異変
「おかしい……どうしてこうなった……」
現実とはかくも無情かな、空の靴箱からここに至るまで、すうっと尾を引く口惜しさに苛まれ、何やらぶつぶつと呟きつつ歩く明良の傍らで、僕は自身に降り掛かった災難を思い出し、今更ながらに赤面する。
簡潔に言うならば、無茶苦茶な髪型のまま登校した結果、クラスの皆に明良と同類、つまり当日アピール組だと誤認され、笑い者になってしまったのだ。しかもその髪型と言ったら、明良のそれとは違い、まるで理科実験に失敗した科学博士の如く無造作に散り広がっていたため、可笑しさに拍車を掛ける結果となった。
(くそっ……なんでオレまで……)
今日この日まで築き上げてきた「真面目な優等生タイプ」という体面は儚くも虚と化し、その代わりに明良と同じ「三枚目」のレッテルを貼られようとしていた。僕はたった一度の遅刻を免れようとしたばかり、衆目に恥を晒しただけでなく、自分のアイデンティティーをも脅かす事態に陥ってしまったことを心底後悔し、また減点法でしか他人を評価出来ない現代人、ひいては現代社会に対して、ある種の害心すら抱く次第だ。
するとその時だ。いつになく静かに二人の後ろをトボトボと歩いていた類人が思い出したように声を上げる。
「わっ、忘れ物を思い出したウキ!」
「オイラは取りに戻るから、先に帰ってて欲しいウキ!」
彼はそう言い終わる前に踵を返して、来た道を急ぎ戻って行った。
「忘れ物……ねえ……」
取って付けたような言い訳に僕は首を傾げる。いつもの彼ならば、帰宅の途、忘れ物を取りに戻るようなことは避けるはずだ、という彼の素行に根拠を求めずとも、今日の彼はいつにも増してどこかおかしい。
先程のこと、いつものように三人で下校しようとすると、急に立ち止まるや、
『今日は補習に出なきゃいけないウキ……』
『だから先に―…』
『えっ!?』
不本意ながら学校に残らなければならないと伝える類人の言葉に、明良は鋭く突っ込みを入れる。
『数学の補習って来週だろ……?』
『ウキッ!?』
『今学期、オレも補習組なんだよ~』
明良は参ったなと言わんばかりに嘆息をつくと、カバンの中から何やら用紙を取り出し、その日程を確認する。
『やっぱりそうだ、来週だった』
『そ、そうウキか……』
『それなら良かったウキ……』
引き攣ったような笑みを湛えるその姿に、僕は強烈な違和感を覚えた。そもそも自ら率先して補習に出ようとすること自体、不可解な行動に映った。そして凍てつく二月の薄暮、遠のく彼の背中に確信する。
(アイツ、何か隠してるな……)
そう勘繰る僕の傍、明良は相も変わらず気落ちした様子で、俯き加減に帰路をひた歩く。彼は全く類人の異変に気付いていないようだった。それより何より、渾身の当日アピールも虚しく、あれほど所望していた愛の証を一つとして貰えなかったという非情な現実に打ちひしがれていて、他のことに構っている余裕すらなさそうだった。
(一先ずこっちを何とかしないと……)
朝方の威勢はどこへやら、整髪剤の甲斐なくへたり切った髪型の彼にどうにか元気を取り戻してもらおうと、あれこれと言葉を並べ、慰める。しかし上辺だけのそれらは暖簾に腕押しと言った具合に、落ち込んだ彼の心を再び奮い立たせることはなく、気付けば下宿に戻り着いてしまっていた。
希望から絶望へのジェットコースターとも比喩すべき彼の一日はここで終わりを迎えた。しかし一方の僕にとってみれば、ヤツの帰宅を待ち、事の真相に突き迫ることこそ、「誓いの日」の終幕に相応しいと思えた。僕の一日はまだ終わらない、とにかく早く帰って来い――僕はこれまでになく類人の帰宅を待ちわびた。




