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浮世の風  作者: 金王丸
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落葉萌芽


 賽は投げられた。いや、出目は揃ったと言うべきか、来たる運命の土曜日、オイラは大方の予想通りに裏山の奥地・約束の楠でウキ江を待っていた。この世を明るく照らす五月晴れとは対照的に、オイラの内心は愚図ついていた。


 (本当にアレで良かったウキか……)


 今更ながらに募る後悔、その後ろめたさの由来は、喜治さんとのデートを三度延期させたこと、ではない。


 それよりなにより、その断り方、にあった。どんな言い訳をしようか、如何に切り出すべきか、彼女は一体どういった反応を示すだろうか――あれでもない、これでもないと最適解を探りつつ、三日前、二日前、前日、と無情にも時は流れ、遂にオイラは投げ出した。彼女から貰い受けた携帯電話の電源をひと思いにぶち切り、本能の赴くままに当地へと駆け登ったのだった。


 つまりは「ドタバタキャンセル」を超える悪手、事前連絡なしの「無断キャンセル」を仕出かしてしまったのだ。これには流石のオイラも胸を痛めていた。どうして連絡しなかったのか、この期に及んで罪の意識に苛まれる。しかし決して悪気はなかった。胸の奥底で煮えたぎる何かに突き動かされ、この場へ至ったと言う他にないのである。それは恋心以上の、大袈裟に言えば動物的本能とも呼ぶべき、一種の生理現象に近しいものなのかもしれない。


 とにかくオイラはそう言った事情でかねてからの約束通りにやって来るであろう喜治さんを切り捨て、肝心な約束すらままならないウキ江を待つことになった。


 そもそも立ち返って考えてみれば、オイラにとって「喜治姫華」とは何者なのだろう。対外的には「恋人」と定義され、当のオイラたちもそう思って今の今まで付き合ってきた。現に「好きか嫌いか」と問われれば、当然「好き」な分類だ。しかし「愛しているか」と問われれば、それは違う。オイラは「付き合う」ということをそこまで深く考えていなかった。人間の女性と付き合うこと、つまり異種間の恋仲に対する好奇心と、あの「喜治姫華」の彼氏であるという羨まれるべきステータスに酔いしれていただけなのかもしれない。結局、彼女は得難く高価な宝石のようなものだったのだ。


 一方でウキ江は違った。同種であるという点を差し置いても、オイラは彼女に心惹かれていた。直感的に愛せそうだと思えた。だからこうして未だ見えない彼女を待ち続けている。


 (やっぱり来ないウキね……)


 約束の時間からどれだけ過ぎただろう、日も傾き始め、半ば諦めかけたその時だった。近くの樹木からカサカサと音がしたかと思えば、遂に想い猿は現れた――。


 「ウキッ!? ずっと待ってたウキか!?」

 「ウキ江さん……! 来てくれたウキか……!」

 「遅くなって申し訳ないウキ……」

 「気にしないで欲しいウキ! オイラもさっき来たばっかりウキよ!」


 まさかの事態に興奮を隠し切れない。なんと彼女はやって来たのだ。ダメ元で言い放った一方的な約束は受け入れられていたのだ。この瞬間、オイラはあらゆる憂事をとんと忘れ、「恋は盲目」という諺の通り、彼女との世界にのめり込んで行った。


 改めてウキ江さんは素晴らしい。ルックス、身体つき、尻尾の感じ――その全てにおいて、前に付き合っていた人間とは比べ物にならないくらい、オイラの理想だった。これなら今後、嫁入りする際、島に連れて行っても恥ずかしくない、むしろ絶賛され、歓迎されるに違いないとさえ思った。


 やがてオイラは彼女と会話する傍ら、今日この場にわざわざ来てくれたという事実、加えて隣で楽し気に振る舞う彼女の姿、まぶし過ぎる笑顔、時折見せる艶美な眼差し――これらの状況証拠とを合わせて、一つの予感に支配される。


 (もしかして、ウキ江さんはオイラのことを―…)


 こうして秘密の逢瀬は日の暮れる頃まで続いた――。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 言い様の知れぬ満足感に包まれて、帰宅したのは門限ギリギリの時間だった。オイラは素早く夕飯を平らげると、その足で風呂場に向かった。そして入浴後、半日ぶりの自室に戻り、ホッと一息、携帯電話を開くや否や、


 「……ウキッ!?」


 「通信サービスなし」の文言が目に飛び込んできた。そしてよくよく見てみると、画面の右上、携帯電話の電波が全く立っていないことに気付く。


 (おかしいウキねえ……)


 今まで経験したことのない事態に、オイラはでたらめに操作しながら、電波を求めて部屋中を歩き回った。しかし見えないそれをいくら探し回っても、通信状態にならないのだ。これはマズい、明良に相談しなければ、と言うことで、オイラは明良の部屋に駆け込んだ。


 「んんっ!? どうしたんだ急に―…」

 「明良、大変ウキ! 携帯電話の調子がおかしいウキ!」

 「全くびっくりさせんなよ……」


 明良は珍しく机に向かっており、椅子に座ったまま、携帯電話を寄越すようにこちらへ手を伸ばしてきた。そしてしばらくの間、何やらいじくった後、一言、


 「こりゃダメだ、契約切られてるぞ」

 「……ウキッ!? そんな~…」

 「何か心当たりはないのか?」


 心当たりはある。しかしここで言える訳もない。その質問をさらりと受け流すや、オイラは続ける。


 「この機械、もう使い物にならないウキか……?」

 「通信出来ないんじゃあな……どうしようもない」

 「電話は勿論のこと、ネットにも繋げないし、ゲームも出来ないぞ」

 「ウキッー!? それは困るウキ!」

 「まあ……ドンマイだ……」


 携帯電話の契約主・喜治姫華の逆鱗に触れたオイラは、いよいよ文明の利器を奪われてしまった。しかし新たな恋路にあってそれは不要なものだ。しばらくは狼狽え、悔やんでいたものの、就寝する頃には平静を取り戻していた。


 やがて夢への入り口に立ち、ウキ江さんのことだけを考え、彼女の夢を見ることを望んだ。恋は終わり、また始まる。先行きは明るい。新葉のような恋心を胸に、死んだように寝入るオイラであった。



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