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浮世の風  作者: 金王丸
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自由


 目の前で繰り広げられる仲間の芸、何か仕出かす度に盛り上がる周囲の人間たち――そんな見世物空間にあって、オイラは一種の疎外感を感じると同時に、人間の言いなりになっている彼らに対して、憐憫にも似た感情を抱かずにはいられない。立ったり座ったり、物を運んだかと思えばリズムに合わせて飛び跳ねる、という類のしょうもない芸を臆面もなくやってのける彼らは一体何なのか、そして笑い者になっているにも関わらずそのことについて特段気にしている素振りすら見せないのは何故なのか、その答えは遠目に分かるものではない。ただ縄紐付きの醜態を自分のことのように恥ずかしく、また情けなく思うのみだった。


 「おおー!」


 一方でそんなオイラの憂鬱は蚊帳の外、次々と披露される彼らの芸に会場はドッと沸き立つ。


 (あんなの……陳腐な芸ウキよ……)


 周りの歓声を耳にすればするほど、今度は嫉妬に近い感情がのっそりと顔を出す。彼らの芸など仮にも人間をやっているオイラからしてみれば朝飯前、それどころかここには人語を解する猿がいるのだ。そんなオイラを差し置いて、あたかも一人前の大道芸人かの如く立ち居振る舞う彼らを見ていると、次第に拗ね食らったような気持ちにさえなる。


 「皆さん、ありがとうございました~!」


 猿のお遊戯会は猿回し師の一言でようやく終わった。


 「いや~、面白かった!」


 満足気な観客たちは閉演と共に撤収し始めた。連れの四人もその例に漏れず、先程の見世物を口々に好評している。しかしオイラは違った。どうにもすっきりしないのだ。あのように同族を見世物にされて胸糞悪いとかそういった類のことではない。憐み半分、やっかみ半分――とにかく今のオイラには彼らを「啓蒙」する義務がある。囚われの身に甘んじている彼らを「自由」へと教え導かなければならないのだ。そう思うや、独り善がりな使命感に駆られたオイラは、気付けば彼らの元へと向かっていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「親分! 聞いてくだせえ!」

 「さっき餌やりの人間に木の実をせっついたら―…」

 「なんと朝三つ、晩四つの木の実が―…」

 「朝四つ、晩三つに増えましたぜ!」

 「そりゃ本当か!? 出来でかしたぞ、サンジュ!」

 「「ウッキッキッ!」」


 人語だけでなく猿語をも解すオイラはその会話を傍で聞き、彼らの低能ぶりに絶句した。やはり彼らの前で「素晴らしき自由」について一席ぶってやる必要がある。そう意を決するや、飼育員のいないことを確認し、舞台裏奥へつかつか歩み行き、


 「おい! お前たち!」

 「ウキッ!? 人間が喋ったウキ!?」


 見てくれ人間が猿語で話しかけてくるという青天の霹靂に檻の中の猿たちはただただ狼狽え、オイラは少しだけしたり顔になる。だが一方で、親分と思しき猿に全く動じる様子はなく、こちらを訝し気に見つめるのみで、オイラの出方を窺っているようだった。相変わらず喧しく騒ぎ立てる子分を尻目に、妙な緊張感を持って対峙するオイラと親分――しかしその膠着状態も長くは続かなかった。


 「野郎ども……少し静かにしないか」


 親分は突然、ドスの利いた声で子分たちを鎮め、そして切り出す。


 「兄ちゃんよお、一体何の用だい?」


 その迫力に少し後ずさりしながらも、彼らの為だと自分に言い聞かせ、要らぬ世話を焼く。


 「き、君たちは……本当にそれで良いのか……?」

 「んっ!? それはどういうことだ?」

 「どういうことって……」


 ここでオイラは一呼吸置く。そして一気に吐き出す。


 「檻の中に入れられて、縄紐付けられて―…」

 「挙句の果てには見世物にされて―…」

 「まるで人間の奴隷みたいウキよ!」

 「君たちは本当にそれで良いと思っているウキか?」


 言いたいことは言い切れた。しかしその言葉は彼らを逆上させてしまう。


 「お前……! もう一遍言ってみろ!!!」


 失礼を承知で投げかけた言葉に、子分たちはいきり立ち、檻を揺らして威嚇する。今にも檻を壊して飛び掛かって来そうな雰囲気に気の小さいオイラはひどく怖じ気付いた。しかし親分はその言葉の意味を思案しているのか、目を閉じて何も言わない。緊張の一瞬、やがてカッと目を見開くと、オイラに問いかける。


 「お前さんはオレたちを情けないと、そう思っているんだろう?」

 「哀れなヤツらだと、そう言いたいのだろう?」


 怒っているわけではなさそうだった。しかし心に響く威厳のある話しぶりに背筋が伸びる。


 「そ、そういう訳じゃないウキ……」

 「ただオイラは自由な世界もあることを―…」

 「『自由』……ねえ……」


 親分はそう溜め息混じりに言うと、檻の隅に転がっている土色の木の実を片手に取り、


 「お前さん、この木の実を知ってるか?」


 見たことも食べたこともないそれに、オイラは首を横に振る。


 「ここにいる野郎ども、それこそこのオレを除いて―…」

 「皆、外の世界を知らねえんだ」

 「物心つく前からここで生活していてな」

 「オレたちは芸をすることで生きていく、いやそうすることでしか生きていけないのさ」

 「そんな輩に『自由』だなんて―…」

 「食ったこともない木の実の味を説明されるようなもんだ」

 「……ほらよ」


 すると突然、親分は手持ちの木の実をオイラの方へ投げてきた。


 「食ってみな」


 オイラは言われるがままにそれを口にする。


 (ウキッ! なんだこの味……不味いウキ!)


 思わず吐き出してしまうほどの強烈な酸味と苦み――それはオイラの口には合わない代物だった。


 「……だろう? そういうこともあるんだ」


 親分はそう静かに言うと、オイラに背を向け、


 「『自由』とは時と場合によっちゃあ、そういうものなんだ……」

 「……ウキ」

 「話はそれまでだ」

 「さっさと帰んな、人間に見つかると面倒になるぜ」


 そう言われるや、オイラは逃げるようにしてその場を立ち去った。


 「自由」の意味――確かに深く考えたことはなかった。ただ漠然と良いことなのだろうと、絶対的な正義のように錯覚していた。だから囚われの身であるように思えた「不自由」な彼らにそのことを教え諭し、あわよくば狭い檻の中から逃がしてやろうとさえ思った。しかし実際はどうだったか、彼らはあの場にいることを望んだ。所詮はオイラの自惚れた独り合点だったのだ。オイラは相手の立場をも鑑みず、自分の価値観を無責任に押し付けたのだ。そう考えると言い様の知れない自己嫌悪に陥ってしまう。


 「『自由』とは時に不味くもある」――相変わらず苦みを伴うその言葉を奥歯で噛み締めながら、なお後ろ髪を引かれる思いで自分の居場所へと戻って行った。



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