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浮世の風  作者: 金王丸
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黒い刺客


 (これは要る……これは置いていく―…)


 翌日に迫った夏休みの帰省を前に、大きめのボストンバッグを床に横たわらせ、衣類や電子機器、書籍など、実家に持って帰る必要のある物を次々と入れていく。そして残すは勉強道具のみとなった段階で、一旦荷造りの手を止め、ふと本棚に目をやる。


 (……んっ!? 一巻足りないぞ……?)


 巻数通りに整然と並べられているマンガ本の数々、その内の一巻分がすっぽり抜き取られていたのだ。


 (アイツ……また勝手に……)


 マンガ本を無断で持ち去った犯人は恐らく類人だろう。彼は時たま断りもなく物を借りていく。事前に言ってくれればこちらとしても快く貸してあげられるものだ。それなのに彼の場合はいつも事後報告、何かを返しに来た時になって初めて貸していたという事実にぶつかることだってある。しかし彼は全く悪びれる様子を見せない。それどころか仲間内の貸し借りはかくあるべしとさえ思っている風に映る。


 (さっさと回収しなきゃ……!)


 このまま放っておくと帰省前の大掃除に巻き込まれて捨てられるかもしれない。僕はそのことを懸念し、急ぎ彼の部屋へと向かった。


 「お~い、類人! いるか~?」


 僕は部屋の扉を開けつつ、留守を確かめた。目の前に広がるゴミ屋敷、しかし肝心の彼の姿が見当たらない。


 「……ったく、しょうがないな~」


 本来、他人の部屋に無断で押し入ることはモラルに反する。「バレンタイン騒動」の時にも確認した通りだ。しかし今回はマンガ本の奪還という大義名分がある故、前回ほどに躊躇することはなかった。


 (さて、どこにあるだろうか……)


 かくして僕は自分のマンガ本を捜索するに至ったのだが、その前途は絶望的なものだった。部屋の入り口から勉強机までの獣道一本を除いて、殆どのスペースにゴミが散乱しているのだ。これから僕は砂漠の中から一握りの砂金を求めるが如く、このゴミ山からマンガ本を見つけ出さなければならない。その労苦を想像するに、取り掛かる前から参ってしまいそうだ。


 そしてもう一つ懸念材料――それは、このゴミ山に「黒い刺客」が潜んでいるかもしれない、ということだ。毎年この季節になるとそこら中に出てくるあの存在に、僕は過剰なほどの恐れを為していた。建物自体が古いせいか、あれほど清潔に保っている僕の部屋ですら去年だけで二、三匹出没したのだ。いわんや「彼の汚部屋」をや、この部屋にいないはずがない。(と言うか、この部屋を根城にしている可能性さえある)そういう訳で事を慎重に推し進めていく必要がある。


 まずはマンガを読みそうな場所――勉強机周辺に焦点を絞った。僕は獣道を注意深く進みながら、ふと視線を机上に向けると、


 「……あった!」


 山積みにされた参考書類、その頂にちょうど屋根のような格好で開き置かれていたマンガ本は、間違いなく僕の本棚から抜き取られていた物だった。部屋に入ってから五分と経たない内に捜索対象物を見つけてしまうという、どこか呆気ない幕切れに少々拍子抜けの感は否めないが、ゴミ山を漁ることなく済みそうでホッと胸を撫で下ろす。


 机上に置かれたマンガ本をさっさと回収して撤収しよう。そして一歩踏み出したその時だった。


 (……えっ?)


 思わず息を飲む。眼前の現実、視神経伝達、状況把握――それらを総合するに、僕は見てしまったらしい。窓際に寄せられた山積みの麓、開かれたままの参考書の上に黒光りする不吉な塊を見つけてしまったのだ。その瞬間、僕の身体はピタリを動きを止め、辺りは一変、緊迫した空気に包まれた。


 (ここまで来て……マジかよ……)


 相手に気付かれぬよう、息を殺してまじまじと確認する。やはり間違いない、ヤツは確かにヤツだった。しかし妙なことにヤツはヤツらしくなかった。というのは、ヤツらは種の性質として「負の走光性」、つまり光から逃げるようになっているのだ。だが目の前のヤツはどうだ、煌々と照らされた部屋の明かりを気にも留めず、参考書の上に張り付いているではないか――。


 僕はその様子をじっと見つめながら、不意にあることを思いつく。やがて予断を許さない状況にも関わらず、ふふっと気味の悪い笑い声を漏らしてしまった。


 (さてはアイツ、怠け者の家主に代わって勉強してやってるんじゃ……)


 怠惰な類人に代わって勉学に勤しむ黒羽――想像すればするほどに滑稽な絵面で、腹の虫も笑いを堪え切れない。しかしそのようにコミカルな捉え方をすることで、不思議とヤツに対する生理的嫌悪感が薄れていることに気付く。


 (今なら……大丈夫……かも!)


 僕はヤツの勉強を邪魔しないよう、そっと後ろに回り込む。そして慎重に腕を伸ばすこと十数秒、マンガ本に触れかけたその時、ガチャリ、不意に部屋の扉は開かれた。


 「……ウキッ!? 修悟、何してるウキか!」

 「いや、お前こそ―…」


 類人は大きな声で僕を問いただす。一方の僕も彼の咎を追及するべく不用意に声を荒げてしまった。そして僕らの口論に驚いたのか、慌てたような様子でヤツも動き出す。


 ――カサ、カサ、カサ―……


 「うわあ~!!!!!」

 「ウキー!!!!!」


 御器噛り 悲鳴木霊す 大被り――何はともあれ、明日から夏休みだ。

 


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