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【邪竜討伐作戦】chapter:1

 伝書鳥を使ってまで帰ってくるよう急かしてきたのには何か理由があるに違いない。

 何もお茶会に招待しますとかそんな理由ではないはずだ。

 国の筆頭勇者であるアカネを名指しで呼び戻す程の用件が出来たのだろう。

 その理由が何なのか、移動中にいくらか考えては見たものの答えを見つけることは出来なかった。


「アカネ様、見えてきましたよ」


「おー、やぁっと帰ってきたー」


「長旅お疲れさまでした 王都までもう眼と鼻の先ですからね」


 途中で魔物や盗賊に襲われたりした方がアカネにとっては暇つぶしになってよかったんだが、別にそんな被害に逢うような事も無くすんなりと帰って来てしまった。

 帰り道が塞がれていて回り道をしたり、なんらかの事故に出くわして移動できなくなったりするような事もない。

 本当に文字通り何のハプニングも起こる事なく帰ってこれたわけである。


「どうせなら一暴れくらいしたかったなー」


「やめてくださいよ、縁起でもない 平和で良いじゃないですか」


「そうだけどもー… っと、停まった?」


 すんなりと進んでいた馬車が急に止まり、これはもしやと思いつつも外を見るがアカネを必要とする物騒な場所ではない。

 王都へ入る際に誰もが通る検問所だ。


「おうお前ら! 元気にしてっか?」


「っ! お疲れ様です!ドラン殿!」


 検問所で荷物の検査をしている兵士が、馬車に乗るドランを見つけるとその場で畏まる。

 まぁ階級的にドランの方が偉いというのもあるが、彼の知る顔だったと言うのもドランが気さくに声を掛けられた要因だろう。

 これが見ず知らずのプライド高い騎士だったりしたらきっと一触即発の空気になっていたかもしれない。


「今お帰りですか?」


「おう、王宮から急いで帰ってこいって連絡があってな」


「あぁ、それなら街中大騒ぎになっています ドラン殿が知ってるという事は、馬車に居られるのは…」


「そのお呼ばれしてるご本人様だ」


 アカネが窓から顔を出してみると、すっごく嬉しそうにこちらを見るドランと目が合う。

 まるで有名人と一緒に居るだけで悦に浸るファンのようだ。

 まあ事実そうではある訳だが。


「どうしたのー?」


「アカネ様の凄さを今からコイツらに教えようとしてた所です」


「本物だ… 本物の竜の勇者だ…」


 アカネが驚くほど有名な原因、もしかしたらドランがアカネの武勇伝や伝説を吹聴して回っているからかもしれない。

 現に今もこうして兵士にアカネについて教えようとしていたとかすごく嬉しそうに言っている。

 それについては心の中で諦めが付いているしドランに我慢しろと言っても多分いつの間にか語り出すだろう。


「いいよー、そんな事しないで 恥ずかしいって」


「ダメですよ、コイツらにもちゃんと聞かせてやんなくちゃ」


「恥じらうアカネ様可愛い」


「おうテメェ今なんつったぁ!!」


 列に並んでいた冒険者らしき誰かの声をドランは聞き逃さなかった。

 馬車を降りて声の主の下へ無言で歩いていく。

 その表情は喧嘩でも始まるんじゃないかと言う程険しい物だった。

 声の主の元へ辿り着くと、互いに睨みあう。


「……」


「……」


「ど、ドランくんダメ…」


「分かってんじゃねぇか!」


「そっちこそ!」


「…へ?」


 どうやら一触即発なんて事にはならないようだ。

 それどころかアカネについて思いっきり意気投合してる。

 がしっと熱い握手をしてすぐに戻って来た。

 ドランの表情はとても楽しそうだ。


「ドラン殿、アカネ様 確認作業終了しました、そのまま王城へお向かいください」


「おつかれさま」


「ありがとよ」


 暫くその場で待っていた二人だったが、検問で行っていた確認作業がすべて終わったらしく問題なく通して貰う事になった。

 後ろをちらっと見てみると、同じように検問を通る為に並んでいた人達が続々と列をぐちゃぐちゃに乱しながら押し寄せてきているのが見える。

 いずれもこの国の筆頭勇者であるアカネを一目見ようと集まって来ている訳で。


「うーん… さっきの兵士たちにはちょっと悪い事したかな」


「何がです?」


「ほら、もう入り口周りが騒がしくなっちゃってるから…」


「気にしなくていいですよ アレがアイツらの仕事なんですから オレ達も早いとこ話を聞きに行きましょう」


 アカネが馬車を動かしている訳でも無く、その場に停まることなく王城へとまっすぐ向かう。

 人々でごった返す検問所を見送りながらもアカネたちはその場を去るのだった。

 暫く進むと王城へとつながるメインストリートに合流する。

 そこへ入れば、後は道なりに進んで行くと王城が見えてきた。

 城門で呼ばれた事を説明すると確認作業とかすっ飛ばして城内へ案内される。

 呼ばれたのはアカネだった訳だから、御者をしていたドランはその場で待たされるだろう。

 そう思っていたが…


「ドラン殿もご案内するようにとの事でした」


「俺も?」


 王城内から迎えにやってきた使用人は、アカネだけでなくドランも連れてくるよう指示を受けていた。

 思っても居なかった展開だったが、王城に呼ばれるというだけでも相当に名誉な事。

 まして疚しい事をして問い質される訳でも無く、アカネと共に招待されている訳で。


「はい、なんでもドラン殿がこの件に一番詳しいだろうと仰っていました」


「アカネ様と一緒… って、諸手振って喜べるようなモンでも無いらしいな?」


「そうなの?」


「ええ 俺がアカネ様より詳しいだろう事っつったらアイツしか居ねえ…」


 案内されながら思い出すのは、かつてドランを含めた討伐隊が打ち滅ぼしたドラゴン。

 種族も名も知らない奴だったが、ドランがこんな身体になってしまったのは間違いなくそのドラゴンの仕業。

 だからこそ、アカネと一緒に呼ばれたのだろう。

 彼について最もよく知っているであろうドランを。


「…チッ… そう言う事かよ…」


「ドランくん大丈夫…? 怖い顔になってるよ?」


「っ?!?! や、やだなぁアカネ様、いつもこんな顔じゃないですか」


 アカネに悪印象を持たれまいと焦るドランだったが、その返答は果たして悪印象を取り払えるような内容だっただろうか。

 そうやって会話をしていて、ふとある疑問を抱く。


「…にしても、なんでアイツが…」


「ドランくんのその身体って、ドラゴンの呪いなんだよね」


「ええ、死に際にやっと死ねるとかほざいたアイツを憐れんだばかりに掛けられたクソみたいな呪いですよ」


 あの時の事は一度たりとも忘れた事は無い。

 不死の身体なばかりに死ぬ事も許されず、ただ魔力に精神を蝕まれて正気を失って暴れまわっていた漆黒のドラゴン。

 多数の魔術師たちの知恵と機転によって不死の身体を無視してドラゴンの生命力を奪い取り、兵士や戦士たちが思い思いの方法で武器を振るう。


「誰だって憐れむでしょ あんな一方的に傷つけられてる奴なんて…」


 血を流し、苦痛に吼えるドラゴンの抵抗もあって犠牲を払いながらも善戦した討伐隊は、やっとの思いでついにドラゴンに致命傷を負わせた。

 血に倒れて動けなくなったドラゴンへトドメを指したのは誰だっただろうかも覚えていない。

 あの当時、兵士としてまだ未熟だったドランは攻撃に参加できていなかったが、後ろから戦いを見ていたドランはただ思っていた。


「可哀そうですよ、あんなのは…」


「そっか…やっぱり優しいよね、ドランくんって」


「んなっ?! や、やささささささしくなんか」


「面白い動揺しかたするなぁ」


 絵に書いたような慌てっぷりに笑うアカネの姿は、ドランから見ればどんな美女よりも美しく映っていた事だろう。

 こうして思い出話を語ってどんなドラゴンだったかを思い出していたが、やはり引っ掛かるものがある。


「それにしても、なんでそのドラゴンなんだろうね? だってそのドラゴンはもう死んじゃったんでしょ?」


「そこなんですよね… なんで死んだやつの事で呼び出され……っと、着きましたね」


 話しながら歩いていると、自然と時間が圧縮されたかのような感覚になる事がある。

 気付かない内に何分も話し通していた時のような、そんな感覚だ。

 話が途切れて前を見ると、少し先には謁見の間へと続く扉が見えた。


「いつぶりかなぁ、ここ来たの」


「筆頭勇者が何言ってるんです アカネ様ならしょっちゅう呼ばれてるでしょう?」


「まぁ、そうなんだけどね?」


 国の有事があった際には、ほぼ確実と言っていい程にアカネはここへ何度も呼ばれている。

 結構前に何度目になるかは数えるのも止めた程だ。


「それでは、ここでお待ちください」


「わかりました」


「おう お疲れさん ん?」


 案内をしてくれていた兵が持ち場へ戻って行き、謁見の間の扉の前に居るのはドランとアカネの二人きりとなった。

 アカネは兵士に言われた通り、呼ばれるのを待つ事にしたがドランはどうか。


(……もしかして、今この瞬間アカネ様と二人きりなのでは…)


 いつも通りと言えばいつも通りだった。

 しばらく待っていると、同じく謁見の間へ呼ばれていた者がやってきた。


「……アカネ…か?」


「あれ? ルシフさんも呼ばれてたんだ?」


「……ああ…」


 さっき居た兵士やドランのような騎士とは違った風体の黒い鎧を身に纏った長身の男がやってきた。

 どうやら彼も謁見の間へ呼ばれていたらしい。

 その姿を見てドランは嫌そうな表情を隠しもせず愚痴を漏らしていた。


「げえっ!? 星の勇者ことルシフ・ルミエル?! マジかよ…国の誇る二大筆頭勇者が揃い踏みじゃねえか…」


 そう、この国「エンゼリア」には勇者の中で最強の名を欲しいままにしている「筆頭勇者」が二人いる。

 一人目は「竜の勇者」の二つ名を持ち、魔物退治のエキスパートにしてドラゴン愛好家、戦いにおいては天下無敵の豪傑少女、アカネ・ユウキ。

 もう一人が「星の勇者」の二つ名を持ち、星の数だけ武技を持つと謳われる戦の達人にして武技のスペシャリストである青年、ルシフ・ルミエル。

 圧倒的な力で何者をも寄せ付けないアカネと圧倒的な技で何者をも黙らせるルシフ。

 その二人が揃って謁見の間へと呼びだされていた。


「……修行中に…使者が来て…呼び出された…」


「私の方は伝書鳥だったよ 使者って事はそっちも「飛電」だったんでしょ?」


「……そう…言っていた…」


 飛電、またの名を「エンゼリア王室直属隠密機動部隊」と言う。

 他にも「暗部」「粛清部隊」「死神兵団」など様々な呼ばれ方をしているが、一番よく聞くのは飛電という呼ばれ方である。

 対魔物戦に特化した一騎当千の強者を勇者とするなら、この飛電は対人戦闘に特化した粛清のスペシャリスト達の集団だ。

 その正体を知る者は殆どおらず、知っているのは直属である王家の人間と、ほんの一握りの者たちだけ。

 因みにこの二人の勇者はその一握り側の人間だったりする。


「彼らを使うってよっぽど急だよね」


「……その割には…待たされる…な…?」


「色々と用意があるんじゃないかな」


「……そう…か…」


 二人の会話をおとなしく聞いていたドランだが、正確にはおとなしくしていたというより動けなかった。

 声を発した途端に、切り捨てられてしまいそうな威圧感に、不死の身体なのに死を垣間見るような恐怖感に身体が強張る。

 実際二人の勇者のどちらもそんな事はしないと頭で理解していても、その存在感だけで威圧されてしまいそうだ。


「……アカネ…」


「ん? どうしたの?」


「……謁見が終わった後で…仕合いたい…んだが…」


「えー? この前負けたのまだ引き摺ってるのー? あれはいい勝負だったってー」


 彼らが言っているのは、少し前に行われた勇者同士の腕試しの事だった。

 闘技場を貸し切り、観客席は満員御礼の中盛大に催された武術大会。

 最終的にアカネがルシフを下し、勝利した大会である。


「……あの時は…ドラゴンズアギト…使っていなかった…だろう?」


「だってアレ使ってたら闘技場壊してただろうし… あっはは…」


 大会の時にアカネが持ち寄った武器は、行きがけの露店で見ず知らずの少年が売っていた、作りの拙いただの木剣だった。

 そんな木の棒同然の武器一本のみで、アカネは大会を優勝してしまっていた訳で。

 ハンデがあった上で負けたルシフはその実力差を悔やんで修行をしていた…と言ったところだろうか。

 リベンジの機会が目の前に転がって来て、早速彼は再戦を申し込んだという訳だ。


「また今度だったら、あの剣で腕試しの相手してもいいよ?」


「……その言葉…信じる…ぞ?」


「うん 約束だね ルシフさん」


 そんな約束が交わされるが、外野から見ていると物凄い対戦カードである。

 国を代表する勇者と、同じく国を代表する勇者。

 両者の力量比べの試合なんてそう見れるものではない。


「なんつーカードだよ…」


「……いい約束を…した…」


「ルシフさん嬉しそうで良かった良かった 約束果たす為にも頑張って今回のお仕事成功させようね」


「……無論…だ…」


 話し終わったところで、謁見の間へ続く扉が開かれる。

 扉を開けた衛兵に導かれて進んだ奥の玉座にはこの国を総べる王…は居らず空席で、その娘である姫が玉座の隣に座っていた。


「あれ、お姫様だけなんだ」


「ごきげんよう、勇者アカネ… 父は政務でご多忙の身 なのでかわりに私が貴方がたへの依頼を言い渡します」


「……はっ…」


 湖のように蒼い瞳に柔らかな金の髪をした、アカネと同年代の少女が座ったまま告げる。

 アカネの後ろに居たドランとルシフは跪き頭を下げるが、アカネはそういう行動を取ろうとはしない。

 別に不作法だからとかではなく、目の前にいるお姫様からのお願いで後ろの二人のようにしていないだけである。

 政務に忙しいらしい王様もここに居たならアカネだってドランたちのように跪いていただろう。

 どうしてアカネにはそんな特別扱いが許されるか…は、また別の機会に。


「それでは… 第二王女クリム・フォン・エンゼリアが此度集まってくれた勇者のお二人に邪竜グリーフドラゴンの討伐を命じます」


「グリーフドラゴンかぁ 黒い鱗が鎧みたいになってるドラゴンだけど、ドランくんの知ってるのと同じ?」


「はい… 確かにアイツも真っ黒で鎧みたいな鱗をしてました 討伐隊の猛攻でズタボロにされてましたけどね」


 こうなってくるとやはりドランに不死の呪いを授けたドラゴンである可能性が高くなってきた。

 少なくとも種族は同じなようだ。


「流石は竜の勇者、ドラゴンの事となると博識ですね」


「いやぁ、それほどでも …っと、そうだお姫様」


「何でしょう、気になる事でもありましたか?」


「グリーフドラゴンってエンゼリアでの目撃例は10例も無かったと思うけど… 余所の個体が飛んできた可能性ってどのくらい?」


 なにもグリーフドラゴンが一体しかいないという訳ではない。

 個体数こそ少ないものの、親子連れが確認されている程度には数を増やしているはずだ。

 エンゼリア領内に巣を構え、そこに住んでいる者も居るという。


「飛電の情報によれば、彼のドラゴンは全身に無数の傷を負いながらも討伐を目的に訪れた冒険者たちを鏖殺していたそうです」


「基本的に内気な子が多いんだけど… 狂化でも使われたのかな」


「内気? アイツが? ……いや、溜めこむタイプとかだったのかもしれねえ…」


 ドランの中で思い起こされたのは、真面目に兵士をしていた頃に交流のあった同輩だった。

 内気で暗い性格で、滅多に怒らないのだがいざストレスが限界を超えると、魔人のような暴れっぷりを見せるような奴である。

 まあ、例のドラゴンの討伐隊に志願してそのまま帰ってこなかった訳だが。

 ちなみにドランはと言えば、その人物と特段親しかった訳でも無かったから今の今まで顔すら忘れていた。

 なぜ思い出したかと言うならば、あのドラゴンと似通った何かを持っていたのを無意識の内に見ていたからかもしれない。


「狂化でその溜めこんでた部分を無理矢理に増幅させられたのかもね グリーフドラゴンの魔力回路って精神系の魔法には弱かった筈だし」


「そうなんですか?」


「……流石…竜の勇者…」


「毎度のことながら、ドラゴンの事となるとお詳しいですね、竜の勇者アカネは」


 皆して、この中で一番ドラゴンについて詳しいであろうアカネへと視線が向く。

 伊達に竜の勇者なんて呼ばれてはいないのだ。


「えへへ… なんだかくすぐったいや」


「っ?!」


 照れくさそうに顔を掻くアカネだが、こんな少女でもこの国最強の一翼を担う猛者だ。

 これから先何度だって誇らしげに讃えられる事だろう。


「…さて、被害も出てるみたいだし… お姫様、行ってくるね」


「……共に…行こう…」


「出発準備は出来てますよ」


「え? ま、待ってください」


 意気揚々と出発準備を始める皆だったが、それをクリムは止めた。

 それも当然だろう。

 まだどこに件のグリーフドラゴンが現れたかなんて言っても居ないのだから。


「彼のグリーフドラゴンがどこに居るのか、アカネはご存知なのですか?」


「うん、大丈夫だよ もうどこに居るのかは知ってるから問題なし」


「……説明を…頼む」


「あぁ、そうだった 説明しないと」


 そう言うとアカネはドランを指差す。

 いきなりの事に目を丸くするドランだったが、そんな事お構いなしにアカネは説明を続ける。


「グリーフドラゴンってあんまり一か所から動く事がないんだよね 特に戦ったりして消耗した後とか」


「あぁ、そういや「逃げない事を利用して戦う」とかなんとか言ってましたっけ、軍団長は」


 グリーフドラゴンは他の種と比べ、明らかに住処を移動したり遠くへ離れたりと言った行動をしない習性を持つ。

 それが決死の覚悟で戦っているからなのか、何か逃げられない理由があるのかは解明されていない。

 独自のルートでアカネが知っているような事もないので、どうしてなのか説明出来る人物は居ないだろう。


「で、今回のグリーフドラゴンはどうもドランくんも知ってるっぽい、と」


「はぁ、まぁ… オレをこんな身体にした張本人、いやドラゴンですけれど…」


「だったらそれ、グリーフドラゴンじゃないよ」


 これまでの前提を覆すような発言を、アカネはしれっと言ってのけた。

 話をちゃんと聞いていたルシフもこれには驚いているようだ。

 何か言いたそうな顔をしつつも、何から聞けばいいかで悩んでいるらしい。


「最初は私も知らない魔法か、別のグリーフドラゴンかよく似た別種が棲みついたのかなって思ってた けど情報集めてる内に分かっちゃったんだ」


「教えてください勇者アカネ 一体彼のドラゴンがグリーフドラゴンで無いのなら、何者なのです?」


「グリーフドラゴンの死骸で作ったドラゴンゾンビ」


 その名を聞いて、これまた皆が驚いていた。

 もしもこれが本当なのだとすれば、グリーフドラゴンなんてレベルでは済まされない。


ドラゴンゾンビとは


その名の通りドラゴンの亡骸を使用して製作されるアンデッドの一種であり、その危険度はグリーフドラゴンとは比べものにならない程高い。

基本的に自然発生する事は無く、闇の属性に長けた魔術師が数名がかりで何日もかけて作り上げている。

理論上どの種類のドラゴンでも製作は可能だが、性能や属性は作る際に使ったドラゴンの種類に強く依存する。


生きていた頃の自我はほとんどないが、従順に言う事を聞く訳では無く、敵を発見次第殺戮を繰り返す殺人マシーンとなる。

復活後の魔力量は何倍にも跳ね上がっている為、生前よりも数段手強い相手へと変貌する。


報告例はそこまで無いが、歴史上で何度か国の興亡に関わる時期にドラゴンゾンビが姿を現した事があると言われている。


なお、勇者かそれに次ぐ実力を持ってやっと戦える程に強力な敵である。


「ドラゴンゾンビ… 勝てるのですか?」


「問題なく倒せるよ」


「……助太刀無用…に… 願います…」


「わかりました どうかお気を付けて」


 二人の勇者ともなれば、その戦闘力は計り知れない。

 魔力に愛された天下無双のアカネ、星の数程の武技を持つルシフ。

 この二人が一緒となれば、これ以上の戦力は少なくともこのエンゼリアには存在しない。


「それじゃ、行ってきまーす」


「……」


 こうしてアカネたちはドラゴンゾンビ討伐へと赴くため謁見の間を後にした。

 残されたクリムはと言えば… この件に関して少し残念そうな顔をしていたのだが、その理由が少し違っていた。


「……はぁ… これだけの条件が揃えばと思いましたのに… ジーク様はお連れにならなかったなんて…」


 頭の中に思い浮かべるのは、以前にアカネが謁見の間へと呼ばれた際に連れていたジークの事だった。


「もういっそ直接呼び立ててしまいましょうか…いえ、それではあの方と…」


 ぶつぶつと考えを漏らすクリムの顔は、恋をする乙女に見るそれだった。

 好きな異性の事を思い、胸の鼓動が早くなってしまう。

 意識すればするほどその気持ちは強くなっていく。


「あぁ、また逢いたいものです… ジーク様…」


 この国の王女として、何の理由もなく呼び付けるような真似は許されなかった。

 そもそも彼女自身の王女としてのプライドがそうさせなかっただろう。

 あくまでも偶然の再開、それがクリムの望むジークとの再会だった。

 はてさて、再開が叶うのはいつになる事やら。


クリムが物思いに耽っている間にもアカネたちを乗せた馬車は王都を出発し、ドラゴンゾンビ討伐へと赴く。

国全体の脅威とすらなりうるドラゴン相手に、アカネはいったいどう戦って見せるのか。


続く

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