由来
「宇喜田ってもしかして―…」
「地方の出身か?」
想定していた問いではなく、拍子抜けした気分だ。しかし同時に最悪の展開を免れたのも事実で、ホッと胸を撫で下ろす。
「そ、そうウキよっ! 南の島からやって来たウキ!」
「何だよそれ、アイアイみたいじゃねえか!」
甲把はそう突っ込むと、ステレオタイプな猿真似をしながら笑い転げる。だがオイラからしてみればその例えはあながち間違いではなく、きまりの悪そうに苦笑するしかなかった。そして間髪を入れず、
「それに類人って名前も珍しいな……」
「何か由来とかあるの?」
矢継ぎ早に質問を飛ばして来る。たださっきより危険度の少ない問いかけで少し安心する。
「由来……ウキねぇ……」
そう言ってオイラは顎を指で撫でると、島での一幕を思い起こす。
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ある日のこと、日課の木の実採りに勤しんでいると、突然長老に呼ばれた。島の最深部に位置する長老の棲み処――ここに呼ばれるのは決まって悪事を働いた時だった。しかし今回は違う。まるっきり心当たりがなかったのだ。だが呼ばれたからには行くしかあるまい。そういうわけでオイラは長老の元へ急いだ。
「おお、よく来た。ささっ、そこに座れ」
目的の場所に着くや、その光景に徒ならぬ雰囲気を感じる。長老の他に五賢猿と呼ばれる学者猿も居合わせていたのだ。これは何かとてつもなく重大な用件であろうと勘ぐり、思わず身構えてしまう。
「ロベスピエールよ、お前はこれから人間の進学校に通うことになる」
「ウキッ!? そんなこと聞いてないウキよ!」
「いま初めて言ったからな、それでだ―…」
「人間界でやっていけるように今日から特訓すろぞい!」
「ウキッ!? いくらなんでも急すぎるウキよ……」
長老の唐突な申し出に早くもついて行けないでいた。だが当の長老は特段気にする素振りを見せない。そして困惑するオイラとは裏腹に、ドンドン先へと話を進めようとする。
「そこでだ! 手始めにお前の人間名を決める!」
「ちょっと待つウキ! オイラはまだ何も……」
「でも安心せよ、お前の為に良い名前を見つけてきたんじゃ!」
長老はオイラの話を聞いていなかった。自分の言いたいことだけ言い切ると、傍に控えていた学者達が「あるモノ」を差し出す。
「ロベスピエール、これを見ろ」
「これは人間界から持ち帰った書籍だ」
よくよく見るとそれはボロボロの図版だった。だがその表紙は所々剥がれ落ちていて、タイトルほか肝心なことはよく分からない。ただ中身をめくると、様々な動物が掲載されており、動物図鑑のようなものであることは確かだった。
「ここを見て欲しい」
指し示されるがままに該当箇所に目を落とす。するとそこにはオイラ達にそっくりな、しかし体格の大きく異なる動物が映っていた。その威風堂々たる体躯は写真越しにであってもオイラを戦慄させた。
「これは我々と同種の生き物だ」
「でも……とても強そうウキよ!」
学者は静かに頷き、一呼吸置いて続けた。
「その上に書かれている文字、これを見て欲しい」
強そうな猿の上に書かれている文字――「類人猿」の三文字が目に留まる。
「その三文字目『猿』は我々のことを指し示している」
「そしてその前二文字、これらの意味は我々学者にも分からない」
「ただ続く写真から推察するに―…」
ここで溜めを利かせ、オイラを一瞥する。眼鏡の奥から鋭く伸びる眼光は自信に満ち溢れているように感じた。学者はそれらの情報から一体何を読み取ったのか、緊張の空気が辺りを包む。そして――。
「『類人』は『最高の』という意味に違いない!」
「だからロベスピエール、お前の名前は『類人』に決まりだ!」
そう言い切るや、周りは拍手喝采の大騒ぎ、加えて日頃はしかめっ面の長老もご満悦の様子に、何だかオイラまで嬉しくなり、手を叩いて喜びを表現する。こうしてオイラは「類人」になった――。
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「名前の由来は……『素晴らしい人』って意味ウキ……」
「おお~、なるほどな……良い名前だ!」
だがオイラは知っていた。「類人」――それは「人擬き」という意味であることを知ってしまっていたのだ。しかし時すでに遅し、気付いた頃には諸々の手続きを終えていた。「類人」――よくよく考えると言い当て妙なその名前に、意図せず笑いが込み上げてくる。いかにして人間らしく振る舞うか、オイラの命運はその一点に懸かっている。その意味をも込められたとすれば、あながち悪い名前でもない気がしてきた。
それからというものの、本当に他愛もない会話で盛り上がり、あっと言う間に就寝時間となった。自室に戻り、消灯する。そして底抜けに暗い天井を見て思う。終わりよければ全て良し、色々あったけれども一先ず今日は良い日だった。そう思いながらウトウトしていると、いつの間にやら深い眠りに落ちていた。