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浮世の風  作者: 金王丸
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危篤


 「おいおい、もう明後日だぜ……」


 朝から降りしきる凍雨の中、センター試験前の特別講習を終えたオイラたちは寒さに身を震わしながら急ぎ小走りで帰路を辿る。各々の手に持たれた雨の華とは対照的に、言葉数は少なく話の華は蕾んでいたも同然、そういった状況の中で放たれた明良の一言は他の二人をより内省的にさせる。


 「そうだよなぁ……明後日なんだもんなぁ……」


 その言葉を受けた修悟はどこか郷愁染みた様子でそう呟く。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 本当にあっという間だった。あの夏以降、オイラは一層勉強に勤しんだ。来る日も来る日も同じように、気分の良し悪しに関係なく机へと向かい、努力を惜しまなかった。これほどまでに必死になって物事に取り組んだことはなかった。そして来たるべきリベンジの模試、6月の借りを返すべく血眼になって問題を解き伏せた。


 (これはイケるウキ……!)


 試験中に感じたその手応えは本物だった。実際、11月に返却された模試の結果は自分でも驚くほどに良くなっていた。あの頃のオイラとはまるで別人、担任も何事かと狐につままれたような感じで面談したことも記憶に新しい。


 『これなら大学に行けるぞ!』


 その場で放たれた彼の一言はオイラを更にやる気付けた。それからと言うものの、とにかく、ひたすら、遮二無二頑張った。残り二ヶ月、12月になってもその勢いは衰えることを知らない。月の異名「師走」の文字通り、年の瀬は慌ただしく駆け抜けるように早く過ぎ去っていった。下宿の入り口にあるカウントダウンボートは日を追うごとにその数を減らす。しかし不思議と焦りはない。今はただ現状の実力でどれほどの結果を出せるのか、そのことにのみ興味を持っていた。


 (長老、そして島のみんな……オイラはやってやるウキよ……!)


 オイラの進む道は決して彼らの思い描いていたものではない。それは痛いほどに分かっていた。しかし運命の分岐点はすぐそこにある。もう引き返せやしないのだ。当初の目標「木の実博士」になれずとも、これから進む「経済」の道で必ずや郷里の発展に役立てるよう誠心誠意尽力する。オイラはそんな意気込みを胸に、大学入試の第一関門・センター試験へと臨むのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「ただいまウキ~!」


 オイラは外界の寒さから逃れるように下宿へと駆け込む。暖房の行き届いた室内はホッとするほどに暖かく、勉強の所為でいきり立った気持ちを和らげる。それと同時に台所から漂う夕飯の匂いに思わず腹を鳴らす。今すぐそれにありつきたい――そう思った傍から、


 「荷物を上げていらっしゃい」


 おばさんの一声に一先ず荷物だけでも自室に置こうと思い、階段を上る。ここまではいつもと変わらない日常、一日の終わりに広がる風景そのものだった。しかし何気なく開けた扉の向こうに「非日常の一片ひとひら」を見つけることになる。


 (……ウキッ!?)


 荷物を置き、部屋を後にしようとした矢先、窓辺でひらりと白い物が過ぎった。


 「ハトロー!? ハトローウキか……?」


 最初はそう思った。しかしよくよく見てみるとそれは生物ではない。半ば雨晒し、網戸の隙間に何か紙のようなものが挟まっていたのだ。


 (手紙……ウキか……?)


 恐らくそうであろう。ただ違和感は拭い去れない。島からの手紙は月初めに受け取ったばかり、今更何の知らせか、妙な胸騒ぎがする。オイラは恐る恐る窓を開け、その紙を室内に引っ張り入れる。雨露に湿ったその紙は派手に破れており、とても手紙とは思えない代物だった。そこで思うに、


 (……ウキッ! まさか風に吹かれてたまたま窓枠に引っ掛かったウキか!?)


 なんだゴミか――オイラはホッと胸を撫で下ろし、その紙をゴミ箱へ投げ捨てようとしたその時、


 「……ウキッ!?」


 その紙の裏に何か書かれていることに気付く。しかもどうにも見慣れた文字ときた。まさか……


 『長老 期 特』


 三角巾のような紙の切れ端、その一行目に「長老」の文字、そして次第に先細る二行目、三行目の先頭にそれぞれ「期」、「特」の文字を認めた。


 (『期』『特』ってどういうことウキか……?)


 その他の文字は雨でふやけてよく見えない。もしや……オイラは再び窓を開ける。そして辺りを見回すも、そこらにハトローの姿はなかった。彼にその真意を聞くこと、即ちこの手紙の謎を解く手掛かりになると思ったのにそれは叶わなかった。こうなっては仕方がない。全てはオイラの洞察と推測に委ねられた。


 電報のような短いメッセージ、そして餌を受け取るべく居残っているはずのハトローの不在――そこから察するにこの手紙はかなりの緊急性を帯びていることになる。加えてこの筆者、つまり島の学者連中は乱文悪筆の常習者たち、それらを総合的に勘案するに……


 (『期』『特』……『き』『とく』……『キトク』……『危篤』!)


 (長老……危篤!?!?!?)


 「ウキッ!?!?!?」


 オイラは意図せずに腰を抜かす。気持ち悪いほどに整合性の取れた推察はその域を超えて真実としか思えなかった。「長老の危篤」――その報に接するや、さっきまで感じていた空腹をも忘れてその場にへたり込む。真っ暗な世界に一人、激しさを増す動悸と共にそこらに響く雨音の喧しいこと甚だしかった――。



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