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モブっていうか、ザコキャラ 1

 全身の毛が逆立つ。

 私は今、実の父に小さな心臓を掴まれている。


「おとう、さ、ま……」


 昼下がりの庭。太陽が差し込む天気の良い日。

 しかし、目の前の父親によって、生死が危うい状況下であった。六歳を迎えようとする少女フィオレ・アルゼンは恐怖を身に染みて感じた途端、前世の記憶がよみがえった。 


 それは、こことは異なる世界で二十八歳のバリバリキャリアウーマンであったことを。

 営業回りの仕事とはいえ、ブラックともいえる多忙さがあり、帰ったらいつの間にか気を失っていたことが多かった。


 過労死か、もしや。仕事に忙殺ぼうさつされたの、私。流石ね、私。恋もせずに仕事没頭で死ぬとか、……あり得るわ。


照り付ける太陽の下で、フィオレはフラッシュバックと共に、ろくに身動きもできないままに芝生へ倒れ込んだ。息が上がり、ヒューヒューという音が息をする度に聞こえる。

 

 これは自分が発している音なのか。フィオレは己の所業しょぎょうを悔やんだ。


 でも、まだ死にたくない。ここは、私の楽園エデンなのに……!


 この世界、仕事で心が枯渇していた時のオアシスであった乙女ゲーム「亡国のアルティマ」の世界そのものなのである。

 主人公は九国(くこく)の姫君であり、膨大な魔力が身に封印されていた。その魔力を狙った敵、魔族を率いる魔王が国へ襲い掛かり、主人公は命からがら亡命するのである。

 その道すがら、主人公は様々な魅力的過ぎる攻略人物と出会う。そして、国へ戻ることを夢見て、笑いあり涙ありの旅で、魔法を操る方法を身に付け、前進して行くといったものだ。


 ちなみに、主人公の名前はリコリス。私はリコちゃんの愛称で悶えていた。

 リコリスの雰囲気はふんわりとしているが、芯が強い女の子である。さらさらの甘色あまいろのロングヘアー。耳の上に光る銀色の蝶のバレッタ。目は空を映したかのような澄んだ青の瞳。


 思い描くだけで、尊い。私が男だったら、喜んで嫁にもらいたい。


 夢ならば覚めずにいてほしいとフィオレは興奮していた。自分がたとえ“悪役のモブ、ザコキャラの一人”であろうとも。


 ちなみに、私の名前をもう一度私に問いかけて確認したい。

 そう、私はフィオレ・アルゼン。

 魔族特有の黒髪をもち、碧の瞳の平凡な顔。とりとめて秀でるものもなく、魔獣を操りし家系の一人娘であった。ただ、のちに主人公の恋でも、人生でも、一応敵となる女という設定である。


 そこまで思い出したフィオレは血の気が更に引く思いであった。


 いや、参った! 嘘だろ、マジか!!

 淑女にそぐわぬ言葉が頭をよぎる。


 リコちゃん(ヒロイン)虐めるやつはミナゴロシ!とゲームをしていた時は思いながら、あまり画面に出てこないフィオレを魔法でぶっとばしていた。私は今、その、ぶっ飛ばされる側なのだ。


 悔しい。あと、体動かない。ぐぎぎ、と乙女にそぐわぬ唸り声を上げていると人影が寄ってきた。


「フィオ、苦しいかい……!?」


 当たり前でしょうが! 早く術を解きなさいよ!?


 ひょろりとした体躯、鼻の下に蓄えたちょび髭、黒髪は太陽で光るほどの艶があり、それを後ろに流した男。父親のスワイスがおずおずとやってくる。


 自分を殺そうとしている父親。フィオレはギッと射殺さんばりの睨みを利かせると、スワイスはびくりと飛び上がった。娘大好き過ぎるスワイスは、娘に初めて睨まれて狼狽えていた。


 それもそのはずである。スワイスは、娘の願いを聞いて、術を実行しただけであった。


「私に獣化の魔法を掛けて、その笛を吹いてちょうだい!」


 魔王が認める実力の獣使いであり、そして魔王の右腕でもあるスワイスに。ちょび髭親父で、今にもぶっ倒れそうな顔をしていても、誰しもが実力を認めるスワイス・アルゼンに。

 そんな彼に対して、「私は大丈夫、なんたって父様の娘だから」というよく分からない自尊心プライドと共に数分前のフィオレは術を自ら試してみるという暴挙に出たのである。

 父の術で頭に何かの獣耳を生やしたフィオレは、父の操る笛の音を聞いた途端にその音色に心臓を掴まれた心地になり、ぶっ倒れたというわけだ。


 見事に自尊心プライドは粉々にされた。挙げ句に死ぬ覚悟をした。その瞬間に、この記憶が走馬灯の様に流れてきたのだ。


 今の私なら自分の阿呆さをひっぱたいてるわね!


 金縛りにあったように動けなかった体が軽くなった。視界に光が入り、目を逸らして体を動かしてみる。徐々にだが、硬直した体は動くようになっている。


「私の可愛いフィオ、大丈夫かい!!」


「まったく大丈夫じゃない!なんか、思ってたよりもヤバいです!!」


 術を解き切らずに無理矢理起き上がらせて包容してきた父に、フィオレはギャン!と叫んだ。


 せめて加減してくれ。いや、普通は手加減するところだよね。でも、娘のためにって、かなり魔力込めたよね。というか、アルゼンの家系はそういうものだった。

 アルゼン家の座右の銘は、「弱肉強食」。手加減などしない。寧ろ、可愛い子には旅をさせよ。寧ろ、崖から子を落とす獅子の如くの教育方針だ。


「フィオ! 獣化の影響か、口調が……!」


「ええと、大丈夫よ。少し、気が動転してしまって」


「もう、フィオ。突然、笛の威力を受けたいだなんて……。あなたが倒れた時、母の肝は冷えたのだから。あなた、少しは手加減してちょうだい。フィオレは一人娘なのよ」


 フィオレと同じ瞳を持つ母、リリィは泣き出しそうな表情でフィオレを見つめていた。リリィはエルフの家系である。エルフ特有の尖った耳は興奮から赤くなっていた。心配してくれた母にフィオレはしゅん、と落ち込んだ。


「……ごめんなさい。もう二度としないわ」


「そうね、しちゃだめよ。今度する時は、もう少し鍛えてからにしないと。あ、そうだわ、次の獣化する時はフィオ自身が術を施して、笛を鳴らしてみるといいわね。うふふ、自分で自分の首を締める形なんて……、今から楽しみだわ」


 恍惚そうなリリィの表情に、フィオレの表情がぴしりと固まる。

 そうだった。母は戦いを嫌うエルフとは正反対の性質を持っていて、だから父の元に嫁げたらしい。所謂、クセが強い。


 涙目の父と笑顔の母。個性が強い家族二人に抱き締められたフィオレは遠くを見た。崖の上にあるアルゼン家の庭の外に広がるのは見晴らしの良い空、そして広大な森。


(私、この世界で簡単にはやられなくて、ゴキブリ並みにしぶといのだけれど、ザコキャラなのよ、お父様。将来、この国が行う魔力の略奪に加担して、最後は誰にも知られずに死んじゃう、モブなのよ、お母様)


 リコリスを見るまでは死ねない。いや、会うまでは絶対に死なないと言うべきだろうか。ただ、生前の記憶が合体したわけで、私自身のすることは変わらない。


 父の後を継ぎ、立派な獣使いになる。


 記憶を遡れば、死ぬのは十年後である。


ーー生き残るためなら、今からこの運命を変えてやるわ。


 フィオレの運命まであと十年、フラグへし折りの長い道のりになりそうである。

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