嵐前
洞窟の外から喧しくオレの名を呼ぶヤツがいる。
「休日の朝っぱらから……一体何だって言うんだっ!」
月初めの木の実交換はすでに終えたはず、それなのに今更どういう用件でこの場にやって来たのか、寝ぼけ眼のオレにはまるで見当もつかない。しかしいつまでもしつこく叫ぶ続けるヤツに、このまま居留守を決め込むわけにもいかず、風に揺られ、時折差し込む日光に目を細めながら、渋々と外に出る。
「兵十さん!」
そう呼びかける声に顔を上げる。するとどうしたことか、オレはヤツの様子に違和感を覚える。何時になく真剣な面持ちの子猿――これは何か事情があるに違いない。
「ロ、ロベスピエール! そんな顔して……どうしたんだ!?」
「兵十さん……」
ヤツは一呼吸置いて、言わんとすることをオレに伝える。
「オイラ、これから『決闘』するウキ……!」
「けっ、決闘!?!?」
驚き半分、呆れ半分、つまりはあさましさに満ち溢れたオレの内情は、素っ頓狂な声となって朝の裏山に木霊した。オレは予想外のことに混乱し、その余韻冷めやらぬ間に問いかけた。
「決闘って……あの『決闘』か!?」
「そうウキ」
「……事情を説明してくれ」
ヤツは一瞬、口ごもった。だがすぐに心を決めたようで、
「……分かったウキ。遡るは去年のこと~…」
それから数分間、オレはヤツから事のあらましを伝え聞いた。ウキ江とかいう雌猿への思慕は聞かずとも察していた。そして彼女に上手く言いくるめられ、木の実を貢がされたことも――。オレは一連の流れを黙って聞く中で、あることを思う。単刀直入に言えば、ヤツの恋愛は客観的に見て脈なしだ。しかしそれでも尚、ヤツは希望を捨てないどころか、番の雄猿に決闘まで申し込むのだ。「恋は盲目」とはよく言ったもので、オレはそんなヤツを可愛らしく思う一方、無鉄砲な一途さにどこかノスタルジアめいたモノを感じてしまった。
やがて一通り話を聞き終えると、オレは黙ってヤツを変身させた。お代は受け取らない。そうすることはとても野暮なことなのだと、白け切った中年の心は知っていた。
「これで戦えるウキ……!」
「兵十さん! 恩に着るウキ!」
「オイラ、頑張ってくるウキ!」
オレは去り行くヤツの背中に激を飛ばそうとするも、自重した。上手いことを言えそうになかったのだ。しかしこのまま見届けるだけ、というのもなんだか忍びない。
(男の生き様、とくと見届けん……!)
面白半分、いや面白八分の心持ち――そういうわけで、オレはヤツの後をこっそりつけることにした。




