんですか!? というかケイブサーペント討伐ってなんですか討伐って! 逃げたんじゃないんですかっっっ!」
「オ、オチツイテー、オネーサン」
カードから俺の顔まで、頭をガクガクさせながら視線を行き来させて声を荒らげた受付嬢。
その迫力に完全に気圧された俺の宥めは、かなり棒読みになってしまった。
俺の反応を見て冷静さを取り戻した受付嬢が、軽く咳払いして質問してきた。
「詰所からの報告では、ケイブサーペントに襲われた冒険者シャハルが重傷で門に現れたので保護したと聞いていましたが?」
「襲われたから倒してきた。かなりボロボロだったから逃げてきたと思われても不思議じゃないが」
「勘違い、ですか……」
「そうなるな」
報告したのはキース、だよな?
『現れた』の表現が絶妙で、俺に配慮された上で、尚且つ嘘もついていない。
それだけなら走って来たととれるが、いきなり出現したととる人はなかなか居ない。
そして、逃げて来たとも言っていない。
実に的確かつ、配慮がされた完璧な報告だ。
正直助かった。
異端扱いされて行動を制限されたりするのは避けたい。
「話はわかりました。けど、シャハルさんは登録したてですよね? どうやってランクBを倒したんですか」
「木刀で脳天貫いてやっただけだが?」
「はぁ……? 嘘ですよね?」
「事実だ。登録前に身につけていた技術や経験が、登録時点で全てリセットされる訳じゃないしな。登録したての冒険者ランク程当てにならない強さ基準はない」
「そ、そうですか……けど、木刀…………」
思ったことを言ったつもりが、受付嬢には衝撃的だったみたいでポカーンとしてしまったが、すぐに戻ってきた。
そして、トンデモ情報を口にする。
「ランクBを単独討伐なさいましたので、Bランク昇格試験が受けられます。この島ではやってないので、近い所だと王都になりますが」
「島!?」
マップで見て東側から上陸したとき確かに島のようにも見えたが、あまりにも大きいのでせいぜい半島だと思っていた。
というか、AOBの時にへレースの村は普通に大陸だったので完全にそう思い込んでいた。
「島ですよ。なんでも、千年くらい前に地震で大陸から分かれたとか。王都に行くなら今日のお昼前に定期船が出るのでそれに乗ってください」
「おう……詳しくどーも」
地震があるってことは、この世界の地中にもプレートがあるのか?
それとも魔法的な何かだったりするんだろうか。
王都の図書館で調べたいことが増えたな。
「討伐報酬、計算終わりました。ゴブリン63体で6,300コル。スライム72体で10,800コル。ブラッドバット124体で37,200コル。ケイブサーペント1体で8万コル。合計134,300コルです。」
かなりの額が稼げたな。
これなら少し良い剣と服が買えそうだ。
「ケイブサーペントだけ桁違いだな」
「Bランクですからね。それでも単独討伐は大変なので皆さんパーティで狩られるので分け前が減るんですよ」
基本パーティは、前衛2人に後衛2人の4人で組むことが多いので、ランクBを一体倒しても2万なのか。
「武器屋って何処にあるんだ?」
「冒険者御用達なら大通りにあるのですぐ分かりますよ」
「大通りか、行ってみる」
「お気をつけて〜」
受付嬢に手を振られて、ギルドを出た。