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【五大龍会議】chapter:1

 アカネたちによるドラゴンゾンビ討伐から数日が経ち、その偉業とも言える出来事はあっという間に国を飛び越えて多数の国で語られるほどになっていた。

 話の頭にはいつも勇者アカネの名が出されるほどに。

 本人からすれば仕事の一つ程度にしか思っていないのだろうが、普通の人々にとってはとんでもない事なのだから。


「……うーん…?」


「はぁ… またですかー?」


 朝、階下の様子が賑わい始めた頃、宿屋の一室で今日も彼女はこうして眠っていた。

 可愛らしくデフォルメされたドラゴンのマークやしるしの目立つその寝間着のまま、眠る少女がひとり。

 そしてそれを起こしにやってきたもっと幼い少女が一人。

 もし初見でこの様子を見て、ベッドの傍らに置かれている禍々しい大剣を見ることなく彼女が勇者アカネその人だと見抜くことが出来たなら大したものだ。


「ルイちゃん…まだはやいよー…」


「昨日と同じこと言ってるですよ? この時間に起こしてって言ったのはアカネさん本人ですよー?」


「そうだっけー? んしょ…」


 寝ぼけ眼でもちゃんと起きて外出の支度をするくらいには動き出せる。

 冒険者らしく野営だってしているんだから、切り替えもこれくらい早く出来なければ何も出来ないから。

 そうでなけりゃ、寝込みを襲われでもしたら反撃も出来ず好き放題されてしまうだろう。


「えーと、何の用で起こしてって言ってたんだっけ…」


「今日はドラゴンレースを見に行くからーって言ってたです 確かなんとかカップとか…」


「あーっ!そうだ!カイザーカップ!」


「そうそう、それです 今年もそんな季節かぁ って思ったですよ」


 ここエンゼリアの国境を越えた先にある【ドレスゲート】にある街、ドレスベット。

 海岸線を食い破るように開発が進められたこの街は、貿易と賭博で盛況を作り上げた「眠らない街」と呼ばれる事で有名だ。

 だが、アカネは賭博目当てにこの街へ行こうとしている訳ではない。

 この街で年に一度開催される大規模なドラゴンレースの大会「カイザーカップ」に参加するドラゴンたちを見に行くのが、アカネの目的である。


「前情報だと、去年の優勝騎手が怪我したとかで優勝候補の子がエントリー辞退しちゃったらしいんだよねー あの子まだまだやれるって顔してたのに、ちょっとかわいそうだよね」


「さっきまで寝ぼけてたのに、もう語りだしてるです… それで、行くんです?ドレスベットに」


「もっちろん! 待ちに待った日なんだから、楽しまなきゃね」


 時折、作業中でも思い出す程度には楽しみにしていたのだから、レースの優勝候補が居なくなった程度で諦めるほど浅いものではない。

 ドレスベットで楽しむと言えばその殆どが賭博だろうが、アカネの場合だとドラゴンを見に行く方の事を指している。

 というかお金に関してはあまり気にしたことが無い。

 この宿屋にしたって、元はアカネの家だったが勇者となった時に管理面の問題からルイたちの家族へ任せる形で譲ったに過ぎない。

 だからこそ宿屋の一室がアカネの自室のままになっている訳だが、結果として譲って正解だった。こうして起こしにも来てくれるのだから。


「それにしても、今から行って間に合うんです?」


「大丈夫ー、ゲートが繋がってるからね んっしょ… それを使っていくつもりー」


「なるほどです」


 この首都であるノイ・エンゼリアにある各所への直通ゲート。その中にはドレスベット行きのものもあった。

 頻繁に使われるものではないが、対価を支払う事により個人利用が許されている。

 多くの場合は金銭面で解決する人が多いのだが、アカネの場合はお金よりも手っ取り早く、なによりゲートを維持する管理側にとっても非常に助かるものを持つ。

 各ゲートの維持に必要な魔力を、アカネの魔力を注ぐことで対価としている。

 アカネからすればタダ同然でお高いゲートが使えるし、管理側としてもゲート維持に必要となる莫大な魔力の消費を抑えられて助かるというもの。


「よっし、それじゃ行ってくるねー」


「はーい、いって… ちょっと待つですよー!」


 いつものように見送ろうとしたが、今回ばかりは流石のルイも慌ててアカネを呼び止める。

 なにせアカネが出かけようとしていた恰好は、鮮やかさのあの字もないくらい地味な服装だったのだから。

 近所の散歩や買い物程度になら別に構わないだろうが、ドレスベットへ行くのであれば話は別だ。


「何考えてるですか! そんな服装で行くつもりだったですか?!」


「えー? 今年もー?」


 このやりとり、実は今回が初めてではない。

 去年も、その前の年も、同じような感じでルイに引き留められる所からアカネの一日が始まっていた。

 止められる理由もいつも一緒。

 服装のコーディネートが適当過ぎて話にならないからである。


「いいですか? ドレスベットは貴族や富豪もたくさん訪れる街なんです そんな所にこんな服装の子が居たらどうなると思うです?」


「えーと……地味過ぎて逆に目立つ…?」


「流石に何度も言ったら分かるですね? でも最悪の場合、奴隷と間違われて連れていかれるかもって言いたいんですよ!」


 エンゼリアとは地続きでこそあるが別の国なのだから、当然扱うルールも変わってくるだろう。

 分かりやすい所で言うと、ドレスゲートにおいて奴隷売買は立派な商売の一種として扱われる。

 ではここで、そんな奴隷と…あくまで貴族目線から見て…あまり変わらない格好をしたアカネを見て周りは彼女をどう見るか。


「うぐぐ… で、でもそれって、またああいうの着なきゃいけないって事だよね…?」


「もっちろんです! 準備も済ませてあるですよ? さぁ!さぁ!さぁ!」


 その直後、階下で賑わう冒険者たちが聞き覚えのある誰かの可愛らしい悲鳴を聞いて急に静かになったのは想像に難くない。

 昔からここに通う者なら「もうそんな時期か」と察するし、去年を知らない新参者も何が始まるのかとワクワクする目で部屋へ続く階段の方を見るばかり。



「今年も協力ありがとうです、ミス・カーテン」


「どういたしまして 今年も生き甲斐の一つを提供してくれてありがとうね、アカネちゃん」


 しばらくしてアカネの部屋から、二人が出てくる。だがルイともう一人はアカネではない。

 近所で衣服を手掛ける店主の女性だ。そんな彼女がニコニコの笑顔でアカネの部屋から出てきた理由は一つだ。


「うぅ… 恥ずかしい…」


「何言ってるですか! 去年もメチャクチャに褒められてたじゃないですか!」


「そうよー? いつまでも子供じゃないでしょー?」


 決して恥ずかしい恰好にさせられた訳ではない。

 それはアカネの部屋へドレスを持って上がっていくミス・カーテンを見ていた階下の皆が知っている。


「いいんですかー? このままじゃゲートの利用期限過ぎちゃいますよー?」


「ぐっ… いいもん…自分で飛んでいけばいいもん…」


「まーたそんな事言ってー そんな事したらドレスがボロボロになっちゃうわよ」


 それからも暫くは続くものだと思われていたが、どうやら決心がついたらしい。

 アカネが勇気を出して自分から部屋を出る。

 ではドレス姿のお披露目会といこう。


「みなさーん 今年のアカネちゃんのコーディネートはこの通りよー?」


「おぉ! 本物の貴族のお嬢様みてぇだな!」


「やっぱ似合ってるなぁ 去年よりいくらか成長したみたいだし?」


「あれがアカネ様…? 見違えたな…」


 いつものアカネだったら、部屋から出てきてみんなの所へ来る時にはいつものシャツと適当なスカート姿だっただろう。

 しっかりしていたとしてもそれは仕事用の装備を上から適当に付け足した程度の物だった。

 でも今日の様子はまるで違う。

 赤を基調としたドレス姿には、いつもの適当さなど微塵も感じさせない。

 いつもは適当にセットしている髪型も、今日は大胆に降ろしているから余計にアカネだと分かりにくいだろう。

 薄い化粧もまた、少女らしさを消してくれているように思える。

 人の好みなんて人それぞれだろうが、少なくともみんな一度は彼女に視線を向けるはずだ。


「うぅ…やっぱり動きにくいよ…」


「そればっかりはしょうがないわね ドレスってそういうものだもの」


 あまり激しく動こうとすると着崩れて体に絡まってきそうな窮屈感は、感覚派な戦い方をするアカネにとっては相当なものとなる。

 言うなれば耳栓と目隠しをした上で木々の生い茂る森を歩いているようなものだろうか。

 少しでも変に動くと急に足を取られて転んでしまう。そんな危険そのものを着ているような感覚だ。


「ところで… ミス・カーテン? その紳士服はー?」


「失礼、アカネは居るだろうか」


「あれ? ジークくん?」


 着飾ったアカネに沸き立つ店内へ、いつものようにジークがやってきた。

 荷物とかは持っていないから単にアカネに用事があっただけなんだろう。


「アカネ、ちょうど…」


「ちょうどいい殿方はっけーん! そうよねアナタが居たわよねー」


「うわっ! ミス・カーテン?! やめっ…そこはアカネの部屋だろう! おいっ?!」


「あっははは… 可哀そうなジークくん…」


 自分の部屋へ拉致されて行くジークを、アカネはただ苦笑いしながら見送った。

 流石のアカネでも、助けられないものだってある。

 ここでもし助けてしまえば、きっとジークと似た背格好の誰かを引っ張り出してきてアカネに押し付けようとしてくるだろうから。

 知らない誰かを押し付けられるくらいなら、お互いよく知っているジークのほうがいくらかマシだ。


「…ねぇルイちゃん?」


「今更脱ぎたいなんて言っちゃダメですよ? こうなりゃ覚悟してジークさんとドレスベットでデートしてきやがれです」


「で、デートってそんな?!」


 事実上のデートだと知ってアカネの顔は赤くなる。

 赤いドレスのおかげか分かりにくかったが、それでも分かる人には分かるくらいには赤く。




「…抜け駆けの予感! 許しませんよ、アカネ…!!」

 そこに居るわけでもなく城内で政務に追われていたクリムが何か受信していたりしたが、そんなのを知る訳もなく…




「お待たせー! 最高のコーディネートに仕上げてみせたわ! あぁ、お代はもう頂いてるから安心よ」


「まったく…人の着替えをジロジロと見ても面白くないだろう」


 着替えが終わったらしく、ジークとミス・カーテンが出てきた。

 黒を基調としたスーツ姿のジークは、衣装に着られいている感じのまったくない、完璧な着こなしだ。

 実際貴族の集まりとかに居てもまったく違和感がないだろう。


「いいえ! そんな事ないわよ! 意外と筋肉質だったのねアナタ 線は細いのに そういうのワタシ、好物なの」


「ほぉら、あんなこと言ってるですよ? 取られちゃうかもですね」


「はわわ… ミス・カーテン大胆…」


 獲物を狙う猛獣の目、とでもいえばいいだろうか。

 からかうつもりだったのだとしても、その仕草はちょっと卑怯だ。

 まだ若い女性が、男性の腕を抱き寄せて不気味な笑みとともに指で遊んで…なんとも色っぽい仕草で…

 ハッキリ言うと誘惑しているようにしか見えない。


「褒めているのだと受け取っておこう。 だがミス・カーテン、申し訳ないが君の望みは叶えてあげられそうにない」


「っ… あらー残念ね アカネちゃんにお返ししましょうか」


「ジークくん…あれもたぶんわざとじゃないんだよなぁ…」


 ミス・カーテンからの誘惑を振り切る為にジークが取った行動はといえば、端的に言えば紳士的な感じで丁重にお断りしていただけ。

 けれどその紳士らしい振る舞いは、見ていた女性陣の目線を釘付けにしていた事だろう。

 本人が一部の女性にそういう視線を向けられているのを分かっていないのも余計に性質が悪い。


「さて、流れるがままに着せられてしまった訳だが…」


「…よっし!もう準備出来たよね?じゃあ出発!ほら行くよ?!」


「行くってどこへ」


「ドレスベット! カイザーカップのドラゴンたちに会いに行くよ!」


 よくよく考えたらこれはチャンスだ。

 これ以上自分の恥ずかしい姿をさらすよりはジークと一緒にさっさとドレスベットへ向かう方が手っ取り早い。

 着せられたドレスやスーツのままだが、ドレスゲートで変に誤解されないようにするならこの格好のままのほうが都合がいいだろう。

 それにそう何日も滞在するわけではないし、転移を使うので移動に時間も要らないのなら荷物もほぼ無いという訳だ。


「こうなったら付いてきてもらうんだから! それじゃみんな!いってきまーす!」


「元からそのつもりだったんだがな 丁度いい。ゲートに便乗させてもらうとしようか」


 そのまま二人して足早に建物を後にした。

 元から賑わいの絶えない街道に近い事もあって、後は通行人に紛れてしまえばアカネも周囲の風景に溶け込んでしまった。

 いつもなら冒険者然とした容姿に巨大な剣を携えているが故に目立ってしまいがちだが、今日はドレス姿だし手荷物も最低限。

 目立つ要素と言えばお洒落に着飾られた衣装と、それに合わせられたジークの衣装。

 けれどそれは目立つという程の効果を発揮する事はない。だって周りを見れば貴族が歩いているのも珍しくはない。

 流石は王都のメインストリートと言ったところだろうか。


「そうだったんだ ジークくんの方はどんな用事だったの?一緒に行くよ?」


「行き先は言えばアカネなら絶対付いてくると思うぞ」


「うわぁなにそれ! すっごく気になる!」


 期待の眼差しでジークを見つめるアカネを、第三者視点から見ればどんな風に見えるだろうか。

 恋する乙女?幸せな夫婦? そんなところなんだろうか。

 実際の所はアカネが期待しているのは視線の先のジークではなく、彼の行き先についてなわけだが。


「明日行われる集会… アカネもその名前は知っているだろう 名を五大龍会議と言う」


「行く!」


 龍と聞いた瞬間にはアカネの返事が返ってきていた。

 五大龍会議の名前自体は知っているし、メンバーがよく集まる場所も知っている。

 けど今この時期に集まるというような事はこれといって聞いていなかった。


「みんな元気にしてるかなぁ」


「皆アカネに会いたがっていたな 誰も名前を口にしていなかったのに誰の事を言っているのか分かったぞ」


「そんなに分かりやすかったんだ?」


「やれ次は勝つだのお喋りが楽しみだの旅話が待ちきれないだの遊びたいだの… すっかりアカネを呼ぶ口実にされてしまった訳だ」


 やれやれと言いたげなため息交じりに笑うジーク。

 思い返しているのは、アカネの知る者たちの顔なのだろう。

 ジークの短い説明だけで、どれが誰の事を言い表しているのかすごく分かりやすい。


「うーーーん… カイザーカップが先か、あの子たちに会うのが先か…」


「カイザーカップ? 筆頭勇者様が他所の国で賭博とはいただけないな?」


「賭博? 違う違う、レースに出るドラゴンたちに会いに行くだけだよー」


「ならいいが…? などと話している間に着いたな」


「あぁそうそう ちょっとだけ寄り道していくね?」


 歩きながら喋っていると時間を忘れてしまいがち。

 きっと誰にでもあるんじゃないだろうか、そんな体験が。



「あっ… 勇者アカネ様! 今年もよろしくお願い致します」


「管理部の皆さんお疲れ様、それじゃあやっちゃうね?」


 多数のゲートが並び立つ通行所にて、アカネを呼び止める兵士が一人。

 その足取りも表情も、どこか安心したと言った感じに見える。

 普段とはまるで違うアカネの格好に見惚れていただけかもしれないが。

 まぁ、予定より少し遅れているからなのもあっての事なんだろう。

 案内されたのは、ゲートそれぞれに魔力を送り込む装置の前。

 魔本が一冊、台の上に置かれた場所の前にアカネは立つと手を合わせた。


「……えいっ!」


「そんな乱雑な扱いでいいのか…?」


 両手を合わせ、その間には体内の魔力を集めた純粋な魔力球が生成される。

 あとは、それを台の上に置かれた魔本に叩きつけた。

 知り合いの肩を叩いて振り向かせるくらいの軽いノリでペシンと叩いた。


「そっと置くみたいにやるよりこっちの方がやる気出してくれるんだよね」


「やる気? あの魔本がか…? でも確かに… 見た感じ魔力の巡りは良くなっているみたいだな」


 たまに仕事で遠出する時に使用する程度だったジークは知らなかった。

 このエンゼリアのゲートを維持する上で、アカネの存在がどれだけ大事な要因かという事を。

 国家が専属の部署を用意してまで維持しているこのゲート。

 魔力の維持にアカネの手助けが一役買っていたのだ。


「さてっと、それじゃあ行ってくるね?」


「はい!ありがとうございました いってらっしゃいませ!」


 手短に別れを済ませて、ジークと一緒にドレスベット行きのゲートの前まで行く。

 その足取りたるや、楽しみなのがもう隠しきれていないってくらい浮かれている。


「それじゃ行こうか♪ ジークくん♪」


「ああ、ドレスベットへ…」


そうして二人の身体は輝くゲートの向こう側へと消えていった。

向かうはドレスベット、向かうは五大龍会議、そしてカイザーカップでドラゴンたちと触れ合う為に!


次回、【五大龍会議】chapter:2へと続く

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