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浮世の風  作者: 金王丸
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盲目


 「ウキ江さん! 今月分の木の実ウキ!」

 「わぁ~! 本当に助かるわ、ありがとう」

 「それで……」


 そう言いつつオイラが腰を掛けようとした瞬間、


 「今日は急ぐの! ごめんね!」


 彼女と話をしたい――そんなオイラの淡い思慕の念は朽木にぶら下がる枯葉のように虚しくも散った。しかし今に始まったことではない。ここ最近の彼女はいつもこんな調子だ。あの九月の告白以降、オイラとまともに接することを避けているようにすら思える。現に二人で会う機会は目に見えて減っていた。


 (どうしたウキかね……)


 オイラは一人、頭を抱える。もっと会いたい、もっと話したい、もっと仲良くなりたい――その種の衝動は恋愛の副作用とも言うべきもので、理性のたがを以ってしないと狂ってしまいそうだ。しかし一方で、その高揚を半ば宥めるように、彼女にも色々事情があるのだろうと勝手に納得しては、性懲りもなく想いを募らせる。


 そしてある週末の夜、オイラは遂に堪らなくなった。一刻も早く彼女に会いたい――湧き上がる衝動を抑え切れず、咄嗟に窓枠へと手を掛ける。このまま下宿を飛び出して裏山に向かおう。そして彼女を見つけた暁には再度思いの丈を打ち明けるのだ。常識や規則など今のオイラを縛るに能わず、彼女側の事情も考えには毛頭ない。とにかくオイラは己の為に行動を起こすのだ。


 その時だった。突然、窓の外にハタハタと白いものが飛来し、嘴で窓ガラスを叩く。


 「ホロッホ~」


 オイラは虫の入らぬよう素早く彼を室内に招き入れるや、彼の運んで来た手紙と引き換えに、いつもより多くの菓子を与える。その行動の意図することはただ一つ、当初は無邪気に喜んでいた彼も何か言いたげな雰囲気を察したらしく、菓子を食べ終わるや否や、やれやれと言った様子で机の下に潜り、一晩を明かす構えを取った。これで準備は万端、後は次の日の出を待つのみ、そういう訳でオイラはさっさと寝入ることに決めた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 翌朝、朝食を掻き込むや、下宿を飛び出した。ハトローと二人(二匹?)、通い慣れた裏山へと急ぐ。途中、オイラは兵十さんの元へ向かうため、上空の彼とは一時的に別れた。


 「兵十さん!」


 オイラはいつものように件の洞窟に呼び掛け続ける。


 「騒がしいな、なんだ朝っぱらから……」

 「兵十さん、お願いウキ! 変身させてくれウキ!」

 「……んん」


 のそのそと洞穴から出てきた中年狸は気怠そうに目を掻きつつ、大きな欠伸を一つする。そしてこちらをまじまじと見るや、


 「お前、またあの雌猿おんなの所へ行くのか?」

 「ウキッ!?」


 オイラは目を真ん丸見開いて唖然とする。思いがけず飛んで来た彼の一言は早起きの眠気をも奪い去って行くほどに衝撃的だった。


 (どうしてそのことを……)


 何も後ろめたいことはない。しかしオイラは慌てふためく。混乱する脳内に思考回路はパンク寸前、手始めに何から聞くべきかすら分からなくなっていた。一方でそんなオイラを見た兵十さんは続く言葉を飲み込んでしまったようで、


 「まあ、色々あるんだな……」

 「ほら、変身させてやるから木の実を寄越せ」


 彼はそう言ってこちらに右手を差し出し、対価となる木の実をせがんだ。オイラはすっきりとしない心持ちでその求めに応ずると、いつものような仕方で元の姿を手に入れるや、


 「兵十さん、ありがとうウキ」


 そう一言、感謝の言葉を言い残すと、足早に彼の元を去った。そして立ち去り際、


 「あんまり入れ込み過ぎるなよ」


 兵十さんは確かにそう言った。それってどういう意味―…立ち止まり、真意を問い質そうとしたその瞬間、


 「ホロッホ~!」


 遠くでハトローの声がする。オイラを呼ぶ声だ。もしかしたらウキ江を見つけたのかもしれない。この瞬間、オイラは思考のすべてを恋慕の情に支配された。こうしては居られない。オイラはかの声の方へと駆け出した。脇目もくれずに枯山の獣道をただひたすらに駆けた。この道の先に恋路のゴールテープが待っていることを信じ、一目散に駆け抜けた。



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