憶測
「……それ、本当か?」
明良は僕の憶測を聞くや、すぐさま顔を上げ、こちらを見やる。これまで死に化粧のように青白く叩かれていた落胆の色は一変し、途端に驚愕のそれへと塗り替えられた。加えて僕に注がれる好奇の視線は早くその話の続きを聞かせろと言わんばかりに真っ直ぐと伸びていた。
(やってしまった……)
そんな彼の様子を目の当たりにし、少し悪い気にさせられた。それはなぜか、僕は彼の気を引くため、類人に関する勝手な憶測をあたかも確定的な事実であるかのように話してしまったからだ。端的に言うならば、類人はバレンタインチョコを貰っているかもしれない、と、こう漏らしたのだ。もし万が一勘違いであれば、二人に詫びる心積もりは出来ていた。しかし今日に限って起こる奇行の数々を鑑みるに、彼はそれを誰かから受け取っていてもおかしくはない。依然として驚愕冷めやらぬ様子の彼に対し、続けて僕はそう考える根拠を伝えた。その冒頭、冷静さを欠いているようにも見えた明良は、話を進めて行くにつれて落ち着きを取り戻す。やがてひとしきり話し終えると、何度も頷きながら言葉を散らす。
「なるほどな……たしかにオカシかったかも……」
「いや、でも、もしそうだとして―…」
「一体、誰がアイツに……」
肝心の送り主は何者か、僕にもそれは分からない。彼とはいつも一緒に居たつもりだが、その周囲に女の影を感じたことはなかった。それ故、いくら記憶を辿ろうにも心当たりすら掴めないのだ。いつもは賑やかな明良の部屋、しかし今日は違った。恋愛に縁のない部外者二人、時たま言葉を交わしては口をつぐむことの連続で、出るはずのない答えを探る。やがて討議は完全に煮詰まってしまい、
「やっぱり、アイツに直接聞くしかねえな……」
明良はため息混じりにそう呟き、僕もそれに同調した。正直に答えるかは別にして、本人に直接問い質す以外、解決の糸口はないように思われた。そこで問題となるのは、事の裏付けだ。状況証拠を積み重ね、言い逃れできないような立ち位置に追いやらなければ、類人は上手く誤魔化そうとするだろう。そのためには―…その方策について思案しようとしたその時、一階の玄関から引き戸を開く音が飛び込んできた。
「ただいまウキ~」
遂に類人が帰って来た。それと同時に慌てて立ち上がる明良、この様子、彼はすぐにでも類人を問い詰める算段だ。まだ早い、僕はそう感じるや、咄嗟に彼の服の袖を掴むと、
「ちょっと待て! まだ行くな!」
類人に異変を悟られぬよう、なるべく小さな声で、一方、時期尚早な行動に出掛かった明良を制するよう、語気を強めて言葉を発する。
「なんでだよ! 今すぐにでも―…」
「いいや、まだ早い!」
僕は頑なに彼を制した。全ては僕の憶測、言わば与太話から始まったことだ。直接的な行動を起こすにも何か確定的な証拠を握った後でないと言い逃れを許すことになりかねないし、何よりバレンタインのチョコを貰っているという確証は未だにない。自分を法螺吹きにしないためにも、事の真相を確実に突き止めるためにも、チョコの現物やそれに準ずる物を差し押さえた上で、当事者を問い詰めなければならなかった。僕はその旨を明良に伝え、彼の逸る気持ちを鎮めさせると、
「とにかくヤツが部屋を空けるまで待とう」
こうして僕らは廊下の方に耳を傍立て、類人が食事ないし風呂に向かうその時を今か今かと待ちわびた。




