方便
愚図ついた空模様とは対照的に、居並ぶ商店は煌びやかな装飾を施し、行き交う男女の表情もまた明るい。普段は無機質な街並みに彩りを添える年末の一大イベント――そう、今日はクリスマス・イヴだ。そんな恋人たちの記念日にオイラは駅前で独り、ある人を待っていた。
(ううっ……寒いウキ……)
オイラは凍てつく寒風に身を震わせつつ、顔見知りに見つかりはしないか辺りをしきりに警戒しながら、雑踏に流されぬようその場に留まった。季節柄、寒さは仕方ないとしても、顔見知り――特に同級生との遭遇は何としてでも避けなければならない懸案事項だった。
(とにかく早く来て欲しいウキ……)
自前のマフラーを目深に被り、いつ何時も周囲に気を配る。やがて一ヶ所に留まるのは危険だと判断し、駅の周りをふらふらと漂い始めた。今日、この時、この場所にいることを仲間内に知られたら――そう思うと気が気でなかった。これほどまでに人目を気にする理由、それは昨日のことだった。
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「遂にあの日がやって来るぞ……!」
いつもの帰り道、明良はわざとらしく眉間に皺を寄せ、噛み締めるように言い放つ。
「明日……? ああ、クリスマス・イヴのこと?」
只事ではないような言い回しにも関わらず、修悟はそれを意に介さず、半ば無関心気味に返答する。
「おいおい、なんだその反応は!」
「だって、独り身のオレたちには関係ないだろうよ……」
修悟の身も蓋もない言い様に、明良はガックリと項垂れてみせる。そしてすぐさま頭を上げると、少し語気を強めて続けた。
「聖夜を過ごす相手の不在―…」
「それこそが問題なんだろっ!」
その瞬間、オイラはドキッとした。そしてどうにか内心を悟られないようにと平静を装う。一方の修悟は相変わらずキョトンとした様子で必死な明良をただ眺めていた。
「そこで提案したい―…」
「明日、野郎だけのクリスマスパーティーを開催する!」
この場面、いつもなら飛び跳ねて同調するところだったが、今回に限りそれは出来ない。当然その反応の薄さに明良も違和感を覚えているだろう。オイラは修悟の好反応に望みを託した。
「まあ予定もないし、いいんじゃない?」
「おっ! いいねぇ~!」
修悟の賛同に笑みを浮かべた後、間髪を入れず、
「それで、類人は?」
明良はオイラに賛否を問うてくる。「イエス」以外受け付けないと言わんばかりの聞き方に、オイラは額に脂汗を滲ませる。沈黙は許されない。真実を話すべきか、それとも嘘を押し並べるのか――二つに一つ、逡巡することなく、一瞬の判断に委ねた結果、
「オイラは……行けないかもしれないウキ……」
「「ええ~!!!」」
彼らは突然、素っ頓狂な声を出して驚く。そして信じられないといった具合に顔を見合わせ、それからオイラを見やる。そんなに驚かなくても……そう窘める間に、次の台詞を考える。やはり真実を話すべきではないと思い至り、オイラは嘘をつくことにした。
「明日、数学の補習があるウキ……」
もっともらしい理由付けはこれで十分だろう――そう思ったのも束の間、
「なんだよ、補習かよ……」
「そんなの、いつもサボってんじゃん!」
「だから今回も―…」
日頃の行いが仇となり、中々納得してもらえない。こうなったら止むを得ない――オイラは無理にでも理解してもらうため、嘘に嘘を重ねることにした。
「今回は違うウキ……」
「えっ……?」
「サボったら退学になるかもしれないウキ……」
「「ええ~!!!」」
再び沸き起こる驚嘆の声にオイラは手応えを感じた。しかし追及を凌ぎ切った感慨はない。
「そりゃパーティーどころじゃねえな……」
「補習終わってからでいいから、来られそうだったら来てくれ!」
後から考えてみれば気の利いた一言でも付け加えておくべきだったのかもしれない。しかし何も言えず口ごもってしまい、ただ静かに頷くだけだった。
(一先ずこれで誤魔化せたウキか……)
帰宿までのわずかな道のり、オイラはその胸中に蟠る後ろめたさのやり場を延々と探していた。
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その時だった。目の前に止まる黒塗りの高級車、中から降りてきた黒服の男はオイラに近付くや、顔をまじまじと見据えてから、
「宇喜田類人様……ですね?」
「そ、そうウキ……」
「ではこちらに」
黒服の登場――予想だにしない展開に戸惑いながらも車内へと誘導される。そしてドアが開いた途端、オイラは彼女と久方ぶりの対面を果たす。
「ご機嫌いかが、宇喜田くん」
「少し待たせてしまって悪かったわ」
「さあ、行きましょう」
件のクールな口調、身に纏う煌びやかな衣装、そしてその美貌――彼女はまさにその人だった。恋人たちの祝祭=クリスマス・イヴのこの日、オイラは皆の憧れ・喜治姫華とデートすることになっていたのだ。




