ダークリリィ:有名ゲームキャラたちと同じ空間に詰め込まれた件について
「こ、ここは一体?」
僕、片桐遊馬がそう呟いたのは、この場所がどこなのかという疑問の声だけではない。まず目に飛び込んできたのは、真っ白でフワフワの動く毛玉。
「ぴょん?」
「『月ウサギのラッピー』だ・・・。」
「なにを見ていますの?」
「『おじょボク』の西園寺美鈴?!『タイムライダー』のムラサメ・モンドもいる!」
「やかましいやつだな。」
どれも、僕の好きなゲームの登場キャラクターたちばかりだ。
そう、ゲームのキャラクターたち。それが今、目の前で動いて、声を発している。それも僕に向けて。非常に驚いて、そして感動している。
「って、一体何故?ゲームの世界に入ってしまったとか、そういうわけではないよね?」
「お前、何を言ってるんだ?ここは俺の世界なんだから、お前はただのモブだろう?」
「そう、モンドならまさしくそう言うだろうね。コスプレイヤー?」
「誰がコスプレだ!」
サイバーパンクの世界を舞台に、時間を駆け抜ける戦士のモンドの格好は、コスプレ人気も高い。でも、目の前にいるモンドがコスプレイヤーのようには見えない。なにせ警戒しているのか、義手からレーザーキャノンが飛び出しているから。
「まあまあ、物騒な物は仕舞いなよ。ボクたちもいきなりここに連れてこられて混乱してるんだよ。喧嘩は無しにしよ、ね?」
「チッ・・・。」
露骨に舌打ちしながら、モンドは武器をしまう。彼を窘めたのは、赤いパーカーの青年。
「『レッドパーカー』のトビー・ホランド?」
「へぇ、ボクのことも知ってるんだ。ボクって結構有名人?サインほしい?」
「そりゃもう、世界的に有名なヒーローだし。」
一見人の好さそうなだけのこの青年トビーは、法で裁けぬ悪を追いかけ、追い詰め、打ちのめす、よいこの味方レッドパーカーなのだ。
「ところで、キミはやけにボクたちについて詳しいみたいだけど、何者なんだい?」
「何者って言うほどでもないよ。僕はただの高校生だし・・・。」
「Oh,ジャパニーズハイスクール。モエってやつだね。」
「何年前の知識だそれ・・・。」
レッドパーカーのデザインは、年代によって微妙に変わっている。この格好は2000年代のものなので、その分だけ価値観も古いんだろうか。
「付き合いきれん。俺は勝手に行動させてもらう。」
「待ちなよ、モンド?って言ったっけ?単独行動は死亡フラグってよく言われてるよ?」
「ここに留まることが正解だとは思えん。」
ここと呼ばれた部屋、一見すると学校の教室(僕の通っている学校のものではない。)の戸を開けた時、変化が起きた。
「!?」
「なんですの?!」
「ももも、モンスター?!」
「らぴ?」
見るからに健康に悪そうな色をしたカップケーキが飛んでくる。普通のカップケーキと違うのは、顔がついているという点。ラッピーのゲームに出てくるモンスターの『カプケー』だ。
「敵か・・・。」
「で、どうしてキミは突っ立ってるのかな?敵なら身を守るとかしないワケ?」
「体が動かないんだよ!」
「ひょっとして、これはRPGなのか?」
「行動できる順番があるってこと?」
「じゃあ、誰か早く倒せよ!」
「・・・で、誰の行動順なんだろ?」
モンスターの目の前にいるモンドは違う。そのモンスターもふよふよと浮いているだけで何もしてこない。トビーに目配せしてみるが、ふるふると首を振るだけ。わめいている美鈴も多分違う。となると・・・。
「ラッピーの手番か?」
「ぴる?」
「わかってなさそうだね。」
「よっし、行けラッピー!」
「らぴ!らっぴぃいいい!」
「あ、待った!」
机を足場に、ピョンピョンと高速で跳ねるラッピーだったが、カプケーにぶつかられて止まってしまう。
「ラッピーはアイテムを集めないと攻撃できないんだよ!」
「えー!じゃあ今は弱いじゃん!」
「らっぴぃ・・・。」
ゴロゴロと丸い体で転がってラッピーは足元に戻ってくる。時に勇敢だけれど、ラッピーは基本的に弱いのだ。
「とにかく、ラッピーは自爆してターンを終えた。次は誰?」
『クモモー!』
「ぐはぁっ!」
「どうやら、モンスターの手番のようだね。」
「知ってる。」
カプケーは、一番近いモンドに体当たりをぶちかました。ふわふわな見た目に反して重い衝撃がモンドを襲うが、モンドはなんとかその場に踏みとどまる。
「次は?」
「わ、わたくしのようですわね・・・。」
「よし、行けミスズ!」
「荒事はノーセンキューですの!パスですわ!」
おじょボクは恋愛アドベンチャーゲームだし、原作の美鈴にも戦闘描写なんて当然ない。そりゃ無理な話だろう。
「あっ、次ボクか。よーし、レッドパーカーの強さをみせてやる!」
「よーしがんばれー!」
教室の端から、トビーは一足飛びにカプケーに向かう。が、その空中で突如固まってしまう。
「あ、あれ?なんか急に動けなく・・・。」
「まさか、移動距離の概念もあるのか?」
「そんなぁ・・・。」
「ふん、そのまま空中で固まっていろ。俺がケリをつけてやる。」
次はモンドの番だ。義手がビカビカと光り、武器の一つのレーザーガンが出現する。
「こいつで吹き飛ばしてやる・・・って、あれ?」
「武器を装備した時点でターン終了したのかな。」
「なんだと?!」
「最初から装備しておけばこうはならなかったろうに。」
「『仕舞え』と言ったのはどいつだ!」
「ボクです。」
ともかく、これで全員に手番が回ってきた、という事は。
「やっと僕の番か・・・。」
「よしがんばれ!」
「でも、僕はゲームキャラクターじゃないから、戦闘も何もできないよ!」
「つっかえねえな。」
「壁役は黙ってなよ。」
「誰が壁だ!このパントマイム!」
壁とは、カプケーの攻撃を一身に受けるモンドのこと。パントマイムとは器用な姿勢で空中に浮かんでいるトビーのことである。
「何か、アイテムとか持ってないの?ラッピーを強化できるような。」
「ない・・・ん、なんだこれ?」
ズボンのポケットに、なにか大きめの機械が入っていた。取り出してみると、中央にはモニターがついて、両端にボタンのあるゲーム機だった。
「『ゲームPODネクス』?これまたレトロなハードが・・・。」
もう10年以上前のハードだ。今では主流になっているタッチスクリーンもついていないし、電源は単三電池だ。電池残量を表すランプが赤色になっているのが気になる。
「起動はするかな?」
「そんなにのんびりしてていいんですの?」
「ターンを渡さない限り攻撃もしてこないし、大丈夫でしょう。」
「この状態で固定されてるのなかなか恥ずかしいんですけど?」
「もうちょっと耐えてて。」
こと、ゲームの話題となる片桐遊馬は目がない。レトロゲームだって履修範囲だし、あによりゲームPODネクスには良ゲーも多い。
「あれ、この画面は・・・。」
「なに?見えない。」
タイトルもなにもなく画面に3Dマップが映されるが、その状況はまさに今目の前で起こっている風景そのままなのだ。ステージ端にモンドとモンスターがいて、教室の端にはラッピーと美鈴が、中央あたりにはトビーがいる。しかし、画面の自分がいるべき場所に、自分はいない。
「そうか、僕は駒じゃないのか。プレイヤーとしてみんなに指示を飛ばせばいいのか。」
と言っても、さっきまで全員自分のターンには自分の意志で動いていた。そのあたりは自由なのかもしれない・・・判断材料が少なすぎてなんとも言えないが、今はまず、目の前の敵に集中しよう。
ターンプレイヤーを表すウィンドウには、ラッピーの名前が表示されている。
「となると、今は僕のターンじゃなくて、一巡してラッピーに戻ってきてるのかな?ラッピーは?」
「ぴぃ・・・。」
「すっかり萎縮しちゃってますわね。」
「お前が変な指示飛ばすからだぞパントマイム。」
「仕方ないじゃないか!知らなかったんだから!」
ラッピーは行動の選択をしない。こういう場合、プレイヤーである僕が行動を決められるようだけど・・・。
「何も出来ないか。ここはラッピーもなにもさせない。」
「ぴぴっ。」
「気にするなよ。変身アイテムがないんじゃしょうがない。」
次、再びカプケーのターン。
「また俺か!くそっ!」
「モンドにダメージ!体力のステータスはどこだ?」
リアルタイムで戦闘は続いているが、カチャカチャとボタンを押してウインドウを開いたり閉じたりする。
「うわっ、モンドめっちゃいっぱいアイテムがあるな。ほとんど武器だけど。」
「次、わたくしは何をすればよいでしょうか?」
「うーん・・・あっ、美鈴は『ビスケット』を持ってるじゃないか。それを誰かに使ってあげれば?」
「回復アイテムか!」
「説明文を見ると『ライフを1回復する』と書いてある。」
「たった1ぃ?!」
「元々ラッピーのゲームの回復アイテムだから。」
月ウサギのラッピーは横スクロールアクションゲームで、体力は最大6。1点のライフは大きいのだ。
「じゃあ、ラッピーどうぞ。」
「ぴょん!」
「次、トビーの番!」
「よし!今度こそ・・・。」
「待った!その位置からじゃまたとどかないかもしれない!」
「じゃあどうする?」
「遠距離武器とか、持ってない?」
「うーん、遠距離武器か・・・そうだ!この机を『投擲』するのはどうだろう!」
確かにコマンドに『投擲』がある。武器が『装備』に1ターン使うなら、こっちを選んだほうがいいだろう!
「よーし!それっ!」
「あぶなっ!」
『ケポー!』
「やった!やっと攻撃できたぞ!」
「おい、今の俺にも当たるところだったろうが!」
フレンドリーファイヤの設定はわからないが、顔の横すれすれを机が飛んで行くのはなかなか心臓に悪いだろう。前衛が前の方に行き過ぎるのも考え物だ。
「次、モンドのターン!」
「やっとか、これで吹き飛ばしてやる!ファイヤ!」
『グポォオオオオオ!』
モンドの右手のガンから炎が奔り、カプケーを焼き尽くす。
『戦闘終了』
「やった、クリアだ!」
「お、終わりましたのね・・・。」
緊張の糸が切れるように、全員の硬直が解除される。戦闘から解放されたというわけだ。
「ふんっ、ふざけた見た目のやつが、手こずらせてくれた。」
「一番ダメージ受けてたのキミだろ。」
「次に焼かれたいのはお前か?」
「ストップストップ!やっと戦闘が終わったんだから、喧嘩はナシ!」
苛立っているモンドを止める。戦闘が終わったからと言って、全体の状況そのものは解決していない。果たしてこれからどうするか。
「そのゲーム機には何か表示されてないのかい?」
「特には・・・そういえば、カセットは何が入ってるんだろ?」
いったん電源を落として、背中に刺さっているソフトを確認する。
「ダーク・・・リリィ?」
「黒百合、ですの?」
「それって、外に見えてるアレか。」
「らぴ?」
廊下側の窓を見下ろしながら、モンドは言う。全員が寄ってみれば、一目瞭然。
「すごく・・・ブキミだね。」
「花言葉は、『復讐』、『呪い』。」
復讐の花畑が、眼下に広がり、そのどれもがうつむくように花を咲かせている。その様が、この閉鎖された世界そのものを表していると言ってもいい。