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突如強烈な目眩に教われたオレは、グラウンドの真ん中で頭から前にぶっ倒れた。
もし効果音をつけるとするならば、バターン!といった感じや。
本当に突然のことに、
体に意識が置いていかれたようで、一瞬なにが起こったのかすら分からんかった。
まずい。
一拍置いて倒れたと理解した瞬間、そう思った。
友達の悲鳴や、先生の叫び声も、まるで厚いガラスを通したようにしか聞こえへん。
ぐるぐると回る視界に酔い、吐き気を催す。
ガンガンと激しい頭痛は、まるで止む様子がない。
飛びそうになる意識をなんとか保つ。
小さく開いた口からは、細かく乱れた呼吸が溢れ、
口元から涎が垂れるのが分かったが、気にする余裕はなかった。
そういえば、朝からなんか頭が重かったような気がしたんや。
朦朧とした意識で、そんなことを思い出す。
ばあやが言ったように、今日は休むべきやったか……
じりじりと日に焼かれ、少してりやきの気持ちが少しわかった気がする。
大きなグラウンドというフライパンの上で料理をされているようだ。
滝のように流れ出る汗に、髪が張り付き、肌には砂が刺さる。
…
ふと、もうほとんど見えない目が、先ほど倒れた衝撃で髪から落ちたヘアピンを映した。
「っ、」
それを拾おうして、指先すらピクリとも動かへんことに気づく。
え?オレ…………死ぬんか……………?
最後にそんなことを考えて、オレはついに意識を手放した。
猛暑の続く7月。私立海棠学園中等部、陸上部の朝の練習中のことである。
逢川侑は、逢川財閥の御曹司だ。
逢川といえば、誰もが聞いたことがある大企業の名前である。
祖先も名のある武将であり、刀や土地などの多くが、現在の逢川家に残っている。
そう、彼は大豪邸を都心に構えるぼんぼんの中のぼんぼん坊っちゃんなのだ。
本家は大阪にあり、小学校を卒業するまでそこで過ごした彼は、ごてごての関西弁である。
テンションが高いことや、頭がかなり悪いことも相まって、喋ればあほにしか見えない。
実際あほだ。
しかし、いつもにこにこして気さくな態度、根の優しさに、本気で不快感を抱くものは少ない。ただ、本当に頭が残念だ。何度でも言おう、彼は、あほだ。
実力主義なところがある海棠学園は、1~5と成績でクラス分けされているが、もうぶっちぎりの最下位、5組である。
どうやって私立の海棠学園の試験を通ったのかといったら、もちろん金だ。
逢川家の人間は逢川侑に対してことごとく甘いのである…。
そんな彼は、頭の悪さを補えるほど、かなり運動神経が良い。
特定の部活には入っていないが、運動部の助っ人や、
練習相手として引っ張りだこである。
そのために、毎日放課後はどこかで走り回っていて、
弱小運動部員しかいない海棠学園では救世主として噂だった。
そして日中は、学校内の廊下を走り回っている。
そう、じっとしていられないのだ。
きっと学園中を探しても、彼が落ち着いて歩いていところを見た者はいないだろう…。
彼の持久力の凄さを説明しよう。
尋常ではない持久力を持つ彼が作った伝説は数えられないが、
そのなかに、こんな話がある。
新学期が始まって4回目の体育の授業。
あの悪魔の行事として学生に恐れられているシャトルランを、授業いっぱい(シャトルランは授業で二回に分けて行われるので、正確には半分いっぱい)走り続けたのだ。
授業終了のチャイムの音が終了の合図となったのだが、走り終えた彼はまだ余裕があるようにすら見えた。
体育館は彼の勇姿に、やまない銃声のような爆発的な歓声が鳴り響いた。
総員スタンディングオベーションである。
その場にいた人、どの人に聞いても、『その時の彼には後光が差していた』という。
実際に夕方、体育館の小さな窓の隙間から、光が漏れていたのかもしれない。
しかし、その頃から彼は神様として一部から心酔されているのであった。
そんな、逢川家の坊っちゃんであり、あり得ないほどの持久力と筋力を持つ彼が陸上の練習中に倒れたのだ。もう大騒ぎである。
一体なにが起こったのだろうか………