修羅場の到来
「結構広いな。足場も悪いし、気をつけて進まないと」
大小様々な石が混在しており、とても歩きにくい。
しかも暗くて足場が見えにくいから尚更だ。
「マップを開いて拡大すれば詳細見れるし、外に出られなくなることは無いと思うけど、迷いそうだな」
マップから町名が登録された町に転移できるのだが、それには例外が存在する。
戦闘中とダンジョン内は転移不可になるのだ。
理由は言わずもがな、瀕死時のデスペナ回避を阻止する為である。
ここは洞窟だが、AOBではダンジョン扱いだったので転移不可だろう。
──バサバサッ──
「キィキィ!」
「っ!? いってぇ!」
転ばない様にと足元へ神経を使っていたら、モンスターの群れに接近しているのに気づかず、先制攻撃されてしまった。
視界がほぼ黒1色になるほどの数がいる。
「これは……ブラッドバットか」
いわゆる吸血コウモリで、ゲームだとHPが減るだけだが、地球の吸血コウモリは1秒間で0.01g程度血を持っていく。
俺の体重が60kg、体重の1/13が血液。
すなわち血液量は約4.6kg。
その20%が急激に失われると出血性ショックになるので、920gが失われると危険だ。
つまり、9万2千回噛まれる前に全て倒しきれば良い訳だ。
しかし、常に20匹以上に噛みつかれている現状をどうにかしなければ1時間ちょっとでお陀仏になる。
ここには出血性ショックの治療をしてくれる人も、できる人もいないのだ。
「ふっ……完全に木刀に慣れるまではやりたく無かったんだが……やってやるよ!」
やりたくなかった戦法。
それはスキルを使わず、自分の技術だけで攻撃するという戦闘法だ。
スキルは基本的にスキル名を言うと勝手に体が動き、攻撃対象が何もしなければ、目をつぶっていても必ず攻撃を当てられる。
その代わり、スタミナゲージによって手数を制限されるが、今欲しいのは命中力ではなく手数だ。
俺の使い慣れた武器は二刀流短剣なので、1本しかない上に長い木刀だとやりにくいが、やるしかない。
視界を埋め尽くすほど数が居るのだ。
スキルの必中アシストがなくとも適当に振るだけで当たるだろう。
「はぁぁ!」
「キィィ!」
裂破の気合いと共に木刀を袈裟懸けに振り下ろし、返す刃で切り上げ、数匹を撲殺する。
潰れて中身が飛び出ているのが大半で、羽だけが当たって飛べなくなり、耳障りな叫びを上げながら悶えているやつもいる。
「悪いが弱肉強食なんでな、手加減はしない!」
俺の反撃に気を荒立てたコウモリへ、次々と斬撃を浴びせていく。
時には壁を蹴って飛び上がり、天井付近に集まっている奴らもたたき落とした。
数匹逃げていくコウモリも居たが、そんなのに構っていられない。
むしろ大歓迎だ。
袈裟斬り、横切り、縦切り、回転斬り、思いつく技を息付く間もなく繰り出す。
剣術等の武芸を収めた人から見たら、恐らく型も何も無いぐちゃぐちゃな剣筋なんだろうが、当たれば良い精神でとにかく木刀を振るう。
「はあ! せぃっ!」
──ガンッ──
「うわっ」
何度目の斬撃かもわからなくなった頃、目測距離を誤って壁に木刀が当たり、バランスを崩して転んでしまった。
ここぞとばかりに群がってくるブラッドバットを弾き飛ばし、素早くバク転して立ち上がる。
「くそ、狭い!」
ただ歩く分には広く感じていたが、戦闘するにはやや手狭だ。
外へ出ようにも、これだけ動き回ってしまうとどちらが出口かわからない。
「イチかバチか……。こっちだ!」
一瞬の思考の末、ブラッドバットが少ない方向に進む事にした。
スタミナゲージギリギリまで転ばないように全力疾走し、切れそうになったら立ち止まってブラッドバットを相手取る。
そうして攻防を続けること5分。
道がどんどん狭くなっていき、俺は賭けに負けたのを悟った。
「ちっ、戻ると群れに突っ込む羽目になるし……いっそ最奥で迎え撃つか」
壁を背にして前方のみ警戒すればいい状況にすれば、突き系の技でなんとか乗り切れると考えた俺は、更に奥へと進んだ。
100m程移動した頃、視界が一気に明るくなって開けた。
「うわぁ……鍾乳洞に土ボタル?」
土ボタルとは、緑色の光を発して洞窟の天井に生息するハエの幼虫のことで、幻想的な光景が広がっている。
「すげぇな、生のは初めて見た」
あまりの美しさに見惚れていると、何か重い物が地面を擦る音が聞こえてきた。
──ズッ、ズズズ──
「なんだ!? って、あれ? ブラッドバット共がいない」
音のする方へ勢いよく振り向いたのだが、そこでハッとする。
いつの間にか、大量に居たはずのブラッドバットが居なくなっていた。
「ここに来る直前まで確かに居たから、全部倒したって事は無い。ってことは、追いかける必要がなくなった……? いや、追いかけたく無くなった? っ、まさか!」
──シュッ、ジュワァァ──
「あつっ!」
飛んできた何かを咄嗟に回避したがよけきれず、頬に掠った。
当たった部分に沸騰するような熱を感じて、残りが飛んで行った方向を見る。
土ボタルの明かりしかないので見えづらいが、辛うじて床がグズグズと溶けているのが確認できた。
「溶けてるってことは、毒?……蛇か!」
果たして俺の予想は正しく、のそりと現れたのは体長10mはありそうな大蛇。
「ケイブサーペント!? なんでこんなところに! もっと終盤に出てくるはずだろ!」
ケイブサーペント。
主な生息場所は洞窟なのだが、出現する地域は蠍座のスコルピオス領域。
そして、単独討伐推奨レベルは40。
ジョブレベルは上級職のレベル10。
ギルドのランクに置き換えるとB。
つまり、こんな序盤の低レベル領域に居るはずがないのだが。
出口を塞がれ、引くことも出来なくなったので倒すしか生還する方法がなくなった。
「てかさっき攻撃食らったよな……。取り敢えず応急処置だけして、急がねーと」
刃の付いた武器がないので、爪でさっき毒が掠った傷口を抉って血を噴出させ、少しでも毒を出す。
凄まじく痛いが、我慢する。
「ははっ……こんな修羅場、久しぶりだな」
命がかかっているのになんだか楽しくて、笑いが込み上げてくる。
AOBでも何度か危ない場面はあったが、あの時の賭け金はデスペナだった。
今回は本当に死ぬかもしれないのに、湧き上がってくる興奮が抑えられない。
「案外俺って戦闘狂なのかもしれないな。……さて、覚悟しろよお前。生憎切れる武器が無いんでな、ボッコボコにしてやる!」
討伐推奨ランクBのモンスターと、ランクFの俺。
誰もが自分の命を諦めるような戦いの火蓋が、切って落とされた。




