捜索
類人はしばらく二階に上がって来なかった。きっと先に夕食を摂ってから部屋に戻ってくるつもりなのだろう。僕ら二人はその瞬間をただひたすら待ち続けた。そして明良の部屋で待つこと十五分、トン、トン、トン―…にわかに聞こえてきた足音は疑惑に迫る僕らの気持ちを否が応にも高ぶらせる。やがて部屋の扉は閉められた。彼は荷物を置き、風呂の支度をしているに違いない。ものの二、三分すれば彼は自室を後にする。僕らはその留守に行動を起こそうと考えていた。しかし彼はなかなか部屋から出て来ない。
「チッ! おっせえな~早くしろよ……」
次第に苛立ちを見せる明良、風呂の支度にしては妙に時間を食っていた。僕らは扉の前、今にも飛び出そうという格好で、相変わらず外の様子に耳を傍立てていた。そしてしばらくの間、どうしようもなくやきもきしていると、
――ギィィ……バタンッ――タッタッタッタッ―…
(よしっ! 来た……!)
遂にこの時が訪れた。類人が部屋を空けたのだ。待ち望んでいた好機の到来に、動悸はその激しさを増し、喉はカラカラに干上がるほど乾き切る。僕は今すぐにでも飛び出さんとする明良の袖を強く掴みつつ、ヤツの足音が遠のくのを確認していた。やがてその音が浴場に消えたことを確信するや、
「行くぞ!」
そう言って僕らは映画で見たSWATの突入シーンみたく扉を突き飛ばすと、類人の部屋に歩みを進めた。その後、運命の扉の前に立ち、恐る恐るドアノブに手を伸ばす。
(頼むから……開いてくれ……)
半ば祈るような心境で、ガチャリ、おもむろにドアノブを回す。
(開いてくれ……)
一つ大きく深呼吸を入れると、内に押し込むよう力を入れる。すると、
――ギィィ―…
古びた蝶番の軋む音と共に、手応えもなく押しやられる扉、ガランとしたヤツの棲み処に事の成就を悟る。
「よっしゃ……!」
僕らはどちらからともなくハイタッチを交わす。本来他人の部屋に無断で侵入するべきではない。しかし溢れんばかりの好奇心と推理小説ばりの臨場感に冒された内情の高揚は理性の箍を跳ね退ける。こうして類人の部屋へ忍び込むことに成功した僕らは、その余韻に浸る間もなく辺りを物色し始めた。
「しっかし汚えな……」
整理整頓という慣習がないのだろうか、その部屋は散らかりっ放しで、ひと一人分の通れる獣道のようなスペース以外、ゴミ屋敷も同然だった。平素から彼の部屋に立ち入ることのない僕らはその惨状に顔を顰めながら、一先ず彼の通学カバンを見つけ出し、
「この中だろう……」
そう言って生唾をゴクリと飲み込む。見慣れた通学カバン、それを開けたら最後、僕らはもう引き返せないかもしれない。「誓いの日」の夜、二人は勝者と敗者の境界線に立ち、類人はどちらに属するか確かめることに少し尻込みしてしまう。しかし明良は違った。彼は躊躇なくファスナーを開けるや、ガサゴソとその中身を漁る。
「ない、ない、ない……」
そうブツブツと呟きながら、カバンの中身を隈なく探した。しかし目当ての物は一向に見当たらない。出てくる物と言えば、ボロボロの教科書類やいつ洗ったかも定かでない体操服、そしてどうしたことか、大粒の木の実が五、六個入っていた。
(やっぱりただの勘違いだったのか……?)
カバンの中身を急ぎ戻しつつ、ある種の冷静さをも取り戻した僕は、自分の勝手な憶測で行動したことを後悔し始めていた。僕らは「プライバシーの侵害」という、共同生活における最大のタブーを犯していたからだ。心の奥底から突如として滲み出る罪悪感に戸惑いを覚え、思わず手を止める。しかしここでも明良は違った。彼はそこら中の荷物をひっくり返しながら、存在さえ危ぶまれているバレンタインチョコをひたすら探していたのだ。
「くっそ~! どこに隠してんた……!」
往生の悪い明良を止めようともせず、ただ居た堪れなさを募らせるばかりで、徒に時を過ごす。こうしている内にも、ヤツは烏の行水を済ませ、風呂から出てきてしまう。
「明良、いい加減にした方が……」
そう忠告した次の瞬間、僕は階下から迫り上がって来る足音を聞き逃さなかった。
――トン、トン、トン―…
「明良! マズいぞ! 類人が戻って来た!」
「ええっ!?」
天手古舞いの阿波踊り、僕らは慌てて部屋を片付ける。この場を飛び出そうにも時すでに遅し、今更無罪放免とはいかないだろう。それならばせめて物色した形跡だけでも誤魔化そうと、必死になって原状回復に努める。しかしそんな努力も虚しく、ただ一人、何も知らない類人によって部屋の扉は開かれる。この場を穏便に収めるにはどう申し開くべきか、僕は今まで追い求めていたバレンタインチョコ以上に上手い言い訳を探していた。




