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浮世の風  作者: 金王丸
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浮世の風


 「長老……! しっかりするウキ……!」

 「……んんっ」

 「……! 長老!」


 唐突な卒倒から早半日、遂に長老は目を覚ました。すると先ほどまでのお通夜のような雰囲気から一変、その場は歓喜に包まれる。


 「長老が生き返ったウキ~!」

 「なんじゃ……ワシを勝手に殺すでない」


 オイラは皺枯れた声で心の喝采を高らかに叫ぶ。その絶叫に呼応するかのように周りの仲間も飛び跳ね、手を叩きながら喜びを爆発させた。急に倒れてしまった時はどうなることかと思った。しかし目を覚ますと直ぐに上体を持ち上げたその姿から命に関わることはなさそうで少し安心した。


 「一時はどうなるかと思ったウキよ……」

 「でも何ともなさそうで良かったウキ……」

 「ロベスピエール……お前―…」


 ここに至るまでの葛藤、道中の苦難、そして感動の再会――オイラはその場面を思い返し、涙ぐむ。そして遂に感極まってしまい、長老の胸で泣こうと側に駆け寄っていった。しかしオイラの意図とは裏腹に、長老の口から出た言葉は意外なものだった。


 「バカたれ!!! なんで帰って来たんじゃ!!!」

 「試験は……試験はどうしたんじゃ!!!」

 「ウキッ!?」


 まさか怒鳴られるとは思ってなかった。オイラは拍子抜けしたように驚き、思わずその場で立ち止まる。危篤の報を受けてこの場にやって来た。重要な試験をすっぽかして長老の元に駆け付けた。本来なら縁者の絆に感動し涙する場面である。それなのに何故怒鳴られなければならないのか、到底納得がいかない。


 「長老……どうしてそんなに突き放すウキ!?」

 「オイラは……オイラは……」

 「長老の最期を看取りたかっただけウキ……」

 「ワシの最期……? どういうことじゃ?」


 長老をはじめ、周りの学者連中でさえ、どうもピンと来ていないらしい。その雰囲気に少し違和感を覚え、どうもおかしいなと首を傾げつつ、事の顛末を一から説明する。まずは事の発端、ハトローから送られた手紙に言及する。


 「これを見て欲しいウキ」

 「なになに……『長老』『期』『特』?」


 オイラは手紙の執筆者たる学者連中にその紙切れを提示して、己が主張の正当性を訴えた。


 「むむっ? これはどうにもおかしいぞ……」

 「ウキッ!? どういうことウキか?」


 学者の一人がその紙の切れ端を手に取ると、訝し気に眺める。その怪訝な表情、そして時折くれる一瞥にじんわり脂汗をかく。何も後ろめたいことはないのに、どうにも嫌な予感しかしない。


 「確かに手紙は出した」

 「しかしいつものように長方形……ちゃんとした便箋で出したはず」

 「これはもしや……外的な圧力によって破れたのでは……?」

 「ウキッ!?!?!?」


 あの紙は緊急電報なんてものではなく、手紙の一部だったのだ。その指摘をなされるや、オイラは目をカッと見開いたまま言葉を失う。そして思いも寄らない新説に仰天するあまり息をすることすら忘れる。オイラは相変わらず黙り込んだ状態で、様々な思案を脳裏に浮かべては沈めてを繰り返し、やがて思い至る。思考の試行――その果てに浮上する、ある漠然とした疑惑が心の中に生まれ、侵食していくことに気が付いた。


 (まさか……オイラは……)


 すうっと大きく息を吸い、吐き出す。そのおかげで幾分か冷静になったオイラはなるべく客観的に現実を再認識しようと振り返る。島に到着してからのオイラは一目散に島の最深部、一族の暮らす村へと直行した。程なくして神木の下で見た光景――儀式の中心でおどろおどろしく祈りを捧げる長老を目の当たりにしたのだ。その様はどう見ても元気一杯、少なくとも「危篤」と呼べる状態では有り得なかった。加えて現在の長老を見るにつけ、全く死にそうな感じはしない。


 (やっぱりオイラは……)


 内心で急浮上した「不都合な真実」を自分から切り出すより前に、学者の一人が口を開いた。


 「恐らく……お前の勘違い……だな」

 「ウキ~!!!」


 「長老の危篤」という事実はオイラの思い違いだったのだ。その瞬間、ここ数日の逡巡や葛藤の全ては無駄となり、杞憂に終わったのである。そう思い知ると、ガックリ肩を落とし、地に膝をつけてしゃがみ込む。本来ならここでホッとするべきなのだろう。なんせ長老は相変わらず元気だったのだから。しかし今のオイラの心境たるや、この場に至る全ての努力を否定され、徒労の烙印を押されたことに対するやるせなさを感じるばかりだった。



 「ロベスピエール! どういうことじゃ!」

 「ウ、ウキッ!」


 長老は先ほどまで倒れていたとは思えない怒声でオイラを責め立てる。このままでは全てオイラの勘違いということになり、こっぴどく叱られること間違いない。


 (上手く事情を説明しなくては……)


 オイラは今回の件について仕方ないと思われるような言い訳を早急に用意する必要に駆られた。そこで手紙を受け取った当日のことを思い返す。


 (一月中旬の夕刻……吹き荒ぶ雨風の中……網戸に挟まった手紙…―)

 「……ウキッ!」


 唐突に声を上げる。いよいよオイラは閃いてしまった。あの日の記憶を辿り漁るや、責任の転嫁先を見つけてしまったのだ。これで責任の何割かはその者に移るだろう。そう思うだけで少し生気を取り戻す。


 「長老! オイラのせいだけじゃないウキ!」

 「ハトロー! ハトローを呼んで欲しいウキ!」


 オイラは逃げ道を見つけた喜びと安堵で満ち満ちていた。あの日、ハトローは手紙を網戸に挟んで去っていた。オイラに手渡しすることなく飛び立っていったのである。その結果、手紙は破損し、オイラの勘違いを誘発した。この論理ならオイラの無実を証明できる。オイラはある種の被害者なのだと主張することが出来るのだ。オイラは怒られずに済むだろう。


 「ハトロー! ハトローはどこじゃ!」

 「ホロッホ~!」

 「どうなっとるんじゃ! 事情を説明せよ!」

 「ホロッホ~! ホロ、ホロ、ホロ―…」


 彼の説明によれば、その日カラスに追い回されており、命懸けの逃避劇を繰り広げていたらしい。そんな中、悠長にオイラの帰りを待っていられるわけもなく、仕方なしに網戸に手紙を挟むことで一応の任務完了としたと語った。


 「うむっ……それなら仕方あるまい……」

 「ウキ……」


 ハトローの冷たい視線を他所に、オイラは再び逃げ道を塞がれて狼狽える。


 (ええい! こうなれば自棄やけウキ……!)


 こうなれば鬼にでも悪魔にでもなってやる――オイラは思い切った。今度は手紙をしたためた学者の責任を追及する。


 「がっ……学者だって悪いウキ……!」

 「こんな紛らわしい文字列……書いた側に責任があるウキ!」

 「こらっ! 何という言い掛かりを……!」

 「言い掛かりじゃないウキ! 実際そうウキ! 学者が悪いウキ!」

 「ちょっと待て! そこまで言うのなら―…」

 「手紙の下書きを見せてやろう!」


 そう言うと、学者の一人が研究室に走る。そしてその下書きとやらを持って来るや、長老に手渡した。


 「おお! これが下書きか」

 「どれどれ~…」


 手紙の内容は以下のようだった。


 『長老より

 

  期未(末)試験頑張って欲しい 体調には木(気)を付けて 古(吉)報を

 

  特(待)っているぞ

 

  ロベスピエールへ』


 (……)


 オイラは手元にある紙の切れ端と下書きを見比べ、最早言い逃れ出来ないことを悟る。


 「ロベスピエール! どうなんじゃ! 何とか言え!」

 「ウキ~!」

 「こらっ! 待たんか!」

 「皆の者、ヤツを追うんじゃ~!」


 嘗てないほどの居た堪れなさを感じるや、オイラはその場から逃げ出した。そして日の暮れた島、満天の星空の下を一途に駆け抜ける。目指すは躍進の地・人間界、オイラは自分のやるべきことを完遂させるべくその場所に舞い戻る決心を固めた。思えば報われず、思われれば報いず――どうにも上手く行かない世の中、冷たい浮世の風に晒されながら、それでもオイラは行くのであった。より良い明日を求めて生くのであった――。




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