奇行
それからオイラは色んな場所に連れて行かれた。まず初めに訪れたのは美術館だった。静寂な雰囲気漂う館内、彼女はそこに飾られた西洋絵画を一枚一枚、丁寧に眺めていく。ようやく歩み出したかと思えば、すぐに立ち止まり次の作品に目を凝らす。オイラはその後ろをただついて行くだけ、絵画に興味すら持てないでひどく退屈していた。大体なぜこんな子猿の落書きみたいなモノを有り難がるのか、理解に苦しむところだった。食べられない絵画より食べられる木の実――オイラからしてみれば後者により価値を感じてしまう。早く回り終えはしないか、心の中でそのことばかり思っていると、
「……ウキッ!?」
ある絵画の前で足を止め、驚いて二度見してしまう。一面に広がる黄朽葉の刈田、そこで何かを拾い上げている三人の農婦――とある農村の情景を描いた作品に、オイラは郷愁の念を呼び起こされ、どこか懐かしい気持ちにさせられる。そして一言、
「これは……『木の実拾い』……ウキか?」
するとどうしたことか、彼女はクスリと笑い、咄嗟に口元を覆う。オイラは一体何を笑われているのか、分からずにキョトンとしていると、
「……惜しい!」
「これはジャン=フランソワ・ミレーの『落ち穂拾い』、という作品ですよ」
そう言って再度口元を緩める彼女を見て、カアッと赤面し、居た堪れず俯く。今までに経験のない羞恥の感覚、やはり人間として生きている以上、無教養は恥だと思い知らされた瞬間でもあった。
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やがて美術館を後にすると、次に向かったのは水族館だった。青白く光る巨大な水槽、その中を優雅に泳いで行く海の動物を目の当たりにし、思わず驚嘆の声を上げる。
「おお~! 凄いウキ!」
オイラは数ある水槽ごとに立ち止まり、見入ってしまう。アレも食べられる、コレも食べられる……そこはまさに食材の宝庫だった。ただ漠然と観賞している彼女とは違い、オイラは生物目線で個体の可食・不食を判断し、願わくばそれらを食らおうと目論んでいた。
しばらくすると、やけにカラフルな魚類に出会う。オイラは頭を傾げる。それは今までに見たことのない種類だったからだ。こいつは何者だ――すぐさま水槽の前に掲示されている説明を読み込むも、名称・生息地など、至極どうでもよいことしか書かれていない。
(困ったウキ……)
一度気になり始めると止まらない。果たしてこの魚は食べられる種なのか、オイラの興味はその一点に絞られていた。しかし無知なことに対してあれこれと思索しても埒が明かない。そう思うや、水槽を指差し隣の彼女に問いかける。
「これは一体、何ウキか……?」
「この魚? これは熱帯魚の一種じゃないかしら?」
水族館に入ってからと言うものの、展示されている動物に熱中し過ぎた余り、彼女と碌に会話出来ていなかった。それ故、取り敢えず無難な質問をぶつけることで気持ちを整える。そこから二、三言やり取りした後、ようやく物事の核心に迫る。
「それで……これは食べられるウキか……?」
「……えっ!?」
突然、彼女は驚いたように目を丸める。何か変なことを聞いてしまったのではなかろうか、オイラは漠然とした不安に襲われる。しかし肝心の答え、つまりこの魚は可食であるか否か、を聞けていない。心の中で燻る知的好奇心、オイラはそいつを放っておけなかった。そういう訳で再び聞き直すことにした。
「だから……この魚は食べられるウキか……?」
「―…ふふっ……」
するとその瞬間、彼女は美術館の時と同様、吹き出すように笑い始めた。可笑しなことを言ったつもりはない。一方、当の彼女は口元を覆い、こちらを横目に見て相も変わらず笑っている。やがてオイラも仕方なく笑う。そうすることが最善手だと思われたからだ。しかしその外面とは裏腹に、内心では判然としないモヤモヤ感に苛まれていた。
(結局、どっちか分からないウキ……)
その後も様々な海の生物を観賞した。途中、オイラは未知の生物に出くわす度に、可食かどうか、眉を顰め、頭を悩ませた。しかし彼女にそれを聞くことは憚られた。なぜならばオイラがそれらを目の当たりに思い悩む素振りを見せると、彼女は決まってあの質問を予見するが如く笑いを堪え、こちらを注視してくるからだ。オイラは観賞する側でありながら、一方で観賞される側にもなっているという奇妙な立ち位置のまま、あの疑問に対する明確な回答をも得られずに、この場を後にする運びとなった。




