【新しい友達】chapter:3
「アカネ様、着きました」
「清掃は間に合ってくれたみたいね それじゃあ改めまして 二人とも?ようこそ我が城、ブラッドムーン城へ」
「おぉー、綺麗なお城…」
馬車から降りたアカネたちの前には、到着するまでに見えていた通りの立派な城が視界いっぱいに広がる。
首都にあるような大きな城ではないが、一つの家族が住むには確実に広すぎるだろう石造りの建物が目の前にあった。
さっき窓から覗いた時にはせっせと働いていたスケルトンたちの姿もすっかり見えなくなっている。
エリスの言った通り、清掃が終わったので仕事を完了した彼らは姿を消したのだろう。
「そうでしょう? お父様が当時の魔王様から賜った由緒あるお城なのよ!」
「自慢のお城なんだね」
「その通りよ! 後でお城の中を案内してあげるわね」
「うん、楽しみにしてる」
客人を招くこと自体久しぶりなのだろう。
率先して案内を買って出る城主のエリスの表情は嬉しさのあまりか緩んでいた。
見た目相応の女の子って感じで可愛い。
「まずは馬車を」
「問題ないわ、客人なんて滅多に来ないもの その辺で楽にさせてあげなさい?」
「そうなのか? んじゃそうするか おう、お前ら!ご苦労さん 暫く楽にしてていいってさ」
「馬に話しかけてる…」
馬車と馬を繋いでいた金具を外して馬車の位置を固定したドランはそのまま馬車をここまで曳いてきた馬たちを労う。
撫でたりしつつ固定具を外し、自由な状態にしてやる。
そんな光景が珍しいのか、エリスは奇特な物でも見るかのような視線を送っていた。
「ドランくんって馬好きだよね」
「これくらい普通ですよ普通 完全にアイテムとかって割り切ってるお偉方じゃあるまいし 運んでくれたんだから運んでくれてありがとうは基本っしょ」
「…なんでそんな考え方の出来る人間があんな態度になっちゃうのかしらね…」
「んなもん知るか おらとっとと城の中案内しやg」
馬を楽にさせてその辺で草を食みだしたのを見送ってから、ドランはそのまま城の中へ入ろうと一歩を踏み出す。
その一歩と同時に、ドランの言葉が途切れる。
何かのトラップが動作したらしく、振り子のような鉄球が一瞬でドランの頭を叩き潰したのだ。
勢いそのままに吹っ飛ばされてアカネの足元に帰ってきたドランの首から上は見るも無残な姿になっている。
とても見せられた物じゃないし、アカネのような女の子が見たら卒倒必至だろう凄惨な物…のはず。
「あら、まだ撃退トラップが生きてたのね」
「やれやれ… ダメだよドランくん、勝手に入ろうとしちゃ」
だがこの女性陣二人の落ち着きようは常軌を逸していると言ってもいいだろう。
アカネからすれば見慣れた光景だし、エリスからすれば、やはりこれも見慣れた光景なのだから。
「んな事言われても…」
「いやらしくて汚い音ね… 人間ってみんなこうやって再生するの?」
「ないない これはドランくんの能力のおかげ 普通の人間だったらあのトラップ一撃で死んじゃってるよ確実に」
頭部をぐちゃぐちゃに破壊されたにも関わらず、アカネの声に反応して残念そうな声を上げるドラン。
その頭部はまるで植物の成長を何十倍にも加速して見ているかのように骨と筋肉とが次々と構築されていく。
ぐちゅぐちゅと音を立てつつ再構築されていく様子を暫く見守っていた二人の目の前には、すっかり元通りの顔になったドランが寝転がっていた。
「よっし、元通りに戻った… ドランくん?」
「あぁ、蘇ってすぐ純白の下着が拝めるとは さっすがアカネ様」
「ドランくん…」
そう。ドランがトラップに吹き飛ばされ滑りこんだのはアカネの足元だった。
つまり頭が回復したら見えた訳である。
アカネの下着が。
スカート履いてたからね。見えちゃうよね。
「貴女、よくこんな男を連れているものね… さて、そんなのは放っておいて中へ入りましょう?」
「そうだね ドランくんはさっき無断でお城に入ろうとした事と私のパンツを見た罰として撒き散らしたドランくんの血を掃除してから来ること」
「アカネ様の命とあらば」
ここでアカネの指示に噛み付いたりして来ない程、ドランはアカネに心酔しているのだと今日会ったばかりのエリスにもよく分かる。
嫌な顔一つせずに作動した後放置されたままになっているトラップの鉄球やその足元に撒き散らされた彼自身の血痕や肉片を手早く清掃していく。
あの手際からして、自分の肉片を片付ける事にはもはや慣れてしまっているのだろう。
「さて、着いていらっしゃい 案内するわ…って、貴女何やってるの?」
「あはぁ~~っ…」
城の玄関口に入った所でアカネは眼を見開いて大口開いてキラキラ輝いていた。
まるで大好物を前にした子供のように。
無邪気で喜んでいるのがすごく伝わってくる。
彼女の視線の先にあったものは…
「ねぇねぇ! これってカイザードラゴン?」
「まさかと思っていたけれど本当に入って最初にコレに反応するとはね…」
帝龍とも呼ばれるドラゴン種、カイザードラゴン。
その名の通り、ドラゴンという種における皇帝の一族がこの種とされる。
個体数は非常に少なく、その個体全てが世界の理から外れた超常の存在であるとされ神聖視される事も少なくない。
人族からも魔族からも畏敬される生物としての頂点の一種。
そんなカイザードラゴン…の肖像画を目の当たりにしてアカネは大喜びしていたのだ。
「これは私のお爺様の盟友だった御方の肖像画だそうよ」
「エリス目線でのお爺さんって事は…多分かなーり昔だよね…?」
「ええ、数百年は前だと思うわよ?」
「数百年かぁ…」
アカネからすれば果てしなく遠い過去の話になるが、エリスからすればきっとそんなに過去の話と言う訳でもないのだろう。
種族による寿命の差が、こういったところでギャップとなってしまう事もあった。
まあよくある話だ。
特にアカネの場合なんて、好きな種族がドラゴンである。
人間に近い寿命しか持たない種類も確かに居るが、ドラゴンはだいたいが人間の何倍も長く生きる事が多い。
ましてや比較対象はカイザードラゴンだ。
明確な寿命は不明。
だがそれ故に!
「私も会えるかな!」
アカネの表情はワクワクに満ちて輝いていた。
それはもう、横に居るエリスがもし伝来通りの弱点を持って居たら眩しさに焼かれていたんじゃないかってくらいに。
「輝いてるわね… きっと会え…ちょっと待って、物理的に輝いてるっ!?」
「ただの魔力の輝きだから気にすんな」
「あ、ドランくん戻って来たんだ ちゃんと後片付けやった?」
「はい、言いつけどおりにしてきましたよ」
全く動じていないドランを見るに、アカネのこの状態は今に始まった事ではないらしい。
アカネにしても、自分の状態をまるで驚いていない。
「魔力の輝き…?」
「うん 私の魔力って感情とか環境に大きく左右される部分があるらしくって たまにこうして強く受け入れちゃうんだ」
「綺麗だろ? でも触れるとヤベーから気を付けろよ アカネ様、失礼しますよ …こうなっから」
そう言って実践したドランの左手は手首から先が無くなっていた。
弾け飛んだと言うよりは、消滅したといった感じだろうか。
「どうなって… そう、ヘブン属の魔素ね」
「理解が早いな、ガキんちょ」
ヘブン属、それはこの世界に溢れる魔力を大きく分類した際の属性の一つである。
分かり易く言うなら、光属性の魔力の素とでも言えばいいだろうか。
その性質は分解。干渉した物質を魔素や元の物質と同じ素材へ分解する事に長ける。
使っている者が多い職業としては錬金術師やアイテムマスターなどが使うのに向いている。
「吸血鬼の家だから漂ってるのはアビス属の魔素だと思ってたけど… エリスちゃんの家なら納得かも」
「あら、どうして?」
「そりゃおめー、あんなにトラップだらけの城を管理して、しかもスケルトンを…それも遠隔で同時に操作してんだ アビス属の魔素じゃそんな丁寧な事できねーって ね、アカネ様」
「それもあるけど、ヘブン属の魔素の持ち主って優しい人が多いから」
アカネがエリスへ向ける笑顔は、本音そのままを表していた。
彼女が纏うヘブン属の魔素による輝きが加わると、アカネの笑顔が神々しい物にすら見える。
少なくともドランはそう見えているのだろう。
「うぅ…そうまっすぐ言われると恥ずかしいわね…」
「お? 照れてんのか? ガキんちょのクセに」
「それはっ …照れもするわよ、あんなに無垢な笑顔と言葉…」
「お、おう…」
顔を背けるエリスの仕草は、まるで恋する少女のような反応だった。
「おっとっと… 流石にこれ出しっぱなしはマズいよね…… よし、これでもう大丈夫」
「俺の手もすっかり元通りですよ」
「ごめんねドランくん 痛かったよね」
「い、いえいえアカネ様の為ならこんな手なんかいくらでも… あっ…」
アカネが呼吸を整えて自分の纏う魔力を調整すると、身体中の輝きが収まって行く。
そうする事で、もう何かに触れても分解してしまうような事は無くなる。
説明の為とはいえ分解してしまったドランの手はもう元通りになってるが、それでもアカネはそうさせてしまった事をドランに謝罪する。
「俺とアカネ様の手が…」
「手? どこか痛かった?」
「…これは手を繋いだカウントに入れていい…んスかね…」
「手を繋ぐ? こう?」
ドランの手は、さっきの魔素の説明の為に籠手を外していて今は素手だ。
そしてアカネも、元から本当に勇者かと疑いたくなる程軽装なので今は素手。
さらにドランの提案でアカネと手を繋ぐ。
「……どう?」
「…アカネ、手を離してあげたら?」
「エリスちゃん? どうして?」
「この男… 幸せそうな顔で白目向いてるわ」
アカネがドランの顔を見てみると、エリスの言っていた通りものすごく幸せそうな顔をして気絶していた。
今までの人生の中で一番嬉しかった記憶として、彼の心の中に残り続ける事だろう。
漢ドラン21歳、幸福の中での立ち往生であった。
「……は、反応に困るなぁ…」
「…はっ!? アカネ様を困らせる奴ぁドコだ!!」
「あなた、一度鏡で自分の顔見てきたらどう?」
案外すんなり戻って来たらしい。
「あ? 何言ってんだガキんちょ さてはお前かアカネ様困らせてる奴は」
「そんな訳ないでしょ 落ち着いてドランくん 私今は困ってないから ね?」
「う… あ、アカネ様がそう言うなら…」
アカネの言う事は素直に聞き入れるのがドランという男だ。
何か言いたげな顔はしていても、だんだんと気付かされる。
今アカネを困らせているのは自分なのだと。
「さてと… いつまでここで立ち話しているつもり? 奥で食事にしましょう」
「そうだね」
「飯か!」
「言っておくけれど、ウチのシェフは一流料理人にも勝る腕の持ち主よ 楽しみにしておいてね」
そのままエリスに奥へ案内されると、既に食事の用意が済まされていた。
宿屋の食べ慣れた家庭料理とはまた違う、高級な食材が並べられている。
王族御用達の高級料理店にも負けない高貴な味わいがそこにはあった。
違う所と言えば…周りにスケルトンが控えているくらいだろうか。
「ごちそうさまぁ」
「お粗末様 よく食べるわね」
「最初は腐ってんじゃねーかと思ったが、普通に美味いじゃねーか」
「失礼ね 客人に出す食材が腐っているわけがないでしょう」
「そりゃそーか 美味いもんをありがとな」
楽しい食事の時間もあっと言う間に過ぎていき、何事も無かったかのように終わってしまった。
少し寂しい気持ちになるエリスだったが、そんな彼女をアカネは見逃さない。
困っている人を決して見捨てないという勇者の義務感だとかそう言うものではなく、アカネ自身がそうしたいと望んだから思ったように動く。
席を立ってエリスの元へ行き、手を取り優しく語り掛ける。
「大丈夫、また遊びに来るからね」
「…ふぅん…? 次はいつ来てくれるのかしらね?」
「紹介したい人が居るから、今月中にはまた来ると思うよ」
紹介したい人、なんて言い方がいけなかったのか、アカネの背後でピンと来たドランが勢いよく椅子から立ち上がった。
「アカネ様!? なんですか紹介したい人って!アレですか!アカネ様?!」
「すごい取り乱しようね? どんな誤解をしてるのか顔に書いてあるわよ?」
しかも表現方法が小指を立ててアレ呼ばわりとかいう古典的な古さの表現力であった。
人間よりもはるかに長い時を生きているエリスですら古いと思わせる程度にはドランのその仕草は古い物だった訳である。
これも古さを歴史と重んじ大事にする傾向のある文化を持った国の騎士故だろうか。
「…アレって言うのがどれの事か分かんないけど… ドランくん、一つ聞いて良い?」
「っ?! (流石に取り乱し過ぎたか…) はい、なんでしょう」
「…その小指、何?」
まだまだ少女であるアカネには、ドランの立てる小指の意味が分からなかったらしい。
まさにジェネレーションギャップ。
そう年が離れていない筈のドランですら、この手の古典的な物は知っている。
だがそれより少し若い世代であるアカネにとってはその手の示す意味が何なのか、まったく分かっていない。
「あ…あぁ… これは…あれですよ つい手が出ちまったというかなんというか…」
「…そのままの純粋な貴女でいてね、アカネ…」
「…? まあいっか ちょっと気になっただけだし」
細かい事をいつまでも延々と聞き返したりするほどアカネの性格は暗い物では無かった。
というか彼女の性格に暗さなんてまるで感じない。
「ところで…」
「ん? どうしたの?」
「帰る前に…少しだけ貰ってもいいかしら」
「んなっ! テメェやっぱそれが目的か!」
物欲しそうにアカネを見つめるエリスの顔を見たドランは思い出す。
移動中の馬車でやっていた事を。
「うん、いい…」
「ちょっと待った! アカネ様のを吸うくらいなら俺のを吸いやがれ」
「嫌よ 何を狂えば貴方みたいな野郎の血を吸わなきゃならなくなるのよ」
「コイツ、身代わりになろうと下手に出てりゃ舐めやがって…」
アカネが快諾しようとしたのを横から割りこんで自分を犠牲にしようと腕を差し出す。
確かにドランならいくら血を吸われた所で死ぬことはないのだろう。
だけどエリスは一瞬でそれを断った。
そりゃそうだ。
「私はアカネの若くて魔力に溢れた瑞々しい血が欲しいのよ」
「ひゃっ! ちょ…エリスちゃん、くすぐったいよ…」
一瞬でドランを無視してアカネの背後へ移動したエリスはそのまま両手でアカネを優しく抱き寄せる。
ついでに魔法でドランの身体の自由を奪いその場に立ち尽くさせる。
五月蠅くするのも分かってるからついでに喋れなくもしておいた。
後は何かを訴えようともがくドランに見せつけるように、アカネの首筋に舌を這わせていけばいい。
「じっとしていてね? 彼に見せつけてやりましょう… はむっ」
「んぅっ…」
ちょっとくすぐったかったり痛かったりしたがしょうがない。
自分が僅かな痛みを感じるよりも、友達が困っている方がずっと苦しいのだ、アカネにとっては。
そっと服のボタンを外されて、はだけた首筋にエリスの歯が食い込んで行く。
血が抜かれているのだと僅かに分かる感覚と共に、エリスがゴクリと喉を鳴らしてアカネの血を飲んでいる音が聞こえていた。
「~~~っ!! ~~~~っっっ!!!」
「んふふ… あむ…んっ…」
「ふっ… うっ… ま、まだ…?」
やめろと叫ぼうとしているのだろうが、ドランはエリスの魔法で身体の自由を奪われて喋る事も出来ない。
その悔しそうな顔を見ながら、エリスは笑みを浮かべる。
くすぐったさに声が漏れそうになるのを我慢しているアカネの問いには答えず、無言で血を吸い続ける。
答えない訳ではなく、答えられないから。
「…ぷはっ… やっぱり美味しいわね、貴女の血 それだけに少ししか吸えないのが残念だわ」
「そんなに出ないものなの?」
「きっと貴女の魔力が出血を抑えてるんでしょうね だから一度に吸えてもティースプーン一杯が限度、正直物足りないわ」
「そう言えば戦うようになってから怪我の治りが早かったような… いや元々かも」
「もしかすると、そういう家の生まれなのかもしれないわね」
生まれた家によって、その家系特有の能力を持って生まれてくる者も居ない訳ではない。
まぁ種族が多種多様になっているこの世界においてはあまり意味を持つものではないのだが。
それでも全く無いというわけではない。
「そうなのかな… 私の家って普通だと思うけど…」
「あら、勇者を輩出した家系が何も無い普通の家だって言うの?」
「あはは…どうかな。 少なくとも私はそういうの何も聞いてないんだよね」
「お父様やお母様とそういうお話はしなかったのかしら」
「私が小さい頃に…」
両親について語ろうとするアカネの顔は、さっきまで笑っていたのが嘘のように暗く悲しいものになっていた。
思い出すだけでも胸の内側がズキズキと痛むような、そんな表情をしている。
「…ごめんなさい、無神経だったわね。 非礼をお詫びするわ、許してちょうだい」
「う、ううん!大丈夫!気にしないで? ただ…うん、お父さんとお母さんの事についてはまた今度…気持ちの整理がついてから話すね」
「ええ、話してくれるのを待ってるわね」
良い感じに話が収まった所で、いつの間にか拘束魔法から抜け出していたドランが慌てて戻ってくる。
その手には一通の手紙が握られていた。
ついでにドランの頭には伝書用に鍛えられた鳥が、丁度いい巣でも見つけたかのごとく足を降ろして寛いでいる。
どうやら馬車の準備をしていた所に伝書鳥がやってきたらしい。
それにしたってこの鳥、人の頭の上でかなり気持ち良さそうに寛いでいるようだ。
振り落としたりしないのは、ドランが元からそういう性格だからだろう。
「アカネ様ぁ!」
「ドラン君、どうしたのそんなに慌てて?」
「王城からの緊急文です すぐに王都へ戻ってこいと書いてます!」
アカネが受け取って読んでみると、確かにアカネを名指しして王都にある王城へ戻ってくるよう書かれていた。
「なんだろう… それじゃ、エリスちゃん、また来るね」
「ええ いつでもいらっしゃい? 待っててあげるわ」
そう言って手を振りながら、エリスは二人を見送ってくれた。
これから先も良い関係で居られたらいいな、なんて考えながらアカネたちは王都へ急ぐ。
王都へ帰ったアカネたちを待ち受けていたものとは一体…
続く