果たし状
年が明けた。人間界にやって来て二度目の新年、しかし今年はどこか違う雰囲気を感じた。それは来たるべき大学受験への意識だろう。センター試験を皮切りに始まった一学年上の受験戦争は高校二年生のオイラたちに見えないプレッシャーを与えまくっていた。その証左に、授業中は勿論のこと、休み時間や放課後など、それまで勉強とは縁遠かったと思われる人間さえ机に向かい、黙々と筆を動かす様が散見されるようになった。やはり皆、来年度の受験に向けて、目の色が変わってきているようだ。
一方のオイラは未だに昨年のことを引き摺っていた。クリスマスイブのあの日、喜治姫華にフラれたという体ではあったものの、明良たちにほぼ全てをぶちまけた。彼らは少々の冷やかしを入れつつも、大半は真剣に話を聞いてくれたし、フォローも入れてくれた。それでその時はスッキリしたし、後に尾を引かないだろうと安易に考えていた。しかしそう簡単には諦め切れない。活動的な日中は平気なのだ。問題は夜である。不意に彼女のことを思い出しては悲哀に暮れる中、オイラは女々しくも吹っ切れない自分、そして勉学に励む周りの雰囲気に置いて行かれる自分に苛立ち、焦りすら感じていた。
その想いとは裏腹に彼女と会えない日々は続く。彼女の負債を支払い終えた今、オイラには会うための口実がなくなってしまったのだ。加えて次回の約束を取り付けることも出来ていない。一切合切忘れてしまおう――眠れぬ夜、布団の中で何度思ったことか、しかし恋慕というのはそう容易く断ち切れるものではない。結局、どう理屈をこねくり回したってオイラは彼女を好きなのだ。根本的にその気持ちが変わらない以上、現状罹患している「恋の病」から逃れることは不可能だろう。
そしてある日の晩、募る想いが遂に爆発した。オイラは猿語で彼女へのラブレターを書き上げるや、近々にやって来るであろう空の使者にこれを託すことにした。実際にいつものやり口でそれを届けてもらうことに成功した。そこまでは良かった。問題はここからだ。待てど暮らせど返事が来ないのである。ハトローは二、三日に一回、様子を窺いに裏山を訪れていた。だが一向にそれを受け取っては来なかった。これでは引き下がれない。オイラは何度も手紙を書いた。ラブレター攻勢だ。しかしそれらは悉く無視され、オイラの気持ちは破れかけそうになる。
(もうダメかもしれないウキ……)
二月も半ばを過ぎようかという頃、オイラは最後のそれを書き綴り、ハトローに託した。これでダメならば諦めよう――諦念渦まく内心に悟りの境地すら開きそうであった。しかし数日後、事態は一変した。ある日の晩、夕飯を食べ、部屋に戻るなり、窓辺で大騒ぎする彼の姿を目の当たりにする。
「どうしたウキ!?」
オイラは咄嗟に窓を開ける。すると驚いたことに、依然として興奮している彼、その嘴にはなんと手紙らしきものが咥えられていたのだ。
「ウキッ!?」
意図せず素っ頓狂な声を上げてしまう。勿論返事を期待して書いた手紙、だがまさか返って来るとは夢にも思わず、ただただ驚愕する。やがて意を決し、彼からそれを受け取るや、その内容を確かめる。目を細め、恐る恐る読み始める。すると、すぐさまあることに気付く。
(こいつ、何者ウキ……?)
手紙の書き手はウキ江さんではなかった。あろうことか、それは「ウキ江の男」を名乗る雄猿であった。ヤツは時節オイラへの誹謗中傷を綴りつつ、オイラをストーカー扱いし、終いには
『彼女に付き纏うな』
と言った趣旨のことを認めていた。
「……ウキ―!!!!!」
その手紙を読み終えるや、オイラは怒り狂った。そして感情のままにその場で返事を書き上げる。その内容は返事に対する反撃で、理性の欠片も感じられないとても酷いものだった。しかしこの時のオイラに恥も外聞もなかった。顔も知らない彼のことをひらすら滅茶苦茶に誹り倒す。やがて紙の余白がなくなると、それをそのままハトローに託した。
二月末、再び返事を受けたオイラはその文言に衝撃を受ける。
『決闘』
来たる三月某日、約束の大楠にて、オイラは決闘を申し入れられた。振り返ってみると、これまでの半生においてあまり喧嘩をしてこなかった。しかしこの期に及んでは仕方あるまい。この訳の分からぬ雄猿、ウキ江さんの婚約者を名乗る精神異常猿に、オイラの拳を振るうことで現下の異常行動を思い知らせてやる必要があった。当然オイラは二つ返事でこの申し出を受けた。
勝算は分からない。ただ彼女に対する愛の力を以ってすれば、ヤツに勝つことなど容易なことのように思えた。「恋は盲目」――オイラは即席の喧嘩術などを見聞き齧りながら、約一週間後のその日を今か今かと待ち侘びるのだった。




