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浮世の風  作者: 金王丸
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絵空事


 故郷の島に帰省して数日、オイラは徐々に元の生活を取り戻しつつあった。四肢を上手く動かして地を駆け、木を伝う――この地を出るまでは当たり前に出来ていたことだと言うのに、人間の二足歩行に慣れ切った身体には不思議と難しく感じられる。毎度帰省する度に覚えるその種の違和感は今回も健在で、オイラは数日のリハビリ期間を経て、ようやく人間から猿へと立派に「退化」せしめたのである。


 ただ良いことばかりではない。オイラはこの島にいる間ずっと、長老や学者、ひいては一族の皆に如何ともし難い後ろめたさを感じていた。


 それは何故か、理由はただ一つ、一族の期待に対するあるまじき背信の所為である。皆はオイラを「木の実博士」にするべく人間の進学校へと通わせてくれている。学費・交遊費・その他の必要経費……狩猟・採集でしか稼ぎのない島の経済状況を鑑みれば、決して容易い支援では有り得ない。


 それなのに、皆の望む道を早々に諦め、あろうことかその事実を隠匿しても尚、平然とこの場に立っていられることこそ、彼らに対する裏切りであり、吐き気を催すような居心地の悪さを感じさせる要因でもあった。


 そしてある日の夕暮れ、島の中心にそびえ立つ大木の枝木に腰掛けて、親友のマラーと二人、そこから望む海を物憂げに眺めていた。そしてしばらく続く話の凪、沈黙の折に、オイラはあの憂鬱を心の檻から解放し、その一切合切を打ち明けてしまいたいという衝動に駆られる。腹の中に溜め込んだ異物をいまここで吐き出してしまえば、少しばかり楽になるかもしれない。やがて堪えきれなくなり、暴露しようとしたその時、


「ロベスピエール、お前に話しておきたいことがある」


彼はさっとこちらに向き直るや、何時になく真剣な眼差しでじっとオイラを見据える。


「急にかしこまって……一体どうしたウキ……?」

「あのさ、オレ―…」

「来年、結婚することになった」

「ウキッ!?」


 思いも寄らない告白に、オイラは素っ頓狂な声を上げて仰け反り、バランスを崩して危うく落ちそうになる。


 「その……相手は……?」

 「隣島の娘だ」

 「とても可愛いんだぞ…!」


 そう言って柄にもなく惚気のろける彼を見て、微笑ましくなる。と同時に、オイラは遠く大海を隔てた内地で過ごすウキ江に仮託して、何だか照れ臭くもなる。


 「なんだよ、ニヤニヤして……」

 「ところでお前の方はどうなんだ?」


 彼は一瞬見せたオイラのニヤつきを見逃していなかった。こうなっては致し方ない、オイラは今まで島の誰にも口外していなかった自身の恋愛遍歴、その一部始終を余さずに語り尽くした。そして全てを聞き終えたマラーは至極感心したように、


 「ほう……お前もなかなかやるな……」

 「当然ウキ! オイラは島一番の色男ウキよ!」


 そう言って自信あり気に胸板を一つ叩いて見せた。彼は手を叩いてケラケラと笑った後、


 「じゃあ次はそのウキ江さんに告白しなきゃな!」

 「告白!?!? まだ早いウキよ!」

 「早いに越したことはないんだよ! 経験者を信じて、さ!」


 それからと言うものの、オイラたち二人はウキ江を如何にしてめとるか、その方策について激論を交わした。そして辺りに夜のとばりが下りかけた頃、言い様の知れない充足感と共に、大木を後にした。体毛をさやかになびかせ、頬をそっと撫でる陸風の心地良さに、遠く離れた仮初めの地で待つ彼女とのこれからを思い描きながら――。



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