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浮世の風  作者: 金王丸
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最終学年


 ――キーン、コーン、カーン、コーン―…


 二年前と同じく僕は漆黒の学ランに身を包み、全校集会の行われる体育館にいた。辺りに響き渡るその予鈴は新学期の始業を知らせる合図であり、高校生活ラストイヤーを告げる号砲でもあった。


 遂に僕らは高校の最高学年になったのだ。


 目先の受験だけではない。そのことはつまり、住み慣れた下宿や通い続けた校舎、そしてここに集う級友のほとんど全てと別れるまであと一年しか猶予がない、ということだ。僕を取り巻く環境、身近に溢れる「当たり前」の賞味期限はそれっぽっちなのだ。まだ一年あるのでは、そう思う自分もいないわけではない。しかしこれまでの二年間を考えるとそうはいかない。入学式でさえ最近の出来事に思える。あっという間に高校三年生、立派な最終学年だ。僕は時の過ぎ往く早さに驚きつつ、ふと何気に寂しくなる。こうして大人になり、老いていくのかと考えるや、季節柄にもなくうすら寒くなる。


 ただ先のことばかり考えても仕方ない。人生を楽観的に生きるコツは「今を楽しむこと」だと聞いたことがある。とにもかくにも悔いのない一年にしなければならない、ということだ。僕はそんな「当たり前」のことを思いつつ、始業式に臨んでいた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「帰りにボーリング行こうぜ!」


 始業日は正午を待たずに終わりを迎えた。僕らはこれからいつものメンバー五人で市街地へと繰り出し、ボーリング場の入っている遊戯店を目指す。


 「待たせたウキ!」

 「おお、類人! 何やってんだよ、遅いぞ!」


 遅れてきた類人で全部、これでいつものメンバー、通称「いつメン」は揃った。待つこと十数分、遂に僕らは動き出した。


 「ボーリング楽しみウキねえ~!」


 いつも以上にウキウキとした様子で足取りも滑らかな彼、僕は妙に精悍な顔つきになって帰って来たその男に少し違和感を覚えた。どうしてそうなったのか、詳しいことまでは分からない。しかし僕は気付いた。彼の手――マメだらけの手、ペンだこのない指――そこから推察するに、勉強は二の次で実家の農作業でも手伝っていたのだろう。受験学年になっても尚、この有様、彼は一体どこに向かっているのかと他人事に思う。


 「今日も倒しまくるウキよ~!」


 勉強のことはさておき、彼はボーリングを大の得意としていた。腕を球に巻きつけて投げるという野性味溢れる独特なフォームでバッタバッタとなぎ倒す。僕は、と言うと、実のところそこまで上手ではなかった。だから珍妙な変則投球でハイスコアを叩き出す彼に、ある種の畏敬の念すら抱いていた。


 僕たちは相も変わらずダラダラと行く。そしてちょうど階段に差し掛かった頃だった。


 ――タッタッタッタ―…


 背後から勢いよく駆けて来る背広姿、僕たち、いや彼を除く四人はまだ気付いていなかった。しかし彼は違う。すぐさま変調を悟るや、それを自分の危機だと察知し、次の瞬間には逃げ出していた。


 「宇喜多~! コラッ! 待て~!」


 数学の教師と類人、必死の形相で階段を駆け下りる二人のその風圧で、「廊下を走るな!」と警告する掲示は脆くも剥がれ落ちた。


 「ウキ~! なんで追って来るウキか~!」

 「うるせえ! さっさと出すモノ出せ!」


 「ウキッ!? 宿題の提出はまだ先のはずウキよ!?」

 「春休みの宿題、はな!?」


 「オレの言っているのは―…」

 「冬休みの宿題だ!」

 「忘れたとは言わせねえぞ!?」


 「ウキ~! それはもう時効ウキよ~」


 次第に遠ざかる応酬に、彼らは早くも一階まで下りてしまったらしい。


 「面白そうだからオレたちも行こうぜ!」


 そう言う明良を先頭に、僕らも二人の後を追った。毎年恒例、いや毎学期始め恒例の取り立ては、ベテラン芸人の定番芸を見ているような、どこかほっこりとした気持ちにさせられる。それと同時に、この光景を見られるのはあと一、二回だと思うと、先ほど胸に仕舞ったはずの寂しさがひょっこりと顔を出す。


 「ウキ~!!!」


 突如として響き渡る類人の声、するとどうしたことか、彼は再び階段を駆け上がって来た。


 「宇喜多~! 待たんか~!」


 僕はこの目を疑った。先ほどの数学教師に加え、英語の教師も一緒に彼を追いかけていたのだ。


 (大の大人と鬼ごっこか……)


 「ウキ~!? おかしいウキ!」

 「英語はちゃんと出したウキ~!」


 「確かに春休みの宿題は出ておった」

 「だがしかし―…」

 「昨年の夏休みの宿題がまだ出ておらんぞ!」


 「ウキ~! いくら何でも季節跨ぎ過ぎウキ!」

 「それこそ時効ウキよ!」

 「ならん、ならんぞ!」


 その道中、鬼は二人、三人と増え、彼を追い立てる。超難易度設定の鬼ごっこ、全ては宿題を取り立てるため、彼らは追い、類人は逃げる。


 「類人~先に行ってるからな~!」


 次第に遠くなる足音は喧しい叫声と共にパタリと止んだ。宿題取り立て鬼ごっこ――始業時期に起こるこの「無季語」イベントもやがて思い出になってしまうのか、僕は姿の見えない彼らの残像を追いつつ、目の前の階段を一段、また一段と踏みしめていく。窓から見える葉桜、散り往く桃色は色褪せて何を思うか――良きにつけ悪しきにつけ、僕らは最終学年になった。



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