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浮世の風  作者: 金王丸
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冬の精


 残暑は日に日に収まり、秋の気配を感じ始めた頃、僕たちは高校生活最後の文武二大イベントを迎えた。


 先に行われた体育祭、人間離れした身体能力を持つ類人の活躍は彼の組を総合優勝に導いた。その一挙手一投足はさながら五条大橋の牛若丸のように映り、彼は鞍馬山の天狗に育てられたのではないかと戯れにも思った。


 その後、突入した文化祭シーズンでは明良の発案で他校のそれに足を伸ばし、良い出会いを求めてさまよい歩いた。邪な気持ちから意気揚々と乗り込んだものの、収穫の秋とは名ばかりに、全く上手くは行かなかった。めげずに二校、三校と訪れても結果は同じ、特段の手応えを得られずに虚しく敗走するのみだった。


 「くそっ……なんでだよ……」

 「こうなったら良い大学に入って見返そうぜ……!」


 手持ち無沙汰な帰り道、明良はそんな捨て台詞を吐きつつも、勉強に対するモチベーションを高めているようだった。明良のように口には出さないが、僕にも多少の物寂しさはあった。なぜならば高校最後の半年間、勉強が恋人になることを決定付けたからだ。


 そんなこんなで10月になり、受験に向けての動きが更に加速する。模試、模試、模試――電話の応対ではない。週末になれば何らかの模試を受け、その対策や復習に追われる日々を送るようになる。この辺りからみんな休み時間を返上して勉強をするようになり、一気に受験ムードが高まっていった。あれだけ怠けていた類人も例外ではなく、肘を机上に固定しない大胆なモーションで勉学に励んでいた。


 やがて冬の足音が聞こえ始めた頃、続々と返却される模試の結果を元に、僕たちは最終的な進路を決定すべく担任の先生と面談することになった。そして今日この日、遂に僕の番が回ってきた。その場には僕と担任の二人きり、いつもの教室にいるだけなのに不思議と緊張する。彼は顎に手を当て、成績表と睨めっこするだけで何も言わない。一方の僕はこれから何を言われるのだろうとそわそわ落ち着かない。こんな気持ちは高校受験の合格発表以来だった。


 (何でもいいから早く話してくれ……)


 成績はそこにある。志望校判定も既に出ている。何をもったいぶることがあろうか、さっさと見たままの所見を伝えてくれ――そう思っていると、


 「現役生の勝負はこれからだぞ」

 「諦めずに……まあ、頑張れや」


 たったそれだけ、こちらから何も言うことはなくその面談は散会となった。僕は教室を後にするや、ハッと気付く。先ほどの彼の言い方は僕の置かれた厳しい現状をよりマイルドに伝えたかっただけ、つまりはもったいぶっていたわけではなく、言葉を選んでくれていたのだ。


 (なんだよ……そんな気遣い……惨めになるだけだよ……)


 現状の学力、その不足は重々自覚していた。しかし妙なフォローの仕方はかえって気持ちを落ち込ませる。この際、「厳しい」だとか「難しい」だとか――とにかく僕の努力不足をバッサリと言い切ってもらい、それから発破を掛けてもらった方が幾分かマシだった。窓の外は僕の心色、灰色、どんより、薄ら寒い。その光景を横目に肩を落として階段を下る。


 (これから頑張らなきゃな……)


 僕は心の中でそう誓う。しかしその決意に力強さはなく、溜め息交じりの淡い願望でしかなかった。今までサボっていたわけではない。むしろ周りに比べたら勉強してきた方だ。その一方で努力相応の結果を出せない現状に悔しさを覚え、合わせて自分の不甲斐なさを痛感する。


 やがて下駄箱に差し掛かると、


 「修悟、終わるの早かったな!」

 「待ってたウキ! 早く帰るウキよ!」


 先に帰らず僕を待っていた二人と落ち合う。


 「なんだよ、待ってたのかよ」

 「まあな! よっしゃ、さっさと帰ろうぜ!」


 今にも泣き出しそうな曇天の下、僕らは学校を後にした。その帰り道、僕は二人の会話を聞くだけで黙りこくったまま、彼らの少し後ろを歩いていた。いつもみたいに彼らにツッコむこともなく、ただひたすら内省に浸っている。そんな僕の異変を察知したのか、明良が話を振ってきた。


 「今日の面談……どうだったんだ?」

 「……えっ!?」


 突然我に返り、彼の顔をまじまじと見る。すると彼はいつになく心配そうにこちらを窺っていた。このままでは……僕は無用な心配を掛けまいと無理矢理にでも陽気に振る舞う。


 「面談? ああ、特に何もなかったよ……」

 「嘘つけ! 思い詰めたような顔しといてよく言うぜ」


 同じ釜の飯を食い続けて二年半、彼の前では口先の誤魔化しは通用しない。それならば一層のこと、気心知れた二人に内情のやるせなさをぶちまけてみようか、そんな気にすらなってしまうほど僕の心は沈んでいた。ただ今は目下のやり取りにどう返事するべきか――グズグズ決めかけていると、先に明良の方から口を開いた。


 「高校生活も残りわずか―…」

 「それなのに受験、受験って……」

 「なんつーか……世知辛いよなぁ……」


 生活の大半を受験勉強に注いでいる僕たちにとって、その言葉は胸に突き刺さるものがあった。残り4か月ほどしかない高校生活、二度と戻れない青春の最終章に僕らはいる。それなのに点数や偏差値などの数字との戦いに明け暮れ、将来への不安に押し潰されそうになりながら、輝かしく貴重なはずのこの日々を徒に浪費しているように思えてきた。高校生活のクライマックスを飾るべく彼らと良い思い出を作りたい。その一方で受験を乗り越え、夢への道を切り開きたい。そんな接近‐接近型の葛藤は更に僕を苦しめる。


 「まあ、今週も終わったということで―…」


 その言葉を言い終わる前に、


 「あっ……」


 辺りに舞う冬の蝶、見上げれば分厚い雲を細切れにちぎり捨てるようにそれは降ってきた。


 「……雪だ」

 「ウキッ!? これが雪ウキか!?」

 「なんだ類人、雪も知らないのか!?」

 「知らないウキ! オイラの島では降ったことがないウキ!」


 そう言うや否や、類人はまるで犬のように辺りを飛び回り、生まれて初めて体験するという雪の冷たさに興奮していた。


 「おいおい、落ち着けよ!」

 「雪合戦は! 雪だるまは! いつになったら出来るウキか!?」

 「うーん、この分じゃ明日には積もってるかもな」


 そう言っている傍からただ静かにしんしんと降りしきる。冬はもうすぐそこまで来ている。光陰矢の如し、過ぎ去る日々の中、僕は少しでも成長しているのだろうか――そう問いかけるも、即座に首を振る。ネガティブになってはいけない。とにかく今を楽しむこと、その気持ちを忘れてはならない。


 「本当ウキか!? 絶対ウキね!?」

 「知らないよ! 天気予報で確認してくれ!」


 僕の憂鬱も知らずに一人で盛り上がる類人、そんな彼を見ていると、なんだかこちらまで楽しくなってきた。僕らの享楽を阻害する世俗のしがらみを一切合切忘れて、長らくしていない雪遊びに興じてみたくなったのだ。


 「明日、積もるといいな」


 僕はそう静かに呟くと、相変わらずの曇天とは対照的に少し気分が晴れたような気がした。明日になればきっと積雪しているはず、いやそうであって欲しい――帰宅後、そんな子供染みた願いをお手製の逆さてるてる坊主に託し、ちょっぴり冷たくも忘れられないであろう明日へと思いを馳せた。



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