発覚
ガチャリ――遂に部屋の扉は開かれた。室内に流れ込む冷ややかな外気が頬を突き刺すと同時に、三人は目を合わす。驚いたように目を引ん剝く類人とは対照的に、僕ら二人はきまり悪そうにふやけた笑みを浮かべる。そして一瞬の沈黙の後、
「よ、よお……! お帰り……」
明良は努めて何事もなかったかのように、いつもの調子で挨拶してみせるも、類人の表情は見る見るうちにその険しさを増し、
「お帰りって……お前ら……」
「他人の部屋で何してるウキか!」
そう言い放つや、通学カバンに手を掛けていた明良目がけてすっ飛んで来た。
「正直に白状するウキ! 何してたウキか!」
「やめっ……誤解だ……! 落ち着け……」
「類人、やめろって!」
怒りに任せて飛び掛かる類人、それに応戦する明良、僕は掴み合う二人をどうにか引き離そうと必死だった。しかし事態は中々収拾せず、衝動的な四肢の運びは更にその場を荒らしていく。泥棒にでも入られたのだろうかと勘繰りたくなる惨状の中、やがてどちらかの脚が傍に備えてあったゴミ箱を捉えた。
「あ~あ……んっ!?」
ゴミ箱は勢い良く倒れ、途端にその中身をぶちまけた。彼らを宥める傍ら、チラリとそちらに意識を向ける。するとあるモノが目に飛び込んでくる。類人の部屋に似遣わないお洒落な包装紙とその箱、
「あーっ!」
とうとう僕は見つけてしまった。嚢から出た木の実、箱から出た中身、そして嘘から出た実――紛れもない真実はすぐそこに転がっていた。
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「これは一体どういうことだ!」
「ウキ……」
余りにも騒ぎ過ぎたため、どうしたものかと心配して二階に上がって来た宿夫婦を上手く言い包めて立ち退かせた後、僕ら二人は類人を問い詰める。
「オレたちと別れた後、何してたんだ!」
「正直に白状しろ!」
「……」
件の包みを見つけ出したことで攻守をひっくり返した僕らは、神妙な面持ちで小さくまとまった類人を尋問する。しかし彼は口を真一文字に縫い付け、頑なに押し黙っている。すると明良は女子から貰ったとしか思えない包みを手に取ると、
「これは……明らかにそうだろう!」
「……」
このままでは埒が明かないと思い、妙に高圧的な明良を宥めつつ、類人に対して優しく語り掛ける。
「無断で部屋に入ったことは謝る」
「でも今日のお前は明らかに変だった」
「……」
類人は上目遣いにこちらを窺っていた。手応えありと悟った僕は更に畳み掛ける。
「どうしたのかなって心配で……」
「だから手掛かりを探してたら……こんな……」
「そうだったウキか……」
下手くそな泣き落としにまんまと引っ掛かった彼はいよいよ口を割りそうな雰囲気になる。バレンタインチョコを受け取ったという事実は明白で、そのことをわざわざ確認したいわけではない。真に興味をそそるのはその贈り手、つまり一体誰に貰ったのか、という点に尽きる。
「この際、洗い浚い話してしまえよ!」
「そうだぞ! 同じ釜の飯を食う仲だろ? 隠し事なんてなしだ!」
「……」
先程は厳しく追及していた明良も一緒になって、類人を説き落とす。これ以上の言葉はいらない。ただその時をひたすら待ち構えるのみ、僕らはしばらく黙って彼を見つめ続けた。するとその奇妙な状況に耐えかねたのか、
「誰にも言わないって約束出来るウキか……?」
「当たり前だろっ! オレたちだけの秘密だ!」
「それなら―…」
類人はようやく観念したようで、今日の出来事を時系列に沿って話し始めた。その内容からして、大方の筋書きは想定の範囲内に収まっており、なんだか肩透かしを食らったような気分にすらさせられる。やがて話は進み、肝心の相手を聞く段取りへと突入した。
「それで……相手は誰なんだ?」
正直、僕らは油断していた。話を聞く限り、特別なことは何一つなかったからだ。どうせ他校の女子だろう、名前を聞いたところで分かりやしない。こちらから問いかけたにも関わらず、そんな風に構えていた僕たちは次の瞬間、史上最大級の裏切りに遭う。
「喜治……喜治姫華さんウキ……」
「キジ!? そりゃまた鬼退治に行くんじゃあるまいし……」
「「喜治姫華!?!?!?」」
僕ら二人は眼窩から飛び出そうなくらい目ん玉を引ん剝くと、物を誤嚥したカエルのように口を大きく開くや、合わせて素っ頓狂な大声を上げた。僕は余りの衝撃にしばらく言葉を失っていると、
「喜治姫華って……あの……?」
「そうウキ……実は二ヶ月前から付き合ってたウキ……」
それからというものの、僕らは矢継ぎ早に質問を続けた。付き合うきっかけからデートの中身、出会ってから今日に至るまでの一部始終を、どんな些事でも漏らさず聞き通した。やがて時は過ぎ、気付けば就寝時間をとうに超えていた。そろそろお暇しなくては――そう思った矢先、階下からおばさんの怒声が飛ぶ。
「アンタたち、いつまで起きてるの!」
「早く寝なさい!」
僕らは慌てて立ち上がるや、急ぎ自室に退散した。そしてその去り際、
「絶対、誰にも言うんじゃないウキよ!」
こうして激動のバレンタインデーは、その名に隠された嘘を匂わせて、静かに終わりを迎えた。
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昨日はとんでもない目に遭った。オイラは三ヶ月間、隠し通してきた秘密を二人に話してしまった。しかし彼らは他言しないと約束してくれた。同じ屋根の下に住み、同じ釜の飯を食う仲間だ。きっと黙っていてくれるに違いない。オイラはそう信じて、いつものように学校へと向かった。
「アレが噂の―…」
「ああ、アイツらしいよ……」
周りの様子がどうにもおかしい。皆揃ってオイラの顔をまじまじと見るや、目を逸らし、ヒソヒソと内緒話をしているようだった。
(これは……まさかっ!?)
その時だった。背後から勢いよく近づいて来る足音にくるりと振り向く。
「宇喜田~! どういうことだ~!」
怒り狂った様子でオイラの名を叫ぶのは犬伏だった。彼はどうして怒っているのか、オイラには訳も分からない。
「朝から騒がしいウキね……」
「一体何が―…」
「とぼけんじゃねえ!」
「お前……あの噂は本当か……?」
「……ウキッ!?」
まさか――オイラは隣を歩いていたはずの二人、特に口の軽そうな明良を探すも、姿形さえ見えなくなっていた。約束は破られた。犬伏と同様、カッとなったオイラは今度こそ許すまじと言わんばかりに憤慨し、取っ付構えて引っ掻き回してやろうとヤツの姿を探す。
「明良~!!!」
「おい、待て! 話はまだ終わっちゃいないぞ!」
あれほど他言しないように釘を刺していた秘密の交際は本日を以って学校中に知れ渡り、周知の事実になってしまった。




