表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

【邪竜討伐作戦】chapter:3

 街を出て少し歩いた先に、今回の目的であり元凶の竜は居た。

 凝り固まった魔素が体のあちこちから煙のように噴き出し瘴気を放つその竜は、間違いなく息絶えている。

 なのにその体は動くことを止めようとせず牙をむく。


「あぁ… やっぱり間違いねぇ…アイツじゃねえか… 俺をこんな身体にしておいて、テメェはなんて恰好してやがる」


 本当ならもう二度と見たくもない、忘れるはずもないその姿にドランの声は低くなる。

 目の前に居るドラゴンは、かつてドランに不死の呪いを押し付けて息絶えたドラゴンで間違いない。

 所々剥がれた竜殻からは瘴気を帯びた肉が零れ、頭の角も真ん中から折れてはいるがドランの記憶に残るあの竜が今目の前にいた。


「ドランくん…」


「…心配はいらないッスよアカネ様… こんな奴さっさと倒s」


「……っ!?」


 感傷に浸っていたドランの事など見ていないかのように、ドラゴンゾンビの毒を帯びたブレスがドランを包み込む。

 後ろにいたルシフがその場を飛び退くと、さっきまで立っていた場所にあった岩がドロドロに溶ける。

 これを直接受けたドランがどうなったかと言えば、想像するまでもない。

 ブレスが過ぎ去った後に残ったのは、見るも無残に腐食し溶けてしまったドランだった何か。

 普通の人間なら致命傷だっただろう。回復魔法や薬の出番もなく地面と同化してなにもかもなくなっていたに違いない。

 だがドランの不死の呪いは、ここまでの状態になろうとも機能するらしい。

 ドロドロに溶けた身体が粘土でも捏ねるかのように元の形へとみるみる戻っていく。


「……アカネ、任務を」


「…え? あ、うん」


「……何を…見ていた…?」


 すぐ近くでドランがドロドロに溶けたというのに、アカネは驚くこともなく周囲をキョロキョロと見回していた。

 普通だったら目の前に居るドラゴンを見てテンションを上げているだろうが、そういうこともない。

 では何を探しているのか。


「あの子を無理矢理に起こして暴れさせてる元凶をちょっとねー」


「……術者…ネクロマンサーか…」


「死体動かしてるんだし、多分そう」


「……では…俺が行こう…」


 ドラゴンゾンビが吠える中、ルシフは剣を鞘に納めたまま構える。

 何も戦えなくなったとかそういうのではない。

 居合の構えと似通った構えで動きを止めて集中を研ぎ澄ます。


「……見つけた…ぞ」


「うぉわっ!」


 目を閉じ集中した先に見えた魔力の流れ。

 直線上にアカネが居ようがお構いなしにその流れを辿り一瞬で距離を詰める。

 しかし、そこに誰かが隠れているような事はない。

 あったのは怪しく輝く石だった。


「……何…?」


「魔石かぁ あの子の食べ物かな」


 しかしそこに隠れ潜む誰かの姿は無かった。

 代わりにあったのは、人の頭ほどの結晶体。

 それが魔力の繋がりとなってドラゴンゾンビの燃料になっているようだ。

 しかもこの場合、この魔石を砕いた所でドラゴンゾンビがすぐに止まる事はない。


「……早々に…終わらせる」


「そうだね それに…」


 適当に拾った石ころに魔力を込めると、アカネはそれを結晶体に投げてぶつけた。

 普通の石ころだったら石の方が砕けて何の意味も無かっただろう。

 しかしアカネの魔力が込められた石は、結晶を粉々に砕いて共々に欠片も残さず消滅した。


「あんなので縛られてて… このままじゃ、あの子が可哀そうだよ」


「……ふふっ… アカネらしい…な」


 ドラゴンゾンビにとっては燃料となる魔石ではあるが、それは同時にドラゴンゾンビをこの地に縛り付ける楔である事も意味する。

 本来は役目を終え息絶えたドラゴンが、魔術によって無理矢理起こされて暴れさせられているのだから、縛り付けているのも同じ。

 だからこそ、アカネがドラゴンゾンビへ向ける感情は興味や歓喜ではなく、憐憫だった。


「だぁ!こんちくしょう!何しやがる! 挨拶代わりに溶かされる奴の気持ちも分かんねえのかテメエ!」


「あ、ドランくん戻ってきたの… ひゃぁぁぁ…」


 ついさっきブレスでドロドロに溶かされていたというのにドランはもう復活していた。

 だが、よく考えてみてほしい。

 ドロドロに溶かされた、とは言うが比喩でもなんでもなく物理的に全部溶かされている訳で。

 当然、身に着けていた装備や鎧、アイテムや衣服なども全部溶かされている。

 その結果どうなったかと言えば生まれたままの姿でその場に立ってドラゴンゾンビに怒鳴るドランがそこにいた。


「お見苦しいモン見せちまってすみません でもコイツにゃ一言言っておきたいんですよ」


「そっか…そうだね ガツンと言ってあげよ」


「応よ!」


 正直な所、アカネ一人でもドラゴンゾンビ相手ならどうとでもなる。

 なんなら何の苦もなく討伐できてしまうだろう。

 そうしないのは、そのドラゴンがドランと因縁のある相手だったからに他ならない。

 だからこそ、彼が納得するまでアカネは背負っている剣を掴もうともしなかった。


「…誰だか知らねえが、勝手に叩き起こしやがって… オマエもそう思ってんだろ?」


「……っ…」


 ドランの声を聞いているのかいないのか、ドラゴンゾンビはその腕でドランを叩き潰そうと振り下ろす。

 しかし、その腕がドランを叩き潰す事はなかった。

 横で剣を構えたルシフが一歩踏み込むと、無数の斬撃がドラゴンの腕を切り刻んでいた。

 腐敗した身体が痛みを感じているのかは分からないが、それほどの勢いで切り刻まれた腕は押し返されていく。

 逆に言えば、勇者と呼ばれる人物の斬撃を受けても押し返す程度しか出来ていなかったともいえる。


「…そうかよ… そうだよなぁ! お前はそういうヤツだった! 人の話なんか聞いちゃいねえ! …アカネ様、頼みます…もう、奴を楽にさせてやってください」


「うん、わかった… ルシフさん、そこ退いて?」


 アカネが合図を出すと同時に、ルシフはドラゴンの腕を押し返すのを止めてその場からすぐに下がる。

 それを確認したアカネは、ここにきてやっと背中の剣を握った。

 手に取った瞬間から、アカネの周囲の空気が急激に歪み始めた。

 周囲を漂う魔素の影響もあるが、それは同時にドラゴンがアカネに狙いを絞った兆候でもある。


「……っ?! アカネっ!!」


「…大丈夫…」


 攻撃が止んだからか、アカネへ狙いを定めたドラゴンゾンビは溜め込んでいた毒ブレスをアカネ目掛けて吐き出した。

 重装備を着込んでいたドランですら残さず溶解させた毒ブレスだ、軽装のアカネが受けてしまえば欠片も残さず溶かされてしまうだろう。

 だがアカネは避けようともせず、ただ剣を前に構える。

 ただそれだけでいい。


「アギト、食べていいよ」


 そう語り掛けた瞬間、鎧をも瞬時に溶かす毒のブレスがアカネを襲う。

 だが、そのブレスがアカネに届く事は決してない。

 アカネの剣から放たれているオーラが、毒ブレスを際限なく吸い込んでいくのだから。

 魔素だけでなくこういったものすら食事の範疇なのだろう。

 あの巨大な剣にとっては。


「はいごちそうさま それじゃあね、もうおやすみ」


 暫く続いた攻撃だったが、ブレスが途切れた所でアカネは木の枝でも振るかのような軽さで巨大なはずの剣を振り上げる。

 切先から伸びたオーラがその勢いを増してきた所で、その剣を振り下ろす。

 巨大なエネルギーとなった剣のオーラは、そのままドラゴンゾンビに襲い掛かった。

 反撃しようとする事すら許さない程に圧倒的なエネルギーの塊が、津波のように押し寄せて一瞬のうちにドラゴンゾンビ全体を消滅させる。

 後に残ったのは、ドラゴンゾンビの毒に汚された跡すら残らぬ焦土のみ。

 隕石が落ちたのかと思わせるようなクレーターが出来上がって、それ以外に何も残らなかった。


「……流石の俺も…真似できん…」


 星の数ほど技を持つと言われるルシフですら、アカネのやった事を真似しろと言われても到底出来るはずもない。

 これがまだ、純粋な剣技によるものだったとするならば真似のしようもあっただろうが、あれは剣技だとかそういうものではない。

 純粋な魔力の塊なのだから。


「アカネ様… ありがとうございます」


「ドランくん、これでもうあの子は苦しむ事無く眠れるよ …先にブリックに戻ってるからね。行こう、ルシフさん」


「……そうだな…」


 戦いは終わった。

 その場に残ったのは、アカネの一撃によって抉り取られた草の一つも残らない爪痕だけだ。


「………ったくよ… なんでこんな気持ちにならなきゃいけねえんだよ…」


 まるで戦友との別れを惜しむような空気の中で語るドランだったが、彼とドラゴンは決してそんな関係ではないはずだ。

 死に場所を求めて暴れ狂う竜と、それを討伐するべく馳せ参じた部隊の一員。

 ただそれだけの関係のはずだった。

 なのに、ただ死に行くドラゴンを憐れんでしまった事によって、そのドラゴンが秘めていた不死の呪いをドランが受け継いでしまった。

 本当にただそれだけの関係のはずなのに。


「…なんで… あぁ、もうよくわかんねえや。もうくだらねぇ奴らに叩き起こされたりすんじゃねえぞぉ!!」


 日も傾き、暗くなり始めた夕焼けに向かって叫ぶドラン。

 これで決別出来たかと言えば少し不安な所もあるかもしれないが、ここはもうそれでいいと割り切るしかない。

 だってまだあのドラゴンから受けた不死の呪いはドランにあり続けるのだから。

 しばらく悩んでみたりもしたが、だからどうという事でもない。


 強いて言うならば、現状ドランの姿は布切れ一枚身に着けていない状態な訳であるが…





「……」


「……」


「……」


 それからしばらくして、帰る算段が付いた頃になると男三人が三者三様の顔で黙り込んでいた。

人の姿になった事もあって馬車の準備をいつもと同じようにこなすジーク

武器などの装備も解いて黙々と野営の準備に取り掛かるルシフ

村人からくすねた服を着て不満げに寝転がるドランの三人がそうだ。

 そんな彼らに挟まれる形となってアカネは気まずそうに笑う。


「……アカネ、なぜ彼はいつも俺を睨んでくるんだ?」


「う、うーん…どうしてかなぁ 私にはちょっと分からないかなー」


「決まってるじゃないですか!ソイツが居るからですよ! なんでテメーが都合よくこんな片田舎に来てんだよヒマか?ヒマなのか?」


 誤魔化して穏便に済ませようとしているというのに、ドランはそんな気も知らずジークに食ってかかるように睨みつける。

 いちゃもんつけるクレーマーといった感じの絡み方は実に古典的と言えるだろう。

 それを意に介さないジークも実に手慣れている。


「ヒマかどうかはさておき、俺は素材を探しにやってきていた訳だが…?」


「そうだよ? たまたまジークくんが通りかかってくれたからこうして楽に帰れるんでしょ?」


「ぐっ… けどコイツが…うぐぐぅ…」


「……」


 言葉を失い静かになっていくのを見ながら、ルシフはあっという間に野営の準備を完了させていた。

 暖をとる火を起こす準備を整え、食事になりそうな素材を早々に揃え、村の生き残りを集めて炊き出しすら可能な状態にしていた。

 ぎゃあぎゃあと騒ぐドランの怒鳴り声も小鳥の囀り程度にしか思っていないのではないだろうか。


「……おおかた済んだ…」


「助かった。これでしばらくはここも保つだろうな」


「これから先、どうなっちゃうのかな…ブリック…」


 ルシフの整えた炊き出しに応じて来てくれた村人たちの人数を見て、これから先が心配になってしまうアカネが呟く。

 たとえ竜の勇者でも、手を一つ叩くだけでここで苦しむ人たちを救えるような力はない。

 ルシフがやっているように、今できる限りの施しをするくらいしか出来ない事が申し訳なく思ってしまう。


「アカネが気負う必要はないさ」


「そうッスよ 悪いのは全部アイツだったんですから」


「…正確に言えば、あの子をドラゴンゾンビなんかにした誰かが、かな」


 村が被害を受ける原因となってはしまったが、あのドラゴンゾンビ自体に悪意があった訳ではない。

 それを操り意図的に動かしていた何者かが本当に悪いのだと、アカネは自分にそう言い聞かせる。

 でないときっと、今すぐにでもその元凶を探しに飛び出してしまっていただろう。


「…ですね もし見つけた時はギャフンと言わせてやりますよ!」


「……戦闘中、一杯食わされたこと…忘れはせん…」


「そうだね…」


「ふふっ… その目標、いつの日か届くといいな」


 しばらく村の生き残りの保護と治療に時間を割いて、交代となる国の派遣した部隊に引き継ぎを任せてアカネたちはジークの馬車でゆったりとした帰り道を過ごすのだった。

 本来なら何日もかけて移動する道のりだったのだから、その通り何日も掛かった訳だがそこはここにいるメンバー。

 普通なら兵士でも苦戦するような大掛かりな魔物の軍勢に襲われても文字通り一瞬で全てが素材へと早変わり。

 ジークの荷馬車の空きスペースへ次々に放り込まれて行き、王都へ帰り着く頃にはジークの荷馬車には魔物素材で一山当てられるくらいにはなっていた。


「皆、長旅お疲れ様 王都の外壁が見えてきたぞ」


「んん~っ! やっとかぁー…ふあぁ~あー」


「普通の三倍の速さで帰ってこれてるんスけどね…?」


 ざっくりとした計算で三倍なのだから、どれほどスムーズに移動が出来ていたかは想像に難くない。

 なにせ魔物や盗賊に襲われる度に足を止めるのが普通の荷馬車が、休憩の時以外には止まる事なく進み続けていたのだから。

 だからといって襲撃を受けなかったという訳ではないのだが、襲ってくる方は相手を間違えた。

 ルシフが剣を抜いた瞬間には雑魚が一蹴され、本来なら強力な種類の魔物だろうとアカネが出れば一瞬で魔物素材に早変わり。

 二人のサポートに徹して素材の回収や野営の設営をしていたドランにしたって、勇者二人ほどではないにしても相当に腕が立つ。


 素人目に見ただけでは、このそこらの町娘と変わらない、寝起きで伸びをして体を慣らしている少女が世界でも稀有なバケモノじみた実力者だとは分かるまい。

 あくびをしている姿は隙だらけのようにも思えるが、例えこの状態から音速を超える攻撃が撃ち込まれたとしても瞬時に対応して反撃も出来る。

 たぶん全方位から一斉に攻撃されても的確に防御して反撃から殲滅まで持っていけるだろう。寝起きで、だ。


「……zzz」


「ルシフさん、安心しきってるね…」


「アカネ様が居るからッスね。 いつもは目の下にクマ作ってますけど今めちゃくちゃ熟睡してますし ほれほれ…は?」


「……すまない…つい…」


 寝てる人の顔に指をぐりぐりと押し付けるドランが悪い。

 まあ条件反射的に身体が動いたからとは言っても、瞬時の間にドランの指を切り落とすルシフもかなりヤバいとは思うが。


「つい?! 人の指切り落としといてついだぁ?! 俺じゃなきゃ無事じゃなかったぞコラ!」


「……もう…ついてる…のか…」


 ドランが怒鳴っている間にも、切り落とされた指はあっという間に元の位置へと戻る。まるで斬られてなんてなかったかのように。

 それは同時に、ドランに刻まれた不死の呪いがまったく消えていないことの証明にもなる。


「起きた途端に賑やかな… 勇者たちの凱旋なんだ、顔を拭いて髪を整えておいたほうがいい」


 ジークの言っていた通り、王都へ帰り着いてからしばらくは、まるでパレードかと思う程の人たちに出迎えられ続ける事となる。

 ドラゴンゾンビ討伐の一報は、アカネたちが帰り着くよりずっと早くに伝達魔法で知らされていたのだ。

 それはたちまち街中に広まり街の活気はより一層高まった。

 今はそうして盛り上がっている所へ帰ってきた訳だから、その勢いは物凄い盛況っぷりだろう。


「すごい盛り上がりだね ……?」


 大勢に見送られる中、少し恥ずかしながら手を振るアカネ。

 だがその時頭の中で思っていたのは恥ずかしさでも誇らしさでも楽しさでもなかった。

 この大勢の視線に紛れて何か別のものに見られている。

 そんな視線を感じたから。まあ感じただけで相手にもしなかった訳だが。


アカネたちはその後、クリムへの報告を終えると解散して日常へと戻っていく…前にアカネとルシフによる模擬戦が行われ兵士や騎士を観衆とした中で行われた。

観戦した兵士は言う。「起こった事を理解する前に試合が終わった」と。


NEXT.【五大龍会議】へ続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ