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【ドラゴンって好きですか?】chapter:1

 青くどこまでも続く空の下、剥き出しの山肌を登る一人の少女がいた。

 すぐ横には、彼女の歩調に合わせてゆっくりと進む馬車が一台。

 どうして馬車がこんな悪路を進んでいるのだろうか。

 答えは簡単、この先の山頂に用があるからだ。

 悪路とは言っても、ここを通る馬車はそこそこ居るからか簡単な整備は施されている。

 少なくとも獣道ではない。


「ふんふふんふん~」


「アカネ、その歌は?」


 馬車を操る御者が、横を歩く少女に声をかける。

 歌、というにはあまりにお粗末だし歌詞なんて何も無いただの鼻歌だ。


「んー? はやくドラゴンに会いたいなーの歌ー」


 アカネと呼ばれたその少女はそう言うと無邪気な笑顔を向ける。

 自分の背丈ほどもある大きな剣を背負っているのにも関わらず、まるで何も背負っていないかのように軽々と山道を歩く。

 背負う剣で戦うにはあまりに軽装、というか剣士とは思えない程の軽装っぷりに彼女と初対面なら愚かさすら感じさせるだろう。


 彼女が普通の少女であれば、の話だが。


「…アカネ」


「はいはーい ジーク君はそのまま進んでねー」


 前方から飛んでくる何かが、馬車めがけて突っ込んでくるのが見える。

 最初は虫か何かかと思うだろうが、それにしたって大きすぎる。

 馬車すら超えるであろう巨体を持った虫がやろうとしている事なんて分かり切っていた。

 この馬車を狙っているのだ。

 食糧を狙っているのか、馬を狙っているのか、御者を狙っているのかは分からない。けれど馬車を狙っている事だけは確かだろう。

 アカネは背負っている大きな剣を取り構えた。

 柄を握った瞬間から、その剣には禍々しい程の魔力がオーラのように纏わりついているのがハッキリと見て分かる。


「…おー、おっきい… ジーク君くらいあるんじゃない?」


「馬鹿言ってないで防御に専念しないか?」


「そだね」


 彼女の言葉や声音に、恐怖や不安は一切なかった。

 だって当たり前じゃないか。

 あんな程度の虫にやられているようじゃ、アカネの"趣味"は成立しないのだから。


「じゃー…まっ!」


 突っ込んできた大型甲虫を、アカネはまるで野球でもするかのように剣を振るい進行方向と真逆に打ちかえした。

 鈍い金属がぶつかりあうような音が響き、甲虫は吹っ飛ばされ地面に激突すると動かなくなる。

 羽も出しっぱなしにして腹を上にひっくり返り足をピクピクと震わせ痙攣していた。


「ほいっと それじゃ行こうか」


「いつ見ても豪快だな、君の戦い方は…」


 技も何もない、ただ無邪気に剣を振るっただけの一撃。

 彼女がやったのはただそれだけだ。

 それだけなのにも関わらず、あれだけ大型の虫をたった一撃で黙らせた。


「豪快ー? やだなー、私普通の女の子だよ?」


「普通とは一体…」


 普通の女の子とは自分よりもっと巨大な体躯を持つ甲虫を、巨大な剣をたった一振りするだけで倒して涼しい顔をしている者の事を言うのだろうか。

 確実に違うとジークは確信を持って言える。

 ジークの知っている女性は確かに多いとは言えない。

 アカネを除けば、荷物を運んでほしいと頼んでくる客に女性が居たりする程度の物だろう。

 比較対象が多いとは決して言えない。

 けれど確実に、アカネが普通の女の子でないのは疑いようのない事実だ。


「アカネ、聞かせてくれるか?」


「うん? どうしたの?」


「普通の少女とは国王や女神から「竜の勇者」の称号を与えられる者の事を言うのか?」


「うーん…… 言わないね」


 それはそうだろう。

 竜の勇者の称号、それはこの世界において最強の名に相応しい者へ送られる名の一つとして世界中のどこでも通用する。

 この世界で最も強いとされているドラゴン種に対するリーサルウェポン、対ドラゴン討伐の専門家。

 そういった者が女神からの洗礼を受け、国王から称号を賜り勇者となる…らしい。


 女神とやら、貴女は酔った勢いとかで彼女を勇者にしたのですか?


「まあいいや あー、今回の子はどんなドラゴンなんだろー…ゴツゴツしてるのかな、フワフワしてるのかな… ジーク君はどう思う?」


「事前情報だと幼体のゲイルドラゴンだと言っていたし、羽根や羽毛でフワフワしてるんじゃないだろうか」


「フワフワ?! やったー!見つけたら絶対モフり倒す!」


 このドラゴン好きさん、さっきジークが幼体と言っていたのをスルーしたのではなかろうか。

 幼体と言う事は親ドラゴンも居るだろうし、そもそも幼体ドラゴンは成長段階的にもデリケートな時期なのだ。

 しつこくモフっていたりしたらどんな反撃を喰らうかも分からない。

 モフる方もモフられる方にとっても、ストレスフリーな触れ合いが一番なのだろうが、果たして。

 まぁアカネであればドラゴンを愛でる事はあっても怒らせる事はしないだろうが。


「ところで、ゲイルドラゴンについて君はどれくらい知っているんだ?」


「ゲイルドラゴンってアレでしょ? ふわふわしててでっかい鳥みたいなドラゴン」


「……ものすごく適当な説明なのに的を射ているのはどういう事なんだろうか…」


 アカネの説明の雑さに頭へ手を当てやれやれと言ったふうになるジーク。

 ゲイルドラゴンとは、風の精霊以上に風や力の扱いに長け、空を高速で飛び回る力を持ったドラゴンの一種である。

 知名度はそこそこ高く、種としての数もそこそこ多い。

 鳥や獣のように換毛期があり、その度に多くの羽毛が抜け落ちては新しい羽毛が生えてくる生態を持つ。

 比較的温和な性格も相まって彼らの抜け落ちた羽毛は時折市場に出回る事もあったりする。

 鳥のものより丈夫で使い勝手が良く、何より一枚が大きく柔らかいので羽毛をそのまま持っていてもさわり心地が非常に良い。

 今回そんなゲイルドラゴンへ会いに行くのも、換毛期で抜け落ちた羽毛を貰いに行くためだ。


「でも分かり易いでしょ?」


「出来れば再確認も兼ねていたから、なるべく詳しく言って欲しくはあったが…」


「そうなの? だったら」


 アカネが言葉を続けようとしたその時だった。

 山道を進む二人が一歩前へ踏み出すと一気に強い風が二人にぶつかってくる。

 さっきまで青空が続く空だったというのに、今見てみれば空は一面の雲に覆われていた。

 まるでここから先へ入ってくるなと言っているかのようだ。


「…アカネ、彼らの勢力圏に入ったようだ」


「うん、分かってる。 すっごいピリピリしてるね」


 ゲイルドラゴンは、風の扱いに長けているからか、操る風に自身の感情が反映されてしまう事もあるんだとか。

 猛烈に吹き荒れて、自分のテリトリーへ入り込んできたアカネたちを追い返そうとしているこの風は、どこか怒りを感じさせる物だ。

 勝手に上り込んできたアカネたちに怒っているのか、それとも他の外的要因があって気が立っているのかまでは流石に感じ取る事も出来ない。


「ジーク君、風除けのお守り持ってる?」


「勿論。 …これでよし。 それじゃあ進もう」


 ジークが荷台のすぐ取れる所にあった袋から取り出した、小さな木彫りの飾り。

 小鳥を模したその木彫りを馬車の取っ手に括り付け、三節だけの簡単な詠唱を唱えれば準備は完了。

 詠唱の言葉に乗った魔力が木彫りの鳥に吸い込まれて、ただの木彫りはようやく「風除けのお守り」として機能する。

 ついさっきまで暴風に晒されてバタバタと煩かった屋根の風防がすっかり静かになった。

 うっすらと幕のようなものが馬も含めた荷馬車全体を暴風から守ってくれているのだ。


「アカネはどうする?」


「私は平気だからいいよ」


 傘なんて差していれば簡単に吹っ飛ばされそうな程の風の中だというのに、アカネは平気な顔をして立っていた。

 だって本当に平気だから。

 彼女にとってはこの程度の風、そよ風とそんなに変わらないだろう。

 だからこそ、勇者なんて剛毅な二つ名を持っている訳だし。


「っ! やっ! っと…こうしなきゃ馬車もペシャンコになっちゃうでしょ?」


「…ありがとう、感謝する」


 アカネが咄嗟に動いて切り捨てたものは、風に乗って飛ばされてきたのであろうさっきの巨大虫の残骸だった。

 丸太ほどもある虫の腕を、まるで小枝のように吹き飛ばしてくる。

 それを一振りで軽々と弾き飛ばしてしまうアカネも大概だったが、これで馬車の方も安全に進めるというものだ。


「はぁーあ…ゲイルドラゴンかぁ 今度はどんなドラゴンなんだろー」


「…本当にアカネはドラゴンが好きなんだな」


 こうやってお喋りしている間も、風で吹き飛ばされてくる瓦礫や巨大な獣の死骸などを切り捨てて馬車に当たらないようにしているのは流石と言うべきか。

 剣で何かを切り裂く度に降りかかる血飛沫や木片なんかは風除けのお守りの効果が防いでくれているが、それ以上となると守れないから非常に助かる。

 例えるなら、さっきみたいに丸太みたいな感じの巨大な死骸や残骸が吹っ飛んできては流石の風除けも守りきれず、馬車は押し潰されてペシャンコになってしまう。


「ねージーク君」


「なんだ?」


「もしかして今回のゲイルドラゴンってさ、知り合いだったりする?」


 個体が同じなら知り合いだろう、とジークが返す間にも、アカネは風除けが護りきれそうにない大きさの残骸を選別して切り飛ばしていく。

 普通なら筋力に長けた男がするべき仕事なのだろうが、それをアカネは少女の細腕でいとも簡単にこなしていった。


「だったらさ、ジークくんからお願いできないかな モフらせてって」


「現段階で既に歓迎されている感じじゃないだろうから難しいだろう」


「うーん、そっかー…ちょっと残念」


 つまらないなーと言いたげな表情のまま、アカネは馬車を守る。

 山頂へ近づくにつれて、馬車を引く馬が怯えるようになってきたがそこは鞭を打って少々強引だが進ませた。

 街へ帰ったらしっかり身体を磨いてやろう、とジークは心の中で決めるのだ。

 アカネはと言えば、暴風に飛ばされてくる物も減ってきたからか暇そうに隣を歩いていく。

 彼女を見ていると忘れてしまいそうになるが、風除けの護りの外は巨大な岩すら吹き飛ばす程の暴風なのである。


「…そろそろ山頂?」


「ああ、もう少しだが…… アカネ、戦闘の準備をしておこう」


「はいはーい」


 山道を進んで行き、山頂もほど近くなってきた頃、ジークは山頂の様子がおかしい事に気付く。

 そして同時に、どうしてここまで歓迎されていないかの理由も知ることが出来た。


「野盗か」


「え、泥棒?」


「おおかた出産直後か換毛期の体力が落ちた状態でタマゴや雛を盗もうとしたのだろう」


 ドラゴンの卵は美食家にとって高価で取引されていると聞く。

 なんでも栄養価が非常に高く、若返ったり怪力を手に入れたりする事も出来るんだとか。

 正直眉唾モノだとは思っているが、ドラゴン好きで勇者のアカネを見ているとその信憑性も僅かながらに上がってしまうというもの。

 雛は雛で、コレクターも喉から手が出る程欲しがるんだそうな。

 ちなみにこの事をアカネに話したらコレクターやハンターの集まる所を問い詰められた。

 なんとか止める事が出来たが、きっとそのまま教えていたら潰しに行っていたかもしれない。


「そして、親ドラゴンに怒られてるって事?」


「予想通りなら。 普通は触らぬドラゴンになんとやら、なんだが…」


「もちろん、助けるよ?」


「どっちを?」


「ドラゴンを!」


 ここまでは良かった。ここまでは。

 勇者らしく襲われ虐げられている者の力になる事はとても勇者らしいと思う。

 まぁ今回の場合、襲われてはいても虐げられてはいないと思うのだが。

 追い返そうとしてるだけで。


「ついでにお礼としてモフらせてもらう!」


「アカネ、そっちが本音だろう?」


「もっちろん!」


 歯に衣着せぬ、とはこの事か。

 もうちょっと遠まわしに否定したり隠そうとするのが普通だと思うのだが。

 けれど、その笑顔を向けられれば彼のゲイルドラゴンも断るに断れまい。

 だってそういう人、いやドラゴンなのだから、彼らは。


「やれやれ…流石はあのドラゴンズアギトを託された少女だ」


「この剣がどうかしたの?」


「いや、アカネはアカネなんだなと思っただけだ」


 彼女の背負う巨大な剣、名をドラゴンズアギト。

 ドラゴンの間では超有名人なとあるドラゴンが持っていた至宝のひとつと言われた剣。

 持つ者の魔力を際限なく吸い取り力へと変えるその能力は、ドラゴンの魔力ですら吸い尽くしてしまう程だと言われる。

 ドラゴンすら食らう諸刃の顎、故にドラゴンズアギトという名を付けられたんだとか。

 それをアカネは魔力を吸われようがお構いなしに使いこなして見せている。

 これも竜の勇者としての実力と言う事なのだろうか。


「へんなジーク君… さ、ゲイルドラゴン助けに行こう?」


「そうだな… 詫びの品を買っておいたのが早速役に立つとは…」


 馬車の荷台に積まれた木箱に目をやりつつ溜め息を吐くジーク。

 これから何が起こるのか、容易に想像がつくからこその溜め息だ。

 どちらへの詫びか?

 盗賊に何を詫びろと言うのか。


「さっさと終わらせてモフモフー!!」


「あまり先走りすぎるなよ?」


「はーい」


あと少し進めば山頂だ。

果たして山頂ではどんな惨状が待ち受けている事やら。

主に野盗の死体の山的な意味で。


続く

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