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浮世の風  作者: 金王丸
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回想


 夕日に照らされた車窓、そこに映る疲れた顔に一泊二日の充足が窺える。僕はいま、帰りのバスの中にいた。直前まであれほどやかましくしていた甲把、宇喜田らはすっかり寝入っており、行きとは打って変わった静けさに名状のし得ない心地良さを感じる。そしてこの二日間を振り返って、僕の高校生活は順調な滑り出しを見せたかに思える。入学当初の不安は春の風に連れ去られるようにしてその姿を消した。


 ただ心の片隅に漠然と抱えている宇喜田への疑念は依然として残ったままだった。フィールドワークにおける木登りもそうだ。結果的に負けはしたものの、人間離れした手捌きで登って行ったそれまでの過程を見れば、尋常でないことは確かだった。


 それだけではない。風呂に入ればその体毛の毛深さに絶句し、二段ベッドの上下を取り合えば目にも止まらぬ速さでその梯子を駆け上り、自分のテリトリーとしてしまった。そして極めつけには、今朝の朝食に出たバナナを見た時の顔――あのとろけるように恍惚とした表情は、紛れもなく好物を目の当たりにした動物のものだった。


 これら以外にも彼の行動に違和感を覚える場面はたくさんあった。しかし過剰に反応するのは僕だけらしく、他の皆はその行動自体、彼の個性として受け入れている様子だった。やはりトイレの一件が尾を引いているのか、良からぬ先入観で彼を見てしまうためにそのような疑いを抱いてしまうのかもしれない。


 そもそも冷静に考えて、猿は人間の進学校に入学出来ない。知能の面でも、行政の面でもそうだ。そこには幾多の壁があり、それを乗り越えることは不可能に思える。だが時たま見せる彼の動物的所作は何度でも僕の懐疑を呼び起こし、終わりのない逡巡を強いるのだ。


 僕はふと横に座っている宇喜田を見やる。そこに眠っているのはどこからどう見ても人間だ。


 (宇喜田、お前は一体何者なんだ……)


 相変わらず寝入っている彼に口外出来ない問いを投げかける。たとえ無意味だとしても、僕にはそうするしかなかった。いくら自分一人で考えても辿り着くことはない、その答えは彼のみぞ知るものだから――。



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