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浮世の風  作者: 金王丸
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博打


 人間界へ戻って一週間ほど経った頃、途中の路端で工面した花束を口に咥えてひたすら約束の樹を目指す。額に滴る汗を何度拭っただろうか、定かではない。しかし身体の芯から茹で上げるような厳しい残暑を以ってしてもオイラの恋心を今まで以上に熱することは出来なかった。島に帰省していた約一ヶ月の間、ウキ江に対して向けられたその気持ちは今や暴発寸前、とても伝えられずにはいられなかった。オイラは遂に意を決した。生まれて初めてする本気の恋、彼女に気持ちを伝え、合わせて彼女の気持ちをも確認するべく、本来の姿を取り戻してかの地に向かう。


 (ウキ江さん、ちゃんといてくれウキよ……)


 半ば盲目的に突き進むオイラではあるが、何の憂いもない、というわけではなかった。その一つ、最も大なる憂事は、果たして彼女を目的の場所に見つけることが出来るか、その一点に集約されていた。と言うのは、元々帰省後に二人で会う日時を言い交わしていなかったのだ。だからこちらがどんなに強く会いたいと願っても、その思いは虚しく彼女に伝わるはずはなかった。九月初旬、最初の土曜日にいつもの場所へ行けばきっと会えるだろう。しかしそこまで待てそうにない。一層のこと、裏山中を駆け回って彼女を見つけてやろうか、そう思い詰めていた矢先、遥か海の彼方から強力な協力者が姿を現した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 コツン、コツン―…夜分遅くに窓を叩く音、その瞬間、オイラは彼の来訪を悟る。


 「ハトローウキか!?」

 「ホロッホ~!」

 「早く入るウキ! 虫が入って来るウキ!」


 オイラは急かしつつ彼を招き入れるや、長老からの手紙を受け取る。そしてそれに目を通さぬまま、いつものようにお菓子を与え、長旅の労をねぎらっていると、


 (ハトロー……伝書鳩……ウキ!)


 自身の憂い、つまりウキ江との再会を如何に果たすか、について、ある名案を思いついた。それは単純明快、来訪の日時をハトローに言伝してもらえば良いのだ。そう思い立つや、すべきことはただ一つ、


 「ハトロー! お前に頼みたいことがあるウキ……」

 「ホロッホ~?(一体、どうしたんだい?)」

 「ちょっと待つウキ!」


 するとオイラはそこらから紙を拾い上げ、伝えたい用件を丁寧に書き起こす。そしてその紙を何重にも折り重ねてから、おもむろに彼の前へと差し出した。


 「ハトロー、一生のお願いウキ……」

 「これを……ウキ江さんに届けて欲しいウキ!」

 「ホロッホ~!?(な、なんだって~!?)」

 「頼む……! この通りウキ!」


 腹の奥から絞り出すように言うと、オイラは膝を折り畳み、床に額を擦り付けた。するとその姿を見兼ねたのか、彼は羽根をバタつかせ、


 「ホロッホ~!(分かった、分かったから頭を上げてくれ!)」

 「じゃあ、オイラの頼みを――」

 「ホロッホ……(そこまで言うなら……)」

 「ウキッ!? 聞き入れてくれるウキか!?」


 オイラの願いは届いた、これでウキ江との再会を果たせる――かに思えた矢先、彼は少し考え込むような素振りを見せて曰く、


 「ホロッホ~?(でもその受取人、どこにいるんだい?)」

 「裏山にいるウキ!」

 「ホロッホ~?(裏山?)」

 「その通りウキ! 裏山のどこかにいるウキ!」

 「ホロッホ~!(どこかって……それじゃあ見つからないよ!)」

 「大丈夫ウキ! 手掛かりはあるウキよ!」


 そう言ってオイラはウキ江の容姿について、出来るだけ事細かに口伝した。美しい栗毛、可愛らしい目鼻尻尾に安産体型の美人猿――彼女の特徴を口にすればするほど、在りし日の彼女を想像して思わずにやけてしまう。とにかく彼女に早く会いたいという一心でオイラは言葉を並べ連ね、彼に対して一縷いちるの望みを託した。そして一通り話し終えると、


 「ホロッホ~(う~ん、出来るか分からないけど……やってみるよ)」

 「本当ウキか!? やったウキ! 恩に着るウキ!」

 「ホロッホ~!(成功報酬はお菓子だからね!)」

 「分かったウキ! 約束するウキ!」


 こうしてハトローは夜の闇に消えていった――。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 オイラはこの期に及んで半信半疑だった。後日オイラの元へと舞い戻って来たハトローはそれらしき雌猿に手紙を渡したと報告してきた。その時は素直に喜び、約束通りお菓子をくれてやったりもした。しかし一方であれだけの手掛かりで彼女を探し当てられたとも思えない。もしや別猿に渡したのでは……様々に勘繰った結果、地面を蹴り出す四肢の捌きも鈍ってしまう。


 (でも……信じるしかないウキ……!)


 約束の地は目前に迫っている。果たして彼女はやって来るのか――勝てる気のしない丁半博打に身も賽もを投じるような心持ちで、オイラはただ前に進むしかなかった。



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