変人、現る
門番のキースから見た主人公の印象。
後半はキース視点でストーリー進んでます。
ちょっと長め。
俺の名前はキース。
へレースの港町で門番やってる、しがない独身だ。
仕事といえば、朝から晩まで街に出入りする人間の管理と記録。
怪しい者がいればそこで止め、兵士の詰所まで走っての確認作業。
毎日代わり映えしない、基本暇だが地味に大変な上、つまらない仕事だった。
とある変人に会うまでは。
「あーぁ、今日も何事もなく終わっちまいそうだな。つまんねー仕事だぜ」
「あまり滅多なこと言うんじゃねぇや。どこで誰が聞いてっかわかんねーぞ」
ほぼ毎日聞いている同僚の愚痴を窘め、俺自身もため息をつきそうになるのを堪える。
朝は街を出る者が多く、夕方は入ってくるものが多い。
とは言っても島の港町なので船からの人の出入りが多く、こっちの陸路は寂しいものだ。
利用者など冒険者か物好きくらいしかいない。
ピーク時でさえ行列などできないのだし、それ以外の昼間や夜なんて尚更。
「なぁ、アイツのアレなんだ?」
「あ? なんだありゃ。半透明の……板、か?」
いつもと変わらぬ日、いつもと変わらぬ昼過ぎ。
夕方のピーク前に変わった人影が現れた。
初めは小さくて見えなかったが、近づいてくるにつれて、妙なものを体の前に持ちながら歩いているのが分かった。
長い銀髪を頭頂付近で結わえ、青い上着とベージュのズボンを身につけた、紫瞳を持つずぶ濡れの青年。
なにやら半透明の板を見ながら思案気な顔をして、町の前に来た。
明らかな不審人物なので止めなければならないのだが、のほほんとした雰囲気に感化されて動くことが出来なかった。
同僚も同じ様で困惑した視線を送っているのだが、青年は全く意に返さない。
と言うより、まるで俺たち門番が見えていない様ですらある。
「よし、確認完了! 思ってたより結構デカい町だな」
立ち止まって板を消すなり、彼はこの町の第一感想を述べた。
その一言を聞く限り随分と遠くからやって来たようだが、遠出できる船を所有している様な金持ちには見えない。
もし持っていたとしても、港以外は小さな砂浜と崖しかなく、必然的に港に停める事になるのでこっちの入口に来ることは無いはずなのだが。
しかし、実際彼はここに来ている。
濡れている事を考えて可能性として上げられるのは泳いで来たとかだが、この町はかなり大きいが絶海の孤島にある。
海にモンスターは滅多に出ないが、距離的にほぼ不可能なのは間違いない……しかし、この青年なら何故かやりそうだと思えた。
(いや、まさかな……)
川もあるが、磯の香りが強くするので海水に浸かったのは間違いない。
青年の来訪について勝手に分析していると、さっきまで空気扱いしていた俺に目を向けて話しかけてきた。
「この町の名前はなんて言うんだ?」
「あん? へレースだけど」
そう聞かれてつい成り行きで答えたが、後から疑問が吹き出してくる。
(この兄ちゃん、知らないで来たのか? 普通は目指す場所の名前くらい知ってるよな……待てよ、漂流って可能性もあるな)
だとしたら、納得出来ることがいくつかある。
ちょっと漁に出るだけのつもりで、平民でも所有可能な小舟が流されてしまったなら、荷物を持っていないことにも頷ける。
ずぶ濡れなのは、島の近くで転覆でもして短距離を泳いで来たと言ったところか。
(いきなり漂流したのかって聞くのもどうかと思うしな……)
「にしても兄ちゃんずぶ濡れだな。どうしたんだ?」
当たり障りのない範囲の聞き方をしたと思うのに、青年は一瞬目を見開いて俺の質問に答えることなく、自分の服を触り始めた。
「おかしいな。そろそろ水滴状態解除されてもいいはずなんだけど」
一通り確認して、意味のわからない事を言った。
やはり、俺の事は空気か何かの様な扱いで、何か考え込み始める。
これでは何もわからないままなので、突っ込んで聞いてみることにした。
「解除? 何言ってんだ?」
「濡れたら数分で水滴状態の解除判定が入って、服なんてすぐ乾くだろ? それだよ」
俺の声を聞いて一旦顔を上げ、怪訝な表情をしながら答えた青年。
俺の方はやっと得られた情報を飲み込みきれずに固まりながらも、頭の中は思考に忙しい。
(服が乾くのは、いい風が吹いてて着てる人の体温があっても1・2時間はかかるだろ? 夏ならもっと早いが今は春だし)
人によってはすぐかもしれないが、少なくとも『水滴状態の解除判定』なんて言い方はしない。
「あっはっは、そんなわけないだろ」
全くもって意味不明だが、それをさも当然のように真顔で言うから思わず笑ってしまった。
「随分と感情表現豊かなNPCだな。BOCはここまで進化していたのか」
またもや意味不明な言葉を発し、今度は関心しているような顔で俺をジロジロ見てきた。
(無遠慮な兄ちゃんだな……俺はマネキンか! ってそれより、えぬぴーだのびーおーってのはなんだ?)
「えぬぴー、なんだって?」
「わからないのか?」
男のくせに綺麗な眉根をぎゅっと寄せ、顎に当てていた右手を額に当てて唸り出した。
と思ったら、パッと顔を上げて俺の頭のテッペンからつま先まで観察しだし、意を決した様に問い掛けてきた。
「なぁ、アンタ名前は?」
(本当に失礼なやつだな。一体どこで育ったんだ)
「人に名前聞く時は、普通自分から名乗るもんだろ」
「あ、あぁ悪かった。シャハルだ」
俺が言い返すと思ってなかった様で、どもりつつ謝ってから名乗った。
(シャハル……古い言葉じゃ、夜明けの星々って意味だったか。なかなか良い名だ)
「そうか。俺はキースってんだ。よろしくな」
一応謝ってはもらったので失礼は水に流して、握手を求めた。
シャハルは反射的に手を出したが握ろうとしなかったので、こちらから握った。
「キース、VR、もしくは仮想現実って知ってるか?」
離された手をチラッと見た後、強ばった声音で俺の知らない物を聞いてきた。
(島の外には色々あるんだな。ここが次々新しいものが現れては消える王都や学術都市だったら、俺もシャハルの言うぶぃーあーるとやらが分かったかもしれないが)
「いや、聞いたことないぞ」
そう返答した途端、ピシリと停止したシャハル。
目の前で手を振ってやると戻ってきたようで、力が抜けたかのようにガックリとゴロツキ座りになってため息をついた。
その様子が、放り出された子犬のように思えて心配になったので慰めにかかった。
「兄ちゃん、大丈夫か? まだ明るいが宿取ってシャワーでも浴びたらどうだ?」
「そう……だな。いい所紹介してくれないか? こんななりだと門前払いくらいかねないだろーし……」
乾いてきたとは言っても、海水で湿っているその格好では多くの宿が受け入れてくれないだろう。
だが、1軒だけ心当たりがある。
(従姉妹のテアの店なら……アイツ、困ってる人見ると放っておけないタイプだからきっと泊まれるだろ)
「この大通りをまっすぐ行って、噴水を左に曲がるとアーテルって宿がある。そこで俺の紹介って言えば多分泊まれる。シャワー付だから心配しなくていいぞ」
「まっすぐ行って左のアーテルだな。サンキュ」
パンッと頬を叩いて気合を入れて立ち上がり、シャハルが礼を言ってきた。
そのままスタスタ町に入るかと思ったが、まだ何か言いたいことがあるのか口をパクパクさせて立ち止まっている。
「なんだ? 身分証提示ならいらねーぞ。見ての通り都会じゃないんでな」
「ちがっ……あー、えっと。あれだよ……さっきから度重なる失礼、すみませんでした!」
視線を俺の顔と地面を行ったり来たりさせた後、ガバッと90度近くまで頭を下げた。
(ジロジロ見たり、最初ほぼ無視してたりってことか? 自覚がありながらやってたってことは事情がありそうだが……。ここで聞くのは野暮ってもんだろ)
「良いってことよ。まぁ、気ぃつけな」
「あぁ!」
元気よく返事をし、駆け足で町の喧騒に紛れて行った。
「なぁ、詰所に確認しないで入れて良かったのか? 明らかに不審人物だったろ。悪い奴じゃなさそうだったが」
俺とシャハルのやり取りに一切口を出さなかった同僚が言う。
「アイツは大丈夫だ。変人だが悪いことする奴じゃねぇよ」
短い間ではあるが、悪人特有の目は一度も見せなかった。
それに、きちんと善悪感情があってどちらかというと悪い事は止める側の人間に感じた。
「ま、お前が言うんなら大丈夫だな。それにしても、あの板は一体なんだったんだ?」
「そういえば聞き忘れたな」
そんな雑談を交わしながら、通常業務に戻った。
☆
翌日。
朝が苦手なのか、町で何かしていたのか、昼過ぎに昨日の変人、シャハルがやって来た。
「おう兄ちゃん、昨日ぶりだな! よく眠れたか?」
「あぁ、いい宿だった。紹介ありがとな」
「おうよ!」
ニッカリ笑顔付きで挨拶すると、薄く微笑んで返してきた。
俺たちは暇だがシャハルの方はわからないので、頑張れよと言って別れる。
「行き先は南の森みたいだな。ってことは冒険者になったのか元々そうなのか。何にせよゴブスラ狩りか」
「アイツ細っこいけど戦えんのか? 一応武器持ってはいるが木刀だし」
同僚がシャハルの戦闘能力に不安を感じているみたいだが、ゴブリンとスライムなら大丈夫だろう。
そう思っていたのだが、次の同僚の言葉で一気に不安になった。
「森の川の上流にある洞窟に、最近モンスターが住みついたらしいぞ。興味本位で覗いたりしてなきゃいいが」
「あの洞窟に? 何年も前からあるが、ずっと何も居なかったはずだろ?」
「そうなんだけどな。本国の方では強力なモンスターが湧いてるらしいし、こっちも危ないかもしれんぞ」
(何故それを早く言わない! 今からでも伝えるべきか? いやでも、モンスター関連ならギルドで聞いてるはず……)
同僚と昼過ぎの会話はそれで終わり、モヤモヤとした不安を感じながら業務に戻った。
☆
夕方。
「あの兄ちゃん、遅いな……まさか本当に洞窟行ったんじゃ……」
「そういえばそうだな。討伐に夢中になってるんじゃねぇか? 洞窟行ったとしても危険そうならすぐ出てくるだろうし」
確かに、森のモンスターを狩り尽くす勢いで討伐していたらこのくらいの時間になる。
だが、どうにも嫌な予感が消えない。
直立不動で彼の帰りを待った。
それから約10分後、最も空が赤く染まる時間。
それは唐突に現れた。
──シュン──
「は……?」
町へ続く道の真ん中……といっても幅は1.5m程度だが、そこに突然なんの前触れもなく赤い人が出現した。
現れた時は立った姿勢だったのでそのままだと思ったのだが、次の瞬間には膝から崩れ落ちた。
「っ、おい!?」
咄嗟に腕を伸ばして支え、地面に顔を打ち付けることは避けられた。
取り敢えず顔を確認しようと仰向けにしたら、シャハルだった。
「おい、おぃどうした! シャハル! 何があった! おい! 返事しろ!」
肩を揺すって呼びかけると僅かに反応があったので、口元に耳を近づけて必死に声を拾った。
「ケイブ……サーペント…………」
それだけ言うと事切れた様に静かになり、荒い呼吸音と苦しげな吐息しか聞こえなくなった。
頬を軽く叩いても返事がない。
改めて体を確認してみると、何かに噛まれたかのように無数に小さな穴が空いた服。
傷自体は治癒しているようだが、結構な出血があったのか血を吸って変色した青いシャツ。
布越しに触れ合っている箇所から伝わる異常な熱。
貧血なのか真っ青な顔。
「ケイブサーペントってなんだ? サーペントってんだから蛇……毒か!」
(ポーションなら門番所に常備されてるが……ポイズンポーションは思い出せねぇ。とにかく治療しねぇと!)
「ここは任せた!」
同僚に職務継続を頼んでシャハルを背負い、兵士の詰所とは別にある、町入口隣の門番所へ駆けた。
乱暴に扉を開け放って中に入り、奥のソファにシャハルを寝かせる。
「これはポーション……ポーション、これもこれもこれも……あった!」
救急箱をひっくり返して中身をぶちまけ、一本だけ入っていたポイズンポーションを持ってソファに戻る。
「ちっ、まずいな……呼吸が浅くなってやがる」
シャハルを座る体勢にさせて口を開かせ、瓶の中身を流し込み、口を閉じて上を向かせた。
幸いにして誤嚥した様子もなく飲み込んでくれた。
再びソファに寝かせ、呼吸が安定したのを確認して息をつく。
「はぁ〜〜〜…………間に合わないかと思ったぜ」
今までに何度か怪我をした冒険者の介抱を門番所で行ったことはあるが、いずれも軽傷。
ここまで危険だったのもそうだが、毒の治療も初めてのことである。
「……ん」
「あ、起きたか? 気分はどうだ?」
「最悪」
「だろうな」
ポーションはほの甘いが、ポイズンポーションは激苦いらしいからな。
多少回復したとはいえ、あれ程までに悪化していたらまだ頭痛なども残っているだろう。
と、思ったのだが……。
「目覚めは美人のキスが良かった」
「なんでぃ! ったく、そんな軽口叩けるなら大丈夫そうだな。戻っていいか?」
「あぁ、大丈夫だ。それと、助かった。サンキューな」
「おうよ!」
回復の眠りに入るシャハルを見届け、門番所を出た。
「さて、ギルドと詰所に報告行かねーとな」
変わり映えしない日常に現れた変人、シャハル。
(アイツはきっとデカくなるだろうなぁ)
何故分かるのかって? 感だ、感。
アイツは普通とは違う何かがある。
彼の行先を楽しみに、俺は俺の役目を果たす為、まず詰所へと向かったのだった。