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【五大龍会議】chapter:2

 眩しい光を超えて、もう一歩踏み出すと景色はおおきく変わる。

 何も見えないくらい眩しかったのも一瞬で、次の瞬間にはレンガ造りの建物の中を歩いていた。

 これが転移魔法というものだ。


「…何回使ってもやはり慣れないな…」


「ついさっきまでの自信ありげな顔が嘘みたいだね」


 ゲートをくぐる際の感覚は、ジークにとっては違和感を感じずにはいられないものとなっていた。

 具体的な説明をするならば霊感の強い人が霊の居る建物に入った瞬間に感じる寒気を想像してみてほしい。

 性質こそ違うが、感じ方としてはそんな感じなのだ、少なくとも彼にとっては。


「やはり俺は馬車で気ままに進む方が性に合っているらしい」


「それに助けてもらってるから、ありがたいよ本当に」


「こちらとしても話し相手が居てくれて助かっているよ」


 ゲートの設置されている施設を出ると、ついさっきまで居たエンゼリアとはまるで違う光景が飛び込んでくる。

 なにもかもが豪華絢爛と言った派手な意匠の建物ばかりが目立ってしょうがない。

 道を歩く人に至るまで派手でお洒落に着飾っている人ばかりだ。


「相も変わらず派手な街だな、ここは」


「ずっと前からこうだからね。でも私は好きだよ? こういう賑やかなのって」


 なんて言っていると、急に背後から手で目を覆い隠される。

 やろうと思えば顔に触れられる前に取り押さえる事だって出来ていたが、そんな無粋な事はしない。

 気配だけで誰なのか分かっているのだから。


「…だーれだー?」


「この手と声はユカリ…に見せかけてリュウグウでしょ」


「せーかい…ちぇー、手だけじゃなく声まで寄せてたのにバレるなんてさぁ? なんか悔しいなぁ」


 一瞬で見破られたのを残念そうにしながら姿を現したのは、ドレスベットではあまり見かけない着物姿をしたアカネと同じくらいの少女だった。

 群青色の長い髪と琥珀色の瞳をした彼女は、悔しいのやら嬉しいのやらといった表情で向き直る。

 一瞬だけ手が溶けるように歪んだ気がするがすぐに元に戻っていた。さっきまでの幼い手ではなく女性らしさのある細長い手だったが。


「なーんてね 久しぶり、アカネ」


「リュウグウも元気そうだね」


「そりゃ、まだまだ若いもんねー? っていうかアカネ、今回の衣装も派手だねぇ 色はなんか先輩イメージしてるみたいで気に食わないけど」


 デザインについては文句なし、ただ色のチョイスには文句アリ、といった感じらしい。

 白や青といった色使いの着物を着たリュウグウとは合わないからかとも思ったがどうやらそうではないらしい。

 では彼女の言う先輩とは誰なのか。

 答えは割とすぐそこまで迫ってきていた。


「赤メインとは思ってたけど、なるほど言われてみたら確かにそうかも…?」


「先輩…?」


「あぁそっか、ジーくんは先輩とは会ってなかったんだっけ?」


 ジーくん、なんて呼ばれ方をして最初こそ戸惑ったものだが今はそんな事も無い。

 でもちょっとは違和感を感じているからなのか、ジークの表情は何か言いたげな戸惑った表情にはなっていた。


「五大龍会議で面識があるのはリュウグウ、ユカリ、ガイアの三人だったな」


「神出鬼没なゼノンの爺様はしょうがないとして、修行中だった先輩は無断欠席だったからなぁ あー、なんか思い出したらムカついてきた」


「修行中? マグナ修行中なんだ もう既にけっこう強いのに」


 五大龍会議の赤色枠、リュウグウが先輩と呼ぶ人物の事をアカネはよく知っていた。

 なんせ五大龍会議で一番アカネに牙を向けていた…というより敵意を持っていたのが他でもないそのマグナという人物だからだ。


「あー、アカネ それ絶対先輩の前で言っちゃダメだからね?」


「だいたいは察した」


「さっすがジーくん!理解が早い!」


 そのマグナという人物が修行に集中していた理由。

 間違いなくアカネが原因である。ではどうしてそうなったかと言えば、理屈は簡単だ。

 過去にマグナは強敵の気配を感じ取ってアカネに勝負を挑み……軽くあしらわれた上になだめるついでに可愛がられた。

 それはもうマグナの心に深い敗北感を与えるくらい徹底的な愛でられ方で。

 もちろん、それをアカネが知っているわけもない。本人からしたら単純に可愛がっていただけなのだから。


「ところで二人とも、これからどこ見て回るの?」


「とりあえずはカイザーカップの会場かなぁ」


「その後に宿を確保してから五大龍会議の所へ向かう予定だった」


「あら、宿ならウチのを使えばいいのに 五大龍会議の集合場所にもなってるしさ」


 そういってリュウグウが指し示す先にあったのは、洋装の建築が並ぶ中では異質な和の粋を凝らした城。

 目立つのもあるがこの国のイメージと離れているからなのか、やはりどうにも目を引く。

 事実、入口を見れば人の出入りはとても多いようだ。

 ではそこを「ウチ」と言い表したリュウグウはどんな人物なのかと言えば…


「ホテル・リュウグウキャッスル 何十年でも居たくなる快適さがウリなんだけどなー?」


「そうだな アカネにとってはまず間違いなくそうだろうな だが遠慮させてもらう」


「アタシもダンサーとして踊ったりするんだよ? 龍の可愛い子たちと一緒に歌って踊ってねー?」


「えっ?! なにそれ見てみたい!」


 龍と聞いて心を弾ませるアカネだったが、その隣でジークはため息をついて呆れた顔になっていた。

 よくも余計なことを教えてくれたものだと、リュウグウを見る目に怒りが籠もる。

 そんなジークをよそにアカネのイメージは留まるところを知らない。

 絢爛なステージの上で踊るリュウグウや仲間の龍たちによる美麗な舞。

 それを見られたらどんな気持ちになってしまうのか、イメージだけでは推し量れない。


「でしょでしょー? 前まではガイアのオジサマが上手く隠してくれてたけどー…」


「ひゃっ?! な、なになにどうしたの」


「にひひっ アカネももう大人なのよってことー」


 急に両肩を掴まれて、何事かと慌てるアカネ。

 その指がアカネの身体の線を調べるように動いているからか、アカネからすればくすぐったい。

 幼い子供にはまだ早いからという意味もあったのだろうが、今のアカネにはもうその手は使えない。

 悪戯そうに笑うリュウグウの顔には、もう言い訳つけてアカネを遠ざけさせたりしないぞと書かれているようだった。


「やれやれ… アカネが興味を持ってしまったなら仕方ない… 宿の方はそちらで頼んでもいいか?」


「まいどありー お仕事終わったらアカネの部屋に遊びにいってもいい?」


「やったぁ! もちろん! リュウグウの仕事してるところも見に行くね」


 なし崩しに決定してしまった。

 ジークがリュウグウキャッスルを嫌がった理由は、アカネの性格上よろしくないのもあったが、一番はもっと別の単純明快な理由からだ。

 単純に高い。

 確かにサービスは良いし食事も美味しい、娯楽も充実している。

 だがドレスベットにいくつもある宿泊施設の一泊値段を平均して見ても、リュウグウキャッスルはそれをいくらか上回る。

 行商人としては、適当に安い宿を見つけていきたかった所だが、アカネが行きたがっているのだからもう仕方ない。


「いいよいいよー? アタシの踊りの虜になっても知らないけどねー」


「うん! 楽しみにしてるね」


「では手配を頼んだ 用事を済ませて夕暮れ時にはチェックインに向かう事にする」


「はーい ジーくんも楽しみにしててくれていいんだけどなー?」


 決定してしまった以上、予約を取る手間が省けたと割り切る事にした。

 時間的にはそうかからないだろう。

 それを見越して夕暮れ時を指定したが、果たしてそれで済んでくれるだろうか。

 カイザーカップを見に行って、アカネがドラゴンたちとの触れ合いをゴネでもしたら間に合わないかもしれない。

 …いや、逆に触れ合いをほどほどにして切り上げる口実が出来たと考える事も出来る。


「…見てから決めるとしよう」


「んー?ムッツリさんめっ …げっ」


「げげげーっ! って顔してたよ?ねぇマグナみてたー?」


「今更面白くもねぇだろそんなもん…」


 ジークをからかっていたリュウグウだったが、その視線の先に見知った顔を見つけて動きが固まる。

 気だるそうに歩く赤毛の青年を、紫髪の女の子が引っ張ってきていた。

 マグナと呼ばれた青年はどうやら少女に引き摺りまわされて疲れているようにも見える。

 少女の元気についていけていないのは、衰弱しているからか単に面倒くさがっているだけなのか。


「あー!アカネお姉ちゃん! やっほー!」


「何ぃ?! アカネだと?! テメェそれを先に言いやがれ!」


 どうやら後者だったらしい。

 アカネの名を聞くや否や、少女を荷物のように担いで人を掻き分けアカネたちの元へと走ってきた。

 青年の方は顔こそ似てはいないが、どことなくドランに似た雰囲気を持った乱暴そうな青年。

 少女の方は背格好こそルイのようなちびっこサイズだが、明るい性格やダボッとした和服選びはアカネっぽさが見える。


「やいアカネぇ!オメェ覚えてんだろうな!」


「うん、勿論! 今度の五大龍会議をしっかり終わらせたら私と再戦、でしょ?」


「へっ! 覚えてんじゃねえか…っと待てよ逃げんなリュウグウてめぇ!」


「あっははは… 先輩どうしたのー? ユカリちゃんお願いしておいたじゃん」


「置手紙で押し付けるのはお願いじゃねえ!強制じゃねえか!ふざけんなよテメェ!」


「マグナ顔まっかっか~!子供みたーい!」


 賑やかなのが増えた。

 そう心に思うジークだったが、この賑やかさも悪くはないな、なんて思っていた。

 だってリュウグウやマグナ、それにユカリと呼ばれた少女と一緒にいるアカネの顔はすごく楽しそうだから。

 それを見ているだけで、心が癒される。


「誰が子供だこんのガキぃ!」


「きゃー!こわーい! お姉ちゃんたすけてー!」


 怒鳴るマグナを、言葉でこそ怖がっていたユカリだがその顔や声色はすごく楽しそう。

 ぴゅーっと飛んできてアカネの背後に隠れてしまう。

 泣き出しそうな事などなく、すごく楽しそうな顔のまま。


「あらら… よしよし」


「あれ? お姉ちゃん今日は赤い服なんだ マグナとおそろいー」


「はぁっ?! アカネ!なに揃えてきてやがる! ケンカ売ってんのか?!」


 どうやらマグナの流儀からするとこれは挑発にあたるらしい。

 とか考えていたジークだったが、別にそんなことはない。

 ただの照れ隠しだって事、他の女性陣はみんな分かっている。


「先輩もスミに置けないなぁ いっちょアタシがおそろいコーデ見てあげようか?」


「要るかぁ! ったく…んで、そこのオマエは何なんだよ」


「自己紹介がまだだったか 俺はジーク アカネの付き人とでも思っていてくれ」


 これでようやく顔を合わせたことで、残すは神出鬼没とか言われていたゼノンだけが会っていない状態となった。

 果たして今回の五大龍会議には顔を出してくれるかどうか。

 なんて考えていると、マグナはジークの顔をじーっと見てきた。


「……おめぇ、ドラゴンか? 上手く化けてんじゃねえか」


「互いにな… しかし、初見で見破られるとは」


 別に以前から知っていた間柄という訳でもない。

 それなのによく見ればすぐに正体を見破る事も出来る実力者なんだと行動が示した。

 お互いの実力を簡単に見て、ある程度は信頼できそうだとも思っただろう。


「ねぇリュウグウ!ユカリにもアカネお姉ちゃんみたいな服欲しいなー」


「んー? 別にいいけど…つまりあの先輩とおそろいコーデになっちゃうよー?」


「あー…それはヤダ それじゃいいや!」


「あのなぁ…」


 子供っぽいと言うか、飽きっぽいと言うか… ともあれユカリの興味はアカネの格好から外れてくれたらしい。

 今もアカネの周りをグルグルと歩き回っているが、一緒に居られて楽しいのだろう。


「さて、それじゃアタシはもう帰らなきゃ ユカリちゃん、帰るよ?」


「えー?もっとアカネお姉ちゃんと一緒がいいー」


「お仕事終わったらアカネの所に行ってもいいよって言ったらどうする?」


「え?ウチくるの? やったー! 頑張って準備するね!アカネお姉ちゃん!」


 心の底からアカネが大好きなんだと分かりやすく態度に出てる。

 きっと眠るまで部屋に居付く気でいるんだろう。

 そのやる気が、今日の仕事が終わるまで続いてくれる事を願うばかりだ。


「嬉しいなぁ よっし、ちゃんとお仕事出来てたらご褒美あげるね」


「やったぁ! 帰ろっ!リュウグウ!」


「そだねー それじゃあアカネ、ジーくん、リュウグウキャッスルで待ってるね」


「おう、さっさとユカリ連れて帰れ帰れ」


 そうして帰っていく二人を見送り、三人がその場に残る事となった。

 ではマグナも帰るのかと思ったがどうやら違うらしい。


「あれ? マグナは帰らないの?」


「生憎とヒマなんでな ブラブラしてんのも性に合わねえし一緒に行こうぜ なぁ兄弟?」


「種族から違うのに兄弟…? おかしなことを言う」


 よほどヒマなのだろう。

 気が付けばジークと肩を組み仲良さそうにしていた。

 まぁ、そんな事する理由なんてそう多くある訳もなく。


「つれねぇ事言うんじゃねえよ …アカネを倒すのはオレだ。分かってんだろうな、ジーク?」


「何かと思えば… 恐ろしい程に長く険しい道になる、覚悟して臨むんだな」


 アカネに聞こえないようこっそりと話しているんだろうが、本人にはしっかり聞こえている。

 聞こえた上でニコニコした表情を崩さないのは、心の底から可愛いなぁこの子と思っているからだろう。

 我が子を愛でる母親のように。


「マグナー、ジークくん? ほら行くよー?」


「行くってどこに?」


「カイザーカップの会場だ アカネのドラゴン好きは知っているだろう?」


 マグナもドラゴンならアカネのドラゴン好きを見ただろうとは思ったが、どうやら思い当たるものがあるようだ。

 一瞬だけだったが何か嫌な物を思い出したような顔をしているのをジークは見逃さなかった。


「なるほどな? だったら俺も一緒に行こうかね」


「マグナも一緒に? いいよ、一緒に行こう」


「アカネが言うなら俺も構わない」


 こうして三人はカイザーカップの会場へと向かうのだった。

 とはいっても、そんなに距離が離れている訳でもない。

 ドレスベットの郊外、地図で言うなら西側地区を大々的に活用して作られたレース場がカイザーカップの会場である。

 レースに集うドラゴンたちも強豪揃いだからか、夢と希望を竜券に変えて握りしめた賭博好きたちが大勢押し寄せていた。


「入口の外だと言うのに熱気がすごいな…」


「俺ぁ博打の事はよくわかんねえけどよ、ああいうギラついた気配ってのは好きだね」


「竜券買ってやってみる? 私はドラゴンの子たちに会いに行くから買わないけど」


 竜券。競馬で言う所の馬券に相当するものだが、その仕組みはただの紙というわけではない。

 偽装防止の為に識別するための魔力が込められており、購入した本人以外の受け取りは一切認められていない。

 その魔力のおかげでちょっと水に濡らしたり火に近づけた程度では破損の心配はまったくない丈夫さを持つ。


「よく分かんねえけどやってみるかな… えーと、このレースで出てくる奴らが…?」


「俺はアカネに同行する 賭博をしに来たわけではないからな」


「うん、わかった すみませーん」


 ついてきたかと思ったら博打に興味を持ったせいで早々にマグナと別行動。

 まぁドラゴンと触れ合うアカネを見て嫉妬して暴れられても困ると言うものだが。

 そもそもマグナがそんなドラゴンだっただろうかという話はさておき。


「よろしくおねがいしまーす」


 あっという間に手続きを済ませたアカネはさくさくと会場の中へと入っていく。

 そこを通れるのはだいたいが出場するドラゴンのオーナーや騎乗して共に走る騎手だと思うのだが。

 こういうところはやはり筆頭勇者という肩書が役に立ってくれているのだろうか。


「あはー、みんな久しぶりー! 元気でよかったよー」


 ドラゴンたちが寛ぐ竜舎へやってくる。

 出場を前に英気を養うドラゴンたちが、アカネの匂いを嗅ぎつけてか一斉に覗き窓から顔を出してきた。

 どの子もアカネにちょっとでも触ってもらおうと必死にアピールしている。

 顔を覗かせたり、手を窓から出したり、恥ずかしがりだと尻尾だけ出すなんて子も居たが、みんなやる事は同じ。

 アカネの元気さに興味を示しているのだろう。


「みんな頑張ってね、私応援してるよ」


 にこっと笑顔を向けるだけでどの部屋からも地面を叩く音が地鳴りのように響く。

 やる気は十分と言いたいのだろう。

 ドラゴンたちからのアカネ人気が凄まじい事を言葉などなくても態度で表してくる。


「アカネ、もう十分か?」


「あはははっ うん、満足したぁ」


 ちゃんと全員のドラゴンみんなに挨拶していき、しっかりと応援もしてその顔はとても満足そうに笑う。

 こんなに明るく無邪気に笑う少女が竜の勇者なんて呼ばれる超人だって、知らない人が見たらそう簡単には信じられないだろう。

 それくらい今の彼女は楽しくて浮かれて舞い上がっている一人の少女にしか見えない。

 ドラゴンたちに舐められて顔がネバッとしているのもお構いなしなくらいには楽しんでいた。


「やれやれ… こういう所はいつまで経っても子供のままなんだろうな」


「えー? そんなことないよー」


「普通は恐怖で動けないのが通常の反応というものだと俺は思うんだが? 少なくともじゃれつくのはアカネだけだろう」


 実際、ドラゴンと言えばこの世界における上位種的な存在だ。

 こうしてレースに出るような、人に飼われて育つ種類だって実力は国の騎士にも匹敵し得る。

 それをこの勇者様は、ペットでも可愛がるように触れ合ってこうして分かり合うのだから底が知れない。

 ドラゴンの方にしたって、アカネを好ましく思っているのか好意的に受け入れている子たちばかり。

 飼いならされた者だけでなく野生で育つ大型の竜にしたってアカネに対する反応は明るいものが多い。

 たまに敵対的なドラゴンに遭遇する事もあるが、そういう輩はだいたいが我を失い暴走するか操られているものばかりな気がする。


「もしかしたら何か秘密があるのかもね ドラゴンに好かれやすい匂いが出てるとか」


「スンスンッ… いつものアカネの香りだが…これがそうなのか…?」


「っ?!? じじじ、ジークくんっ?!」


 丁度いい位置にアカネが居たのでさりげなく彼女の匂いを嗅いでみる。

 レースを目前にしてやる気に燃えるドラゴンたちが集う竜舎にいても、ジークがアカネの匂いを嗅ぎ間違えることなどない。

 何も彼女が生まれた時から育ってきたような間柄でこそないが、そこそこ長い付き合いなのだ、すっかり覚えてしまっている。

 慌てて恥ずかしがるアカネの見せる珍しく乙女な一面を見れたのは、たぶんジークならではの役得だろう。


「覚えておこう」


「覚えなくていいからぁ! ほ、ほらもう行くよっ! レース始まっちゃうから! ね!?」


「わ、わかった マグナと合流するとしよう」


 ぐいぐいと押し出されるように竜舎を後にして、観戦コーナーへ向かう。

 見れば竜券を握りレースはまだかと興奮を隠しきれていないマグナがそわそわしていた。

 あれほどまで分かりやすければ、目印に丁度いいというものだ。

 しばらくすると音楽隊が奏でる音楽に合わせてレースに出場するドラゴンたちが入場してくる。

 さっきまでアカネの存在を感じただけで喜び尻尾を振り、嬉しそうに鳴き声を上げていたのを思い出すが、今の彼らにその浮ついた顔はない。

 それだけこのレースに心血を注いできたのだろうというのが観客席に居ても伝わってくる。真剣な眼差しはコースとライバルたちにのみ注がれている。


「お前たちも戻ってきたか 今日一番の大勝負だってよ」


「みんなやる気だねー どの子も真剣な目をしてる。みんな頑張ってね」


「竜舎で見てきたが、こう並ぶと種類の差が激しいものだ」


 二本足で立つ恐竜のようなドラゴンや、四本足で立つトカゲのようなドラゴン、腕が翼になったワイバーンなど多種多様な者達がエントリーし、それぞれに心を通わせた騎手を背中に乗せてスタートゲートへ入っていく。

 ドラゴンの大きさに合わせて調節が出来る仕組みなのだろう、その種類によってゲートの大きさが違っていた。


「普通に考えれば飛行できるワイバーンや翼を持ってる奴が早いに決まってる だからソイツに賭けてきたぜ」


「普通の競争ならそうだね。 ならマグナ、あのヒモ分かる?ゲートの屋根についてるやつ」


「知らねえな ただのヒモだろ?」


「飛行可能種の飛行限界高度だよ ちなみに羽ばたく翼がオーバーしても問題ないけど騎手やドラゴンの頭の角とかがアレを超えると反則になるの」


「ほぼ飛べねえって事じゃねえか!?」


 もし飛べても、地面スレスレの超低空飛行を余儀なくされる。そうなれば足で走った方がまだ早いまである。

 だからこそこのレースに出場するドラゴンの内、飛行が出来るドラゴンは小型のワイバーンが二匹。それ以外は地を駆ける者達だ。


「でも絶対勝てないって訳じゃない。カイザーカップまで上り詰めてきた子たちなんだから、強いのは本当なんだよ」


「…疑問なんだが、翼を広げての妨害などやりたい放題なんじゃないのか?」


「そこは大丈夫 コースは広いしちゃんと避けて飛ぶなり走るなりすれば問題ないよ そこでわざと邪魔しようとする子はちゃんと見られてるから」


「審判が目を光らせてるって訳か 案外ちゃんと出来てんだな」


 もしそんな姑息な手を使っては、ドラゴンとしても騎手としても恥をかくという訳だ。

 マイナーなレースだと割と発生するらしいが、そういうのは若手のドラゴンや騎手ならではの意地からくるわがままが多いらしい。


「お? 始まりの合図か?」


「あの旗が振られたらゲートが一斉に開いてレースが始まるんだよ」


「曲も終わりか…」


 大きな旗を持った人物が、レース横のやぐらに立つ。旗を振るのが見えやすいようにだろう。

 音楽隊の鼓舞するような勇ましく心地いい音楽が静かに終わり、一瞬の静寂があった後に旗が大きく振られた瞬間ゲートが一斉に開きドラゴンたちが飛び出した。

 己の速さと強さを競い合う、カイザーカップの開幕である。




「んっふっふ~ んな~っはっはっは!」


「上機嫌だな、マグナ?」


「あったりめぇよ! 笑わずにいられるかってんだ!」


「よかったね、竜券大当たり引けて」


 レースの結果、一着をもぎ取ったのはマグナが賭けたワイバーンだった。

 序盤こそ得意の翼を使わず走って最後尾にいたのだが、中盤にさしかかった所で騎手との息の合ったタイミングで飛行限界ギリギリを飛んで一気に最前列に食らいつき、最終的には最前列を走っていたドラゴンとわずか首の差でゴールを奪い去る。

 まさに伝説と呼ぶにふさわしい試合展開だった事は言うまでもない。

 マグナがこんなに大喜びしているのは、一着を当てただけではなく続く二着と三着も見事に予想を的中させたからだった。


「因みにどれくらい儲けが出たんだ? 見せてくれ」


「ほらよ あとで支払うから受け取りに来いって言われたぞ」


「……なるほどな」


 見れば確かに配当額も大きく一発大きな山を当てたと言ってもいいだろう。

 偽装なんてしようがないし、そもそも買った本人がここにいる。


「マグナ、五大龍会議の定例会はリュウグウキャッスルで行うのか?」


「んぁ? そう聞いてっけど、どうした?」


「そうか… よかった、最悪の事態は免れそうだ」


 ほっとしながら、何の事か理解できていないマグナと共に、アカネに手を引かれながらリュウグウキャッスルへと向かう。

 彼は後に理解する。ジークが配当金の額を見て安心したその理由を。


次回、【五大龍会議】chapter:3へと続く

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