急追
「宇喜田~! どこだ~!」
彼を呼ぶ声は周囲に虚しく響き渡るのみ、何の反応もなかった。このままでは埒が空かない――そう思い、みんなに提案する。
「一旦下山した方が―…」
「そうかもな……致し方ない」
「ええっ!? それじゃあ、夕食はどうなるんだ!?」
相変わらず夕食の心配しかしていない甲把を余所に僕たちは向きを変える。様々に思うことはあるが、仕方あるまい。そうして来た道を戻るという苦渋の決断を下したその時、
「……痛ってえ!」
突然、蟹江の頭部に何かが当たる。そして足元には木の実が転がる。その弾道からするに、それは何者かによって投げつけられたに違いなかった。
(頭上……?)
僕たちは一斉に上を見上げる。するとその光景に我が目を疑った。
「オイラはここにいるウキよ~!」
そう言って樹上で嬉しそうに飛び跳ね、再び木の実を投げつけてきた。急な投擲に右往左往する僕たちとは対照的に、宇喜田は得意気な表情でこちらを見下ろしている。僕はその姿を見つけ、安堵するのも束の間、無性に苛立たしくなる。
「おいっ! 早く下りて来い!」
少しでも心配して損をした。僕は怒ったような口調で彼に叫ぶ。すると先ほど木の実をぶつけられた蟹江が足元のそれを手にして、
「宇喜田! やりやがったな~!」
そう言い放つと、宇喜田に木の実を投げ返した。しかし彼はそれをひらりと交わし、今度はこちらを挑発するように尻を叩いてみせた。
「当たらないウキね~!」
その小生意気な様に蟹江は怒った。足元にある枝や石を手当たり次第、樹上の彼に目がけて投げつける。そしてここに現代版「猿蟹合戦」は開幕した。あの舐め切った態度の畜生を成敗するために僕たちも加勢した。
「ああ~痛いウキ! やめてくれウキ~!」
多勢に無勢とはよく言ったもので、劣勢になると見るや、彼はまるで「本職」のような手捌きでするすると地上に降りてきた。
「宇喜田! 急にいなくなるなよ!」
「すまないウキ……ついついやってしまったウキ……」
「お前、本当に―…」
彼は申し訳なさそうに肩を萎めていたが、簡単に許すつもりはなかった。二度とこんなマネをさせないようにこっ酷く叱りつけてやる――僕はそのつもりで彼と対峙していたが、
「それよりも先を急がないと―…」
「そうだ、そうだ! 今夜の夕食が懸かってるんだ」
「しかしお前、あんなところまでよく登れたな~」
他のみんなは意外にも寛容だった。そして五人揃ったところで再び出発する。僕はその道中、一瞬たりとも宇喜田から目を離さなかった。万が一妙な動きをしようものなら、消化不良の鬱憤を込めた握り拳でポカリとやるつもりだった。しかし予想に反して彼は何もしなかった。そして皆で協力し合いながら道なき道を行き、様々な試練を乗り越えると、
「……あれは!?」
山頂付近に至りて、急に視界が開けた。すると「ゴール」の垂れ幕と共に先生たちを見つけた。そして幸運にもその周りに生徒らしき集団は見当たらない。
「まさか……一番乗りじゃね!?」
「そうみたいウキね! やったウキ~!」
終わり良ければ全て良し、僕たちは喜び勇みながらゴールへと歩いていく。しかしホッとしたのも束の間、右手の方から猛追してくる他の組に気が付いた。
「マズい! もう一組やって来てるぞ!」
「みんな、走れ~!」
僕たちは走った。何も考えず、我武者羅に走った。ここに来て足の速さを求められるとは思わなかった。当の僕は追走で精一杯、次第に皆から遅れていく。すると急に足がもつれ、躓いてしまった。
「後は頼んだぞ~」
僕は早々に競争を放棄した。そして歩きながら皆の応援に徹する。やがて宇喜田以外の三人も遅れた。あちらの組も同じく、先頭を走る男に全てを託したようだ。その男は黒豹にも似た走法で先を行く宇喜田に詰め寄って来る。負けられない宇喜田、譲れない黒豹、逃げる宇喜田か、迫る黒豹か――三歩、二歩、一歩、そして遂に決着のゴールテープは地に落ちた――。