手助け
長く続いた雨の季節は疾うに過ぎ去り、時は七夕、小暑の頃合い、オイラは額に汗を浮かべながら、えっちらおっちら裏山を登る。月初め恒例の換金行路だ。いつものように木の実で一杯の重いカバンを背負い込み、一途に兵十さんの棲み処を目指す。しかし今日はある思いをも抱いて、この日に臨んでいた。オイラは顔の汗をひと拭いに拭い去るや、もう少しで辿り着くかの地へと歩みを速めた。
「兵十さ~ん! 木の実の換金に来たウキよ!」
「おっ、ロベスピエールじゃねえか!」
兵十さんは洞窟の外で野良作業をしていたらしく、オイラの姿を見るとその作業を中断した。そして首に垂れ下げていたタオルで顔元を拭きながら、座ったままオイラに応対する。
「最近、よく顔を出しやがるが……」
「今日は木の実の換金かいな」
「そうウキ! よろしく頼むウキ!」
そう言うと兵十さんは重い腰を上げて、洞窟の中へ戻って行った。
ここ最近、オイラは毎週のようにこの裏山を訪れていた。目的はただ一つ、ウキ江さんに会うためだ。しかし人間のまま会う訳にもいかず、元の姿へ戻してもらうべくこの場所に寄っていた。それ故、以前ほどに久しぶりな感じはしなかったし、その様子は彼の口ぶりにも表れていた。
その間、オイラはただ荷物を下ろすだけ下ろして、切り株の上に腰を掛けていた。数分間の手持無沙汰、やがて兵十さんは戻って来るなり、
「お前、なに呑気に座ってんだ!」
「木の実は数え終わったんだろうな!?」
オイラはその言葉を聞くや、予め数えておいた換金用の木の実をカバンから取り出すと、兵十さんの元に差し出した。するとその分量を見た彼は訝しそうに首を傾げて、
「今回はかなり少なく見えるが……」
「まさか……不作か!?」
兵十さんは柄にもなく心配した様子でオイラに問いかける。しかしそんな心配は無用、今回の換金量はある目的のため、意図的に少なくしてあるのだ。
「違うウキよ! 仕送り自体はいつもと変わらないウキ!」
「そうなのか……? 本当に大丈夫なのか……?」
「木の実なんて現物のままじゃ食べることしか出来ねえぞ?」
「分かってるウキ! だから今日はこれで大丈夫ウキ!」
相変わらず心配そうな兵十さんをどうにか取りなすと、いつもより実入りの少ない5000円札を受け取った。そして元の姿に戻してもらうと、足早にその場を去った。
「変身の頻度と言い、換金の仕方と言い―…」
「最近、どうも様子がおかしいな……」
訝しがるような兵十さんの独り言、しかしオイラには何も聞こえていなかった。心配そうに見送る兵十さんの思いやり、しかしオイラは何も考えず、顧みない。ひたすら前のみを見つめ、地を駆け、木を伝う。次の目的地、それは約束の大楠だ。
(これでウキ江さんを救えるウキ……!)
このような状況に陥った経緯、事の発端は先々週に遡る――。
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「ハァ~…」
ふとした話の凪、ウキ江さんはまた溜め息をつく。これで何度目だろうか、今日の彼女はどこかおかしい。薄曇りの梅雨空の下、四度目の対面を果たしたオイラたち二人は大楠の枝に腰掛け、共に時を過ごす。しかし今日の彼女はいやに言葉少な、オイラの話にもぼんやり上の空で、何やら思い悩んでいることは明白だった。
「ウキ江さん……?」
「……」
「ウキ江さん!」
「……えっ!?」
こんなウキ江さんは初めて見る。やはりどこかおかしい。この急激な変調ぶり、何かとんでもない悩みを抱えているかもしれない。そうと気付いたオイラに見過ごすという選択肢はなかった。
「ウキ江さん……今日はどうしたウキ?」
「様子がおかしいウキ……」
「えっ、そんなこと……ないウキよ……?」
そう強がってみせる彼女の、急ごしらえな笑顔を見るにつけ、胸が締め付けられるような感覚に陥るのと同時に、どうにかしてあげなければならないというお節介染みた義務感に駆られる。しかし肝心の一言を発せぬまま、しばらく沈黙していると、
「……私の話、聞いてくれるウキか……?」
「もっ、勿論ウキ! 何でも聞くウキよ!」
「それじゃ、ピエールくんにだけ―…」
結論から言うと、彼女はこの大楠に隠しておいた木の実を何者かに持ち去られたそうだ。しかもそれらは彼女の一族で取りまとめていた物の一部らしく、もしそのことが公になれば、一族内での彼女の居場所はなくなり、路頭に迷うとのこと、だから彼女はどうしていいのか分からず、一人思い悩んでいた――ざっとこういう訳だ。
途中、彼女は今にも泣き出しそうになりながら、オイラに胸の内に秘めた思いを吐露してくれた。そしてその話を聞いている内に、ふとあることに気付く。
(もしかして……オイラ、頼りにされてる!?)
そして遂には、このまま彼女を放ってはおけない、彼女のために一肌脱がなければ……とこう思うまでに至った。打算や理屈ではない、ただ彼女の力になりたいという一心で自分の出来ることを為すだけだ。やがて彼女の話を一通り聞き終えた後、オイラは意を決して切り出す。
「木の実……どれくらい必要ウキ?」
「……500個くらいウキ」
(……500個!?)
オイラは彼女の口から飛び出した個数(仕送り約四ヶ月相当額)に一瞬尻込みするも、ここまで聞いてしまっては引き返せる訳もなく、
「分かったウキ……! オイラに任せるウキ……!」
「本当、ウキか……?」
「男に二言はないウキ……!」
「ピエールくん……ありがとうウキ……!」
こうしてオイラは彼女を手助けすることになった。これからどうなるか、先のことはまるで分からない。多額の不明金を取り戻す術なぞ手持ちの木の実以上に持ち合わせていないのだから。ただ今は、隣に寄り添う彼女の笑顔を取り戻せた、それだけで良しとしよう。
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「ウキ江さん……待っててウキ……! 今すぐに行くウキよ!」
恋慕の魔法に掛けられたオイラの純情は一途に密林を猛進する。




