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浮世の風  作者: 金王丸
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朝三暮四


 「ちょっと待ってろ」


 内心の葛藤を悟られぬよう、いつもの調子でそう言い残すと、再び洞窟へと踵を返す。相変わらずオレは逡巡していた。ふと頭に浮かんだ苦肉の策は金欠に喘ぐ今月を凌ぎ切る方策の一つとして確かに有効だろう。しかし同時にそれは、万が一見破られてしまうと信用問題にさえ発展しかねない、諸刃の剣でもあった。


 (ここは正直に……)


 人間相手ならここまで思い悩まない。自然に対して好き勝手振る舞う奴等から少しくらい利益をせしめても罰は当たるまい。しかし今回の相手は猿である。それにまだ世の習いも知らない若者だ。オレはその若さゆえの無知に悪知恵を以って付け込もうとしているのかもしれない。そう考えると、何かとんでもない悪事に手を染めている風に思えて仕方がない。


 (だがしかし……)


 そこまで思っていながら尚、踏ん切りをつけられないでいるのは、偏に「見栄」の所為である。今月に限って言えば、事前に取り決めた正規のレートで木の実を交換することは出来ない。それにも関わらず、どうにか格好をつけようと足掻くのはなぜか、それはロベスピエールにとってのオレは常に「頼れる兵十さん」でありたいという下らない見栄の所為である。その虚像を実像と有らしめんが故にオレは頭を下げられないでいるのだ。


 「兵十さ~ん、数え終わったウキよ~!」

 「おお、分かった」


 突然飛び込んできたヤツの声に、あろうことか反応してしまった。このまま籠城しているわけにもいかないようだ。一刻も早くこの場から出て決着をつけなければ――オレは一つ大きく深呼吸をすると、意を決して洞窟から飛び出した。


 すると目の前には、上機嫌に跳ね回るロベスピエールの姿、そして優に200は超えているであろう大量の木の実を見とめる。


 「今月はたくさん届いたウキ!」


 喜びを爆発させるヤツとは対照的に、オレは引きつった笑みを浮かべるだけ、素直に歓迎の色を表せないでいた。


 (やはりお年玉を貰っていたか……)


 こういう時の悪い予感は往々にして的中するものだ。オレは喧しく騒ぎ立てる子猿を傍目に、これから買い取ることを強いられる木の実に目を移し、くらりと眩暈を起こしそうになる。身に降り掛かる不幸は自身を狭量な存在へと落とし込む。オレもその例外ではないらしく、


 (こうなりゃ仕方あるまい……!)


 一片の良心を思い切り黒く塗りつぶし、オレは決断した。そして気色の悪い借り物の笑顔を湛えながら、ヤツに近付きつつ会話の口火を切る。


 「ロベスピエールよ、ここだけの話なんだが―…」

 「どうしたウキ!?」


 いつになく下手から入った所為で、少し驚かせてしまった様子だった。この調子で本題を切り出すと、胡散臭く思われてしまうかもしれない。それはマズい。オレはそうならないように努めていつもの感じで接しようと心掛けて曰く、


 「そう構えるな! 悪い話じゃない!」

 「考えようによっては良い話かもしれないぞ……!」

 「ウキッ!? どうしたウキか……?」


 ここでオレは一息つき、気持ちを整えるや、満を持してあの「諸刃の剣」をかざす。


 「今月の木の実なんだが……今月に限り一粒70円で買い取る!」

 「……ウキッ!? なんで三割も安くするウキか!?」

 「まあ、落ち着いて最後まで話を聞け」

 

 ヤツはどこか不満気な様子でこちらを窺っている。一方的に値引きを宣告されたのだ、無理もない。


 「もし今月三割安く売ってくれれば―…」

 「来月はその・・四割増で買ってやる!」

 「ウキッ!? それは本当ウキか!?」

 「ああ、本当だとも!」


 オレは肝心な「その」をなるだけ小さな声で、そして続く「四割増」をこれ以上ないというほど声高に言ってのけた。一方のヤツは口元に手を当て、何やら考え込んでいた。さっきの反応からするに手応えは悪くない。あともうひと押しで納得させられる。そう感じたオレは再び賭けに出る。


 「今月三割減って、来月四割増える―…と言うことは……?」

 「全体で考えると……ウキ~―…」


 難しく考えるな、単純に、軽率に考えてくれ――目の前の利益より全体の利益を求める人性、そして安直な計算ミスを犯す野性――彼の中身に内在する二つの性質が都合の良いように発現することを祈った。そして、


 「分かったウキ! 全体で見ればオイラが一割得するウキ!」

 (よっしゃ~!!!)


 オレは言葉に出来ない興奮を何とかして内に押し込めながら、狙い通り謀略を成し遂げた感慨に浸る。今月の買い取り額を三割減らして、来月の買い取り額をそれから四割増やす――これはまさに現代の「朝三暮四」と言って不足はない妙技であった。(ただ厳密に言えば故事にあるそれとはまるで違うのだが、この際、気にしないものとする)


 「物分かりが良いじゃねえか! ちょっと待ってな」


 そう言うとすぐに洞窟から一枚の藁半紙を持ち出し、切り株の上でさらさらと誓約書をしたためる。そして粗方書き上げると、


 「じゃあ、ここに名前を書いてくれ」

 「分かったウキ!」


 ヤツは肘を固定せずにモノを書くという、何とも斬新かつダイナミックな筆使いで自分の名前を記すと、詐欺紛いの契約は完了した。


 (あとは来月までに忘れてくれれば……)


 オレはそう願いつつ、今月分の代金を支払うことで、一先ず憂事を乗り越えた。


 「ありがとうウキ! それではまた来月!」

 「ああ、達者でな」


 オレはヤツを見送りながら、己が行動の胸糞悪さに思わず吐き気を催す。生きるためとは言え、このやり方は頂けない。しかし生きるためには、仕方ない。さっき黒く塗りつぶしたはずの良心、その呵責から逃れようと、買い取った木の実を一粒頬張る。これは健康食品だ、万病に効く薬だ――そう謳って売り込んでいたそれに何の効き目もないことを知っていながら、一粒、また一粒と口に入れる。そして噛めば噛むほど広がる後味の悪さに、生存それ自体の持つ業の深さを思い知らされた。



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