選択
ある日の昼下がり、オイラは明良と共に中庭の掃除をしていた。箒を中指の腹に乗せ、器用にバランスを取って遊んでいる明良の傍ら、惰性に任せて塵を払っていたオイラはぼんやり彼女のことを考えていた。あの日以来、ふとした心の凪に浮かぶのはいつも彼女の姿だった。彼女の笑った顔、怒った顔、驚いた顔――あの場で見た全ての表情はいま現在、オイラの心に棲みついて離れない。
「お前、最近どうなのよ?」
急な問いかけに一瞬、返答を躊躇する。しかしすぐさま理解した。彼の言う「最近」とは、喜治姫華との関係についてのことだろう。
「喜治さんと上手くいってんのか?」
「まあ、それなりウキよ……」
去年のクリスマスから早半年、オイラは喜治さんと付き合ってきた。しかし最近は上手く云々の問題ではなく、まともに会えてすらいなかった。最後にデートしたのはいつだろう、恐らく春休み前だったような気がする。少なくとも新学期に入ってからは一度もなかった。近頃、オイラたちを繋ぎ留めているモノは一日に一、二通交わされる無機質な電子メール、ただそれだけだった。
「いいよな~、オレも可愛い彼女欲しいな~」
「いやいや、明良ならきっと出来るウキよ……」
高みの見物かよ、明良は笑いながらオイラを箒で小突いた。
「痛いウキ! 何するウキか!」
「ハハッ、悪い、悪い」
明良は冗談めかして謝ると、今度は箒をバットに見立てて野球の素振りを始めた。すると再度、話は元に戻ったらしく、
「つーかお前さ、喜治さんと遊んだりしてんの?」
オイラは再び返答に窮した。これは口外にしてよいものか分からないが、実は今週の土曜日、喜治さんと久しぶりのデートをすることになっていた。以前にも遊ぶ予定自体は存在したのだけれども、直近になるとどうしても面倒臭くなってしまうという甲斐性のなさの所為で、直前のキャンセルを二回続けてしまったのだ。だから今回は外せない。オイラの「三度目の正直」に懸ける思いは並大抵のものではなかった。
「まあ……今週の土曜日に遊ぶウキ」
「へえ~、良かったじゃん」
「それじゃあ、土曜日、頑張れよ!」
そう茶化して言う明良に対し、ただはにかんで頷くだけ、とにかく気を紛らわせたくなり、同じ所ばかりを箒でひと掃き、ふた掃きと繰り返す。しかし改めて考えてみると、オイラは多忙だ。今週の土曜日、喜治さんとデートをしたかと思えば、またウキ江さんにも会いに行かねばならない。
(……んんっ!?)
まさか――オイラの思考は一瞬、フリーズする。そして一度冷静になって、先週の土曜日、ウキ江に言った言葉を思い出す。
『来週のこの時間、この場所であなたを待ってるウキ~!』
(やってしまったウキ……)
忙しく動かしていた手をピタリと止める。とんでもないことをやからしてしまった。その事実に触れたオイラの顔色は絶望的な藍色へと変貌し、また心の景色は冬の時代を迎えたように灰色に塗り込められ、生気を失った。ここに来てまさかのダブルブッキング発覚はオイラに大きな選択を強いる。
一つは、先約を守り、喜治さんとデートする、という選択肢だ。この場合、ウキ江との約束は反故になる。もう一つは、どうにか言い訳をして、喜治さんとのデートを延期する、という選択肢だ。この場合、今週の土曜日に裏山へと行くことが出来る。こう並べてみると、どちらを選ぶべきかは火を見るよりも明らかで、当然後者になってくるのだろう。
しかしオイラは過去二度にわたって喜治さんのデートを「ドタキャン」しているため、再度の予定変更を相談しようにも心苦しい。「仏の顔も三度まで」という諺の通り、何を言われるか知れたことではない。怒られるだけならばまだしも、それ以上の深刻な状況(個人的に一番恐れているのは、携帯電話の没収、なのだが……)すら待ち受けているかもしれない。そういった個別かつ特殊な事情を鑑みるに、一筋縄ではいかない複雑な問題なのだ。
(一体、どうすればいいウキか……)
実際、どちらを選ぶべきか、おぼろげながらにも最善手は見えていた。しかしその選択の果てに強いられる行動の難しさに、これから先の数日間、思い悩まされることになろうとはまだ知る由もなかった。




