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【新しい友達】chapter:1

 クリム姫、すなわちアカネのいる国のお姫様からの依頼によりアカネは今、朱月の湖畔へと続く森の街道を進んでいた。

 明かりの灯ったランタンをぶら下げて、馬車は進む。


「……」


「ねぇ、ドランくん? もう一回聞いて良い?」


「はい、なんでしょう?」


「…なんで私とドランくん以外に誰もついてきてないの?」


 馬車の外を歩く兵が居る訳でも、一緒に乗り合わせた兵が居る訳でもない。

 ドランが馬に引かせる馬車にはアカネ以外誰も乗っていなかった。

 というか荷物を載せるような馬車でなく貴族の乗りそうな座り心地のめちゃくちゃ良いものだ。


「エンゼリアの王国騎士団を一隊連れて行っていいと言われましたが、俺の方からお断りしておきました」


「なんで?」


「アカネ様が居ればそれだけでこちらの勝利は確定したようなものですから」


「本音は?」


「アカネ様と一緒のパーティーでクエストだってのにどこの馬の骨とも知れない野郎を連れて行ける訳ないじゃないですか こちとら折角の二人きりチャンスなんだよ。それを邪魔されでもしたら…」


 そこまで言った直後に「あ、つい本音がポロリと」みたいな顔をしているが、本人の前で堂々と言う辺りもうどうしようもない。


「そっか… まぁいいよ、寧ろいつものドランくんだなって安心した」


「勿体なきお言葉…」


「それよりさ、これから行く朱月の湖畔って所について聞いてもいい?」


「分かりました 朱月の湖畔は広大な森の中にある城と湖が特徴的な一種の名所みたいなとこでして、エンゼリアの西端にある魔領のひとつで吸血鬼が治める領地だそうです」


「ふーん… え、領主を討伐しにいくの? 依頼内容に吸血鬼の討伐とか書いてあったんだけど」


 そんな「ちょっと遠くまで採取に行ってきて」みたいなノリで領主の討伐を命じられても困る。

 てごわいとか苦手とかではなく、人と魔のバランスとかそういうのを懸念していた。


「なんでも少し前に湖畔へ出向いた騎士団が壊滅的な被害を受けて逃げ帰って来たとか それで、帰ってきた奴らが「吸血鬼に襲われた」と口々に言ってたらしいです」


「なるほど… 好戦的な人だったのかな それで騎士団も襲われちゃった、と」


「それだったらとっくの昔に討伐司令とか出ててもよさそうなもんだとは思いますけどね」


「だよねー… 凶暴化しちゃったとかなのかな」


「狂化の類ですか? 領主やってるような奴に効くんですかね そもそもいつ誰が何のためにそんな事を、どんな手段でやったんですかね」


「一言で狂化って言っても色々あるからね 大人しい性格の子を反転させて暴れさせる狂化魔術とか」


 そのせいで苦しみ狂い暴れるドラゴンを見てきた事のあるアカネは、そういった魔術は大嫌いだった。


「まぁ、控えめに言って暴れさせる以外何の役にも立たない魔法だし、今すぐにでも消滅して欲しいなって思ってはいるよ」


「そこまで思い悩んで… 分かりました、このドラン・レイジア、必ずや狂化魔術の撲滅を」


「いやいいよ、なくならないっていうのは分かり切ってるから」


 明確な理由があるからこそ、アカネは誓いを立てようとするドランの言葉を遮る。

 こんなどうでもいいことで騎士の誓いを立てさせるドランもどうかと思うが。


「それまたどうして?」


「悪戯感覚で使えるような簡単な魔術もあるからねー それに、混乱魔法も視野を広くして見れば狂化魔術の一種なんだよ」


「なるほど… 俺は魔法や魔術はからっきしですから勉強になります」


「そこはまぁ体質的にも仕方ないよ だってドランくん…」


「静かに… さっきから変な雰囲気があります」


 周囲を見回して警戒する。

 うっすらと霧が出ている以外は、普通の森の道だ。


「……早速?」


「分かりません、さっきから… あぁ?」


「ドランくん、どうしたの? 私も出たいんだけど?」


「アカネ様が出るまでもねぇ… こんな吸血鬼なんざ俺一人でやって見せますよ!」


「ちょっと待って、吸血鬼?!」


 御者台から降りて剣を構えるドランの視線の先には、ふよふよと宙に浮かぶ細身で大柄な男の姿があった。


「おいコラ木偶の坊! 降りてきやがれ! 斬り捨ててやっからよ!」


「……」


「……? あの吸血鬼…」


 ドランがどれだけ吼えようが、吸血鬼は微動だにしない。

 まるでそこにいないかのように、反応がまるでないのだ。


「降りてこいっつってんだよ聞こえてんだろうが! っ! あぁ…? んなもん痛くも痒くもねぇんだよ!」


「やっぱり… ドランくん、大丈夫?」


「こんくらいなんて事ないですよ アカネ様も知ってんでしょ? 俺の呪いの事」


「ドランくんが「不死身の盾」なんて二つ名を持つ所以だからね」


 宙を舞う吸血鬼にケンカを売るドランだが、足元に痛みを感じる。

 けれどそこには何かが刺さっている訳でもなく、ただ血だけが流れていた。


「それよりアカネ様、解決策っつーか打開策はありますか?」


「あるよ? 三つ数えたら目一杯の大声で怒鳴ってみて? 相手を滅茶苦茶怖がらせる感じで!」


「そういう事ならお任せですよ」


「いくよー? さーん、にーっ、いーち…」


 ドランの大声に備えて耳を塞ぐ。

 ついでに馬車を引く馬の耳にもプロテクション、要は防御する魔法をかけておく。


「だぁぁぁああ!! ふざけやがってぇ!! ぶっ潰してやらぁぁ!!」


「耳塞いでてもキンキンするぅ… けど、効果はあったみたい」


「あん? なんだコイツら 頭抱えて尻尾撒いたトカゲ?」


「ミラージュリザードだね ほら、浮いてた吸血鬼も消えたでしょ?」


 どうやら幻を見せられていたらしい。

 ドランの足元で3匹程の子犬サイズくらいのトカゲが頭を抱えてその場に伏せて震えていた。


「ホントだ… さすがはアカネ様!」


「それじゃあどうするかはドランくんに任せるね」


「どうするか?」


「怯える姿を憐れんで逃がすも良し、無慈悲に斬り捨てて屍へ変えるも良し、生殺与奪はキミのものだよ」


 いつもの穏やかなアカネからは想像も出来ない程に物騒な言葉が彼女の口から飛び出す。

 しかもその言葉は、ドランにとっては笑って誤魔化すとかそういう次元を超えるレベルで胸の奥へと突き刺さる。


「……アカネ様、分かってやってますよね、それ?」


「うん これはちょっとしたテストだよ 死に行くドラゴンを憐れんだ事で不死の呪いを背負わされた可哀そうな騎士さん」


「…やっぱ怖ぇよ、我らが竜の勇者様はよぉ… おら、早く散りやがれ しっしっ」


 軽くその辺の石ころを蹴飛ばしてミラージュリザードを見逃す。

 周囲に敵が居なくなったドランはそのまま御者台に戻って馬車を歩かせ出した。


「ふーん、まぁドランくんならそうするよね」


「…何が言いたいんでしょうか?」


「ううん、ただやっぱりドランくんは優しいなぁって」


「優しい? 俺がですか? あのトカゲどもは馬車の進行上に居て邪魔だったんで追っ払っただけですよ」


「そういう所が優しいんだよ でも忘れないでね? さっき逃がしたリザードたちが、またどこかで誰かを襲うかもしれないって事を」


 つまりあそこで逃がすという選択肢は間違っていたと言いたいのか。

 別にそういう訳ではないのだが、果たしてそれを汲み取れるだけの賢さがドランにあるかどうかは疑問ではあった。

 もしもあそこで皆殺しにしていたとしたら、それはそれで別の言葉をかけていただろう。

 「今殺したリザードたちにも家族は居ただろうことを忘れないでね」とかそういう言葉を。


「そこまで俺が保障するとでも? 第一、俺は人間が嫌いなんですよ、アカネ様以外はみーんな」


「けれど、ドランくんは人間を護る騎士の務めを立派に果たしてる。 これはすごい事なんだよ」


「お褒めに預かり恐悦至極 アカネ様の言葉の為なら嫌いな人間連中もいくらだって守ってやれますとも」


「これからも頑張ってね」


「御意! アカネ様の為ならば!」


 すごく嬉しそうにしているのが、壁を隔てた向こう側からでも良く伝わってくる。

 御者台でピョンピョン飛び跳ねていたりするかもしれない。


「ドランくん、もしかしなくてもすっごく喜んでる?」


「そりゃ勿論!」


「それじゃあ、そんなドランくんにはちょっとした昔話、してあげるね?」


「アカネ様の昔話っ?! 俺めっちゃくちゃ気になります!」


 声音からして嬉しそうなのは伝わってくるが、あまりのテンションの高さに手綱を手放していそうだ。

 そう感じたからこそ、アカネは彼へちょっとした罰を与える事にした。


「そうだなぁ… これは一人の…人間が嫌いで嫌いで仕方の無かった若い騎士の話」


「えっ…」


「彼は生まれてからずっと人の闇を見て育ったからこそ、そうなるまいとして人を嫌いになった可哀そうな男の子でした」


「……」


「そんな彼はある日、とある部隊に入れられてドラゴンの討伐へと向かわされました。 相手は身体が朽ちていくばかりの可哀そうなドラゴンでしたが、誰もそのドラゴンを可哀そうなんて思わなかったでしょう。 だってそのドラゴンは村を襲い居座っていた悪いドラゴンだったのですから」


「あ、アカネ様…」


「そして可哀そうなドラゴンと可哀そうな男の子は出会ったのでした。暴れるドラゴンを鎮めたのは男の子ではありませんでしたが、命尽きるドラゴンを前に彼は言いました」


「…オレみたいなヤツだな…ですよね」


 昔話の途中に挟まって来たドランの言葉に、アカネは頷くだけで話を続ける。

 誰の事を語っているのか、ドランも理解しているはずだ。


「…そう憐れんでしまった彼は、死に行くドラゴンによる最後の抵抗によってある呪いをかけられてしまいました。 どれだけ痛かろうと、どれだけ苦しかろうと命を手放すことが出来なくなる不死身の呪い…それは今も彼を蝕んでいるのでした」


「…めでたくもねーですし、おしまいでもないですよね 現在進行形で今もこうして生きてる訳ですから」


「そだね… ドランくんは辛かったりしない?」


「いえ全く アイツには感謝してるくらいですから こんなクソみたいな呪いをどうもありがとうってね」


 死ねない呪い、説明によってはとても魅力的だろう。

 けれどそれは同時に、人として生きる事が出来なくなるようなもの。

 だからこそドランはこの不死身の呪いを「クソみたいな呪い」と形容した。


「昔話、まだする?」


「いえもう到着ですから」


「朱月の湖畔? よいしょっと」


「そこそこの速度出てますから危ないですよ」


「だーいじょーぶ」


 馬車の窓から身を乗り出して進行方向を見てみると、確かに森が開けた先に広がる小さな湖が見えてきた。

 ほとんど無風だからか、水面にはほとんど波が立っていない。

 漂う魔力が濃い事が原因だろうか、空に浮かぶ月はいつも見ているものよりも少し大きく見える。


「それであの城が…」


「湖畔の吸血鬼のお城? えーっと…ブラッドムーン城だって だから朱月の湖畔なんだね」


「別に月が赤かったりはしないんですね」


「そうだね やっぱりお城の名前がブラッドムーンだから朱月の湖畔って名前なのかな」


「なんでブラッドムーンで朱月なんですかね。紅月とかじゃなく」


 ドランの思いついた疑問に、アカネはさぁとだけ答えてもう一度湖畔の方を見てみる。


「…あれ、なんか飛んできてない?」


「コウモリの大群みたいです 洞窟から一斉に飛び出してきやがったのか?」


「みんなしてお腹空いてるのかなぁ」


 なんてのんきな事を考えているが、コウモリの群れの進行方向はこの馬車に間違いない。

 このままだと群れが一斉に馬車へ突っ込んでくる事になるだろう。


「ドランくん吸血されたら干からびるのかな?」


「アカネ様の思い付きっていつも思いますけど残酷ですよね! このまま一気に駆け抜けます、窓は閉めてくださいね」


「はーい プロテクションかけとくね」


 アカネが指に魔力を込めてちょちょいと振る。

 たたそれだけの動きだというのに、馬車を引く馬たちとドランにプロテクションの魔法が発動した。

 下手な金属鎧よりも堅牢な鎧となって身を護る事だろう。


「あぁ、アカネ様の魔法、アカネ様の魔力… うおぉぉ、やる気出てきた!オラ馬どもさっさと走りどぐべぇ!」


 ドランが馬へ怒鳴っている最中に、コウモリの大群は彼の顔面へ直撃した。

 一匹また一匹と体当たりしてはその場に落ちて、またすぐ飛び始める。

 馬車へぶつかる音もなんだかちょっと子気味良いリズムになっていてアカネの表情は明るい。


「…あ、もう通り過ぎたかな? あー楽しかったー」


「あらそう? なら楽しんだ分の料金を貰おうかしら?」


「えっ? あっ…」


 背後からいきなり聞こえてきた声に、アカネは一瞬反応が遅れる。

 その一瞬の遅れの間にアカネが感じたもの。

 それは首筋に走る痛みだった。


「いやぁ、いきなり襲ってきましたねアイツら アカネ様、大丈夫で…」


「あむあむ……ゴクゴク…」


「……」


「あ、あ、アカネ様ぁぁぁああああああ!!??」


コウモリの大群が去って行き、あわよくば馬車が体当たりされ続ける音におびえるアカネの顔が見れたらなーとか思っていたドラン。

後ろを振り向いて覗き窓から中の様子を見てみると、そこには座席に押し倒されているアカネの姿と、彼女の身体へもたれかかり首筋に噛みつく少女の姿があった。


続く

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