喝采
「うおおおおお!!!」
「ウキー!!!」
薄暗い曇天広がる小康状態から一変、僕らは突然の暴風雨に見舞われた。
「これ、ヤバいって!」
「えっ!? なんて? 聞こえない……」
コンクリートに打ち付ける雨音は至近距離での会話をも掻き消すほどに喧しく激しいものであった。しかしバケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨でさえ恐るるに足らなかった。この局面、真に僕らを難儀させたのは、断続的かつ不規則的に吹きつける暴風の方だった。
「やっべ! 飛ばされる……!」
僕らは絶え間なく変わる風の流れに上手く対応しながら、どうにか風雨を耐え凌いでいた。少しでも対応に手間取ったり、操縦自体を誤ろうものなら、僕と類人を守っている手持ちの安ビニール傘は忽ちに壊れてしまうだろう。それほど切迫した状況に僕らは立たされていた。当初、四つの手で握られていたシールドは抜群の連携を以ってして吹き晒す暴風雨に対峙していた。しかし次第にその連携は乱れ、やがて事件は起こった。
「ウキー! 濡れるウキ!」
「修悟ばっかり入り込み過ぎウキ!」
そう言って類人は自分のスペースを主張し、傘の中央に身を寄せてきたのだ。一方、その横暴を黙って見過ごす僕ではなかった。
「おい! そんなに入って来るな!」
「こっちが濡れるだろっ!」
こうして傘下のスペースを争っていると、一瞬の凪を迎えた後、突然に気流が変化した。
「あっ……!」
「ウキッ!?」
前屈みになっていた僕らの背後から、目下繰り広げられていた醜い争いを嘲笑うかのように、強烈な突風が吹きつけた。その瞬間、傘の親骨はニラのように逆立ち、二人を混沌とした外界へ放り出す。再び態勢を整えようと試行錯誤を繰り返すも、頼みのそれは既に伸び切ってしまい、使い物にならなくなっていた。
「バカだな~! ずぶ濡れだぞ!」
黒々とした雨傘を手にした明良は雨風に晒される二人を傍で笑った。そして得意気な顔をして一言、
「オレはこういった場面を見越して―…」
「このしっかりしてそうな傘を拝借したのさ!」
僕らはもう我慢ならなかった。さながら「蜘蛛の糸」にでも縋るような思いで明良の傘に入り込むと、しばらくの間、三人で押し合いへし合い、己のスペースを主張し合った。
「お前ら……やめろって……! これはオレの……」
「うるせえ! 借りパクした傘だろっ!」
「もうちょっと詰めるウキ! オイラが濡れてしまうウキ!」
そして悲劇は繰り返された――。状況は先程とまるで同様、内紛を起こしている間に下手を打ってしまったのだ。突如逆流し吹き上げる強風を裏面で受けてしまっては、いくらしっかりした黒傘とて無力だった。
「おい! 壊れちまったじゃねえか!」
「だって仕方ないだろう……」
「濡れるのは嫌だったウキ……」
壊れた傘はどこへやら、僕らは土砂降りの中、全身びしょ濡れでその場に立ち尽くしていた。まるでひと風呂浴びたよう、額に前髪をぴったりと付け、顎元から滴る露にも構わない。雨晒し、吹き晒しの惨状、しかし不思議と悲壮感はない。大雨にも拘らず傘を差さない非常識、雨風に打たれるがまま身を晒し出す非日常に、僕らは突き上げるような衝動に駆られ、訳も分からず高揚していく。そして、
「うおおおおお!!!」
「ウキー!!!」
傍の二人は言葉にならない大声で、欝然とした暗雲に向かって絶叫する。試験明け、束縛からの解放、自由への喝采――様々な思いを込め、いや、特段意味のない行動かもしれないが、ひたすらに叫ぶ。
「あああああ!!!」
僕も負けじと雄叫びを上げる。日頃なら感じるであろう照れや恥じらいは、依然としてその勢いを止めない大雨にすっきり流されてしまった。モラルや規律、世間体なんてものは捨て去った、とにかく今は喝采を上げたい気分なのだ。こうして僕らは気の済むまでこの「ショーシャンクの空」に叫び続けた。これから先、下宿に帰り着くや否や、怒髪天を衝くかの如く待ち受けるおばさんの雷に打たれることとは知らずに――。




